第19話 決着!メガロレイヴン

「うおおおおおおお! こっちだバカガラスぅぅぅううう!!」


 氷の木立を駆け抜けながら、わたしは駆ける。

 背後を豪風が通り過ぎるたび、漏れそうになる悲鳴を奥歯で噛み殺す。


「はーい、みなさんこちらですよー」

「体力に自信があるものはこっちじゃ」


 わたしがメガロレイヴンの注意を引き付けている隙に、亀永さんとゴドドルガさんが避難誘導プラスアルファを担当してくれている。

 ウーナはわたしの背から降り、固定砲台となってみんなのサポートだ。

 繊手から生み出される氷の柱は、メガロレイヴンの進路を巧みに誘導していた。

 武闘派には見えなかったけど、実は百戦錬磨なのかもしれない。

 じつは神鉄級冒険者ってやつだったり?


 瞬間、背後で爆音が轟き、吹き付ける爆風につんのめりそうになる。

 ちらりと振り返ると、氷の柱が何本もまとめて砕け散り、地面には巨人が指で引っ掻いたような破壊痕が残されていた。

 あっぶねえ……。

 余計なことを考えている場合じゃない。

 いまは囮と回避に集中しなきゃ。


 焦らなければならない状況なのに、頭のどこかが妙に冷えている。

 こんな戦場みたいな状況、初めてのはずなのに。

 奇妙な高揚に包まれて、全身が軽い。

 アドレナリンがどくどく出ている。

 あれか、ひょっとして肉属性魔法って脳内麻薬にも作用するのか?


 襲い来るメガロレイヴンの突撃を間一髪で避ける。

 避ける。

 避ける。

 時間がゆっくりと流れる。

 風景がコマ送りで通り過ぎる。

 うははは、見える、見えるぞ!

 ときが見える!!


 前転、側転、バック転。

 新体操選手みたいに飛び跳ねながら猛攻をかわしていると、ふと攻撃が止んだ。

 なんだ?

 諦めたのか?

 だがわたしは囮役だ。

 ターゲットが他に移るのはマズイ。

 泥団子でもぶつけてやろうと足を止めた時だった。


 メガロレイブンの動きが変わっている。

 それまではきりもみ回転でドリルのように飛んでいたのが、いまは翼を広げて水平に回転していた。

 電動丸ノコのようなそれが、巨大UFOみたいに宙に浮いている。

 高速回転する直径十メートル超の円盤が、大気を激しく震わせながら突っ込んできた!


 それはさながら巨人の草刈り機。

 稲も氷柱ひょうちゅうも等しく雑草のように切り飛ばす。

 いままでが点の攻撃なら、これは線の攻撃。

 横ではとてもかわしきれない。

 咄嗟に手近な氷柱に駆け上がり、先端を蹴って宙を舞う。

 破壊の螺旋が眼下を貫く。

 足場にした氷柱があっさりと砕けて原型を失う。

 反対側にぎりぎり着地。

 やばいやばいやばい、こんな曲芸、さすがに何度も出来ないぞ!?


「後輩さん、準備完了よ」


 ウーナの声。

 場違いに透き通っている。

 声に向けて走る。

 ローマの遺跡にありそうな、神殿に伸びる通路のように左右に氷の柱が屹立している。

 走る、走る。

 後ろからはメガロレイヴン。

 正面にはウーナが両手を差し伸べている。

 それに向かって飛び込むように、最後の一歩を全力で踏み込む。

 ウーナの脇をすり抜けて、アメフト選手みたいに田んぼにタッチダウンを決める。


「いまじゃ! ぶっかけろ!」

「おおおおおおおおお!!」


 ゴドドルガさんの掛け声に、農家さんたちの怒声が続く。

 大量の緑の粘液が、メガロレイヴンに降りかかる。


 ――雪と氷の女王が命じます。風はいななき嵐となれ、水は猛って堤を破れ。北辰より王が来たる。相応ふさわしき宮殿でもてなせ。畏れよ、讃えよ、氷雪の聖殿を顕現せよ


 静寂。

 音までが凍りついたようだった。

 瞬きすら憚られる静寂の中、ウーナの目の前で静止したものを見て、金縛りが解けたようにやっとため息をつく。

 嘘みたいに白い息が作った雲の向こうに、巨大な氷像が出来上がっていた。

 半透明の緑の中に閉じ込められた、十三枚の翼を持つ黒い怪鳥。

 スライムの粘液を全身に浴び、ウーナの大魔法によって凍りついたメガロレイヴンが、時が止まったかのように静止していた。


「いやー、すごいですね。ちょっとやそっとじゃ割れそうにもない」


 亀永さんがひょっこり顔を出し、凍ったメガロレイヴンをこんこんと叩いた。

 さっきまで大暴れしていた怪獣なのに、怖くないのだろうか。

 それどころか「観光資源になりますかねえ」なんて顎をさすりながら呟いている。

 うーん、肝が太いなんてもんじゃない。


「がはは、石灰を混ぜて凍らせたスライムの樹脂は鋼鉄並みに丈夫じゃぞ。いかにメガロレイヴンと言えど、こうなってはどうにもならんわい」


 この作戦の立案者、ゴドドルガさんが安全を請け負ってくれる。

 スライムと石灰の混合液で動きを封じる手法は、異世界で飛行魔物を狩る際の常套手段らしい。ぶっつけ本番でなんとかなるかは不安だったが、農家さんたちの息がピッタリ合ったおかげでばっちり成功した。普段から隣近所で共同作業に慣れているからだろう。


 よくも都合よく石灰なんてあったなと思うかもしれないが、農家にとって石灰は標準装備である。だいたいの肥料は酸性のため、それを中和するために石灰を使うのだ。農家さんの納屋を除くと、たいてい大袋の石灰が積んである。


 わたしが囮になっている間にスライムを捕まえてバケツに突っ込み、石灰と混ぜて突貫のトラップを完成させたというわけだった。


 そして何より、この作戦の決め手となったのは、言うまでもなくウーナだ。

 凍りついた景色の中にすらりと立つ白銀の姿は、メガロレイヴンにも負けない存在感がある。

 なんというか、得も言われない気品と凄みがあるのだ。


 それに十メートル超の大怪獣を一瞬で凍らせてしまうとか、異世界基準でもとんでもない大魔法使いなんじゃないかって気がする。

「雪と氷の女王が命じます~」ってアレは詠唱ってやつだよな。

 ウーナってすごい美人だし、浮世離れしてるし、お姫様みたいだなあなんて勝手に思っていたけれど、ひょっとしてガチのマジでやんごとない血筋の御方なんじゃないだろうか。


 そんなことをぼんやり考えていたら、ウーナがこちらに振り向いた。

 きらきら輝く氷の道をしずしずと歩くその様子は映画のワンシーンみたいで、まるで本当の女王様だ。

 思わず背筋を伸ばし、身構えてしまったが、


「肉じゃがはお肉がゴロゴロしているのが好きよ。脂身も気にしないわ」


 桜の花びらのような唇から発せられたのは、夕飯のリクエストだった。

 どうやら今夜はガッツリ系がご所望らしい。

 晩餐は我が実家、スナックはなみづきで摂られるようだ。

 わたしは「はいはい」と頷いて、おかあさんに『今日は肉じゃがでお願い。お肉は買って帰るから』とスマホでメッセージを送った。

 今夜は奮発して、でっかい豚バラの塊肉でも買ってやろうじゃないか。

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