第18話 その勇姿は竹槍でB-29に立ち向かうが如く!

「メガロレイヴン! まさかこちらであんな大物が出るとはのう」


 突如現れた大怪鳥を、ゴドドルガさんが目を剥いて見上げていた。

 大物って。いや見るからに大物ですけど、異世界でも有名なモンスターなんでしょうか。


「うむ、さすがにグリフォンやロック鳥には劣るが、鳥系の魔物の中では最上位クラスじゃ。神鉄級の冒険者が五、六人で組んでかかる相手じゃの。いい魔石が採れるぞ」


 そしてその瞳はきらきらと輝いていた。

 いや、魔石が採れるとかそういう話をしてる場合じゃない気がするんですが。

 神鉄級冒険者がどれだけすごいのか知らないけど、あのデカさは只事ではない。鳥というかもはや恐竜、プテラノドンの域に達している。


「カアァァァァァアアアアアアアア!」


 怪鳥――メガロレイヴンが吠えた。

 十三枚の翼が羽ばたき、突風が吹き荒れる。

 周辺の田んぼの稲が強風に煽られ、台風のさなかのように波打った。


「後輩さん、避けて」


 えっ?

 ウーナの呟き。

 瞬間、全身の血が凍ったような悪寒に襲われる。

 ほとんど無意識のうちに、畦道をバックステップして大きく後ろに飛んでいた。


 ――轟ッ!


 黒く、巨大な螺旋が目の前を横切っていく。

 駅のホームで特急列車が通り抜けたときみたいに、引き込む風につんのめりそうになる。

 黒い螺旋が通ったあとは、地面がえぐれ、深い溝が走っていた。

 断ち切られた畔に、少し遅れて水田から水が流れ込む。


「マ、マジすか……」


 思わず声が震える。

 メガロレイヴンは空中でゆったりと羽ばたきながら、地上を睥睨していた。

 漆黒の瞳は真っ暗な穴のようで、生物的な感情を何も感じさせない。


 再び突風。

 螺旋と化したメガロレイヴンが、今度は道路に停めていた軽トラックに襲いかかった。

 交通事故さながらの衝突音。

 軽トラックがまるで玩具のように横転する。


 あんなもの、直撃していたらどうなっていたのだろう。

 原型を留めない肉塊となった自分を想像し、ぞわぞわと産毛が立つような悪寒が足元から上ってくる。


 やばいやばいやばいやばい。

 避難、避難しないと。

 あんなもの、害獣駆除なんてレベルの話じゃない。

 警察、いや、自衛隊の出動を要請する案件だ。


「後輩さん、あっちよ」


 背中のウーナが指を指す。

 ああもう、今度は何なのよ!?


「あっ!」


 ウーナが指した先にはおばあちゃんがいた。

 スコップを両手に構え、「このバカガラスが! うちの田んぼに手ぇ出したら羽をむしって鍋にしちゃるぞ!」とメガロレイヴンに怒声を浴びせている。

 その勇姿はさながら竹槍でB-29に立ち向かう戦中の婦人が如く!

 旋回するメガロレイヴンがそちらに狙いを定め――


「って、おばあちゃん何してんの!?」


 おばあちゃんに向けて全速力でダッシュする。

 ウーナが魔法を展開し、メガロレイヴンの進路上に氷の柱を何本も出現させていた。

 文字通り林のごとく林立した氷の柱。

 しかし、黒い螺旋は意にも介さずそれを砕いて突き進む。

 ぎりぎりのところでおばあちゃんを抱きかかえ、先ほど横転した軽トラックの陰に身を潜めた。


「おや、ミコちゃん。ありがとうねえ」

「ど、どういたしまして……」


 間一髪だったというのに、おばあちゃんはけろりと普段どおりの調子に戻っていた。

 まったく肝が据わっていると言うか、図太いと言うか……。

 軽トラに隠れつつ周囲の様子を見渡すと、あちこちでメガロレイヴンを威嚇しては逃げ惑う農家さんたちの姿があった。

 ああ、もう、どうしてみんな早く避難しないんだ!


「大切なものを目の前で踏みにじられて、簡単に逃げ出せる人はいないわ」


 いつになく真剣な声に、思わずウーナの顔を見てしまう。

 いつもは茫洋と捉えどころのなかった青い瞳が、今は刺し貫くような視線をメガロレイヴンに向けていた。

 その美しくも勇ましい面差しは、まさしく姫騎士と呼ぶにふさわしかった。


 しかし、ウーナの言うとおりだ。

 スライム駆除程度でしか関わっていないわたしでも、田んぼを荒らされるのは腹が立つ。トライクロウの駆除に熱が入ったのもそれが原因だ。

 わたしでさえそうなのだから、手塩にかけて稲を育てている農家さんの怒りや悔しさはどれほどのものか。

 メガロレイヴンなんて怪物が相手でも、一矢報いてやろうという気持ちになるのは痛いほどわかる。わかってしまう。


 しかし、だ。


「あれを追い払うのはさすがに……」


 改めてメガロレイヴンを見上げるが、サイズ的には大型トラックが空を飛んでいるようなものだ。

 とても人間が立ち向かえるものとは思えない。

 異世界の神鉄級冒険者とやらは一体どうやってあんな化け物を狩っているのだろう。


「いやはや参ったのう。泥だらけじゃわい」


 そこにゴドドルガさんがやってきた。

 ひいひいと肩で息をしながら軽トラックの陰に腰を下ろす。

 田んぼに落ちたのだろう、体どころか髭まで泥まみれだ。


「あれが狩れたらいい魔石が採れそうなんじゃがのう。なあ、嬢ちゃん、どうにかならんか?」

「どうにかって、あんなの人間がどうこうできる相手じゃないですよ」


 ゴドドルガさんの無茶振りにため息で返す。

 いや、できるものならわたしだってどうにかしたいけどさ。


「そうでもないぞ。儂が懇意にしとった冒険者などはな――」


 ゴドドルガさんは、異世界の冒険者がどうやってメガロレイヴンを狩っているかを話してくれた。

 あれ、これはひょっとして……ワンチャンある?


「ウーナ、いけそう?」

「早く片付けてカルピスが飲みたいわ。今日は炭酸の気分よ」


 微笑むウーナに、わたしは作戦決行を決意した。

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