第17話 肉属性の魔法使い

「うおおおおおおおお!!」

「後輩さん、急いで。カラスが逃げてしまうわ」

「わかってんだよちくしょおおおおおおおおお!!」


 ウーナを背に乗せ、雄叫びとともに畦道を疾走しているのは何を隠そうこのわたしだ。何だよこの状況。


 魔法の才能を見出されたわたしは、即座に病院送りとなった。

 別に急病とかってわけじゃなく、急に魔法に目覚めた人は事故を起こしがちなため、可及的速やかな検診を義務付けられているのだ。って亀永さんに教えてもらった。

 罰則規定がないから有名無実化しているけど、そういう条例があるらしい。

 極めて稀なことだが、魔力が暴走して自分や周囲に被害をもたらした事例があるのだとか。


 血液検査から1時間。

 診察室に呼び出されると、五角形のレーダーチャートが書かれた診断書を見せながらお医者さんが説明してくれた。まるでアレルギーの検査結果みたいだ。

 五角形の頂点にはそれぞれ地・水・火・風・肉と書かれている。

 このレーダーチャートは適正のある魔法の属性を示しているらしい。

 本当は5種類だけでなく、もっとたくさんの属性があるのだが、代表的なものはこの5つ。

 そして、わたしの適性を示すグラフは「肉」だけが飛び抜けて高いアンバランスな形をしていた。


 肉、肉とは何だ。


「肉、つまり肉体の強化ですね。疲れにくくなったり、持久力が増したりします。最近わかったことですが、スポーツ選手に多いんですよ。人類は異世界と繋がる前から無意識に魔法の力を使っていたんですね」とはお医者さんの弁。


 まあ確かに昔から体力には自信があった。

 文化部なのにマラソン大会ではなぜか上位だったしなあ。

 都内でデスクワークをしていたわたしが、いきなり一日中スライム駆除をする肉体労働にジョブチェンジしたのにまるで堪えていないのも冷静に考えたらおかしいのだ。いや、しんどいのはしんどいんだけど。

 無意識に発動していた肉体強化の魔法が、疲労回復や体力増進に役立っていたらしい。


「意識的に使いこなせるようになると、格段に身体が軽くなりますよ。最近、オリンピックで新記録が連発しているのもそれが要因ですね」


 使いこなすにはどうしたらいいんだろう。


「私も専門外なのでそこまで詳しくはないんですが、いまは異世界の方に師事するのが一番効率的でと言われているようですね」


 そんなお医者さんのうんちくを聞き終えて業務に合流する。

 わたしが疲れにくい体質に目覚めたのはわかったが、それを使っていますぐどうこうできるものでもないようだ。

 弟子入りって言っても、魔法を使える人なんてウーナとゴドドルガさんしか知らないしなあ。


 ってな話をカラスを追いつつ雑談交じりにしていたら、


「それならいいものがあるぞ」


 とゴドドルガさんが何かを持ってきた。

 何かとは、膝サポーターと腰サポーターである。


「膝と腰が痛むので作ったものだがな。装着者の魔力を増幅して運動能力を高める効果がある。肉属性の魔法の才があるのならぴったりじゃぞ」


 肉属性の魔法使い……!

 その言い方はやめてほしいなあ。

 せっかく魔法の才能に目覚めたのに、肉属性、肉属性て。


 とはいえ、身体が楽になるのはありがたい。

 謹んで膝サポーターと腰サポーターを借りて装着したところ――


 冒頭の展開につながるというわけだ。


「後輩さん、すごいわ。フェンリルみたいに速いもの」

「それはよかったですねええええええ!!」


 どうもわたしの肉属性魔法の適性は馬鹿みたいに高かったらしい。

 膝腰サポーターは遺憾なくそのポテンシャルを発揮し、畦道を原付き並みの速度で走破する身体能力をもたらした。


 そして「水崎さんがウーナさんを運べばトライクロウにも問題なく追いつけそうですね」という亀永さんの発案により、人間に騎乗する氷の美女、白銀の姫騎士ウーナが爆誕したわけだ。

 なお、もはや説明する必要もないと思うが乗騎はわたし、水崎ミコである。


 一連の流れに思うところは大いにあるが、効果は抜群だ。

 距離を詰めてのウーナの魔法は十全の効果を発揮し、冷凍されたトライクロウがぼとぼとと撃墜されていく。


「残るは50羽くらいですかねえ。ウーナさん、水崎さん、もう一息ですよ」

「はあああああああああい!!」

「酔いそうだわ。後輩さん、揺らさず走って」

「我慢しろおおおおおおお!!」


 足に力を込め、トライクロウに向けてさらに加速する。

 爪先が畦道をえぐり、地面が弾ける。

 こんなことだらだらと続けてられるかッ!

 いまここで決着を付けてやるッ!


 なんだか妙なテンションだ。

 肉体強化魔法のおかげで頭に上る血行までよくなっているのだろうか。

 まあいい。

 とにかくクソカラスどもを根絶やしにしてくれるッッ!! 


 逃げ惑うトライクロウを高速移動で追い詰める。

 散り散りに飛んでいくが関係ない。

 視力まで高まっているのか、羽ばたく羽根の一枚一枚まで手に取るようだ。

 わずかな初動で次の動きが予想できる。

 見てから先回り・・・・・・・すればいいだけだ。

 って、我ながらやってることが人外じみてるな。


 ウーナの魔法が一羽、また一羽と冷凍カラスを増やしていく。

 この分なら、一時間とかからず全滅できるだろう。

 線となって流れる景色の中に、ふと見慣れないものが目に入った。


 田園に似つかわしくない黒塗りのハイブリッドカー。

 魔石、電気、ガソリンの3種で動く最新の高級車だ。

 ヤギ頭の獣人が、運転席からこちらを睨んでいる。

 目が合った気がした。

 横長の瞳孔が細くなり、怒りで滾ったように見えた。

 白い髭に覆われた口元がもごもごと動いている。

 何か呟いているのか?


 空気が、突然粘り気を帯びた。

 生ぬるい油の風呂に放り込まれたような、不快な感覚。


「後輩さん、止まって」


 ウーナに言われるまでもなく、わたしの足は止まっていた。

 理由はわからないが、嫌な予感がしていた。

 トライクロウの群れがこれまでに見せたことがない動きをしている。

 群れは縦長の螺旋を描いて舞っていた。

 それはさながら黒く巨大なねじれた柱。

 此方と彼方を橋渡しする、歪み蠢く生きた臍帯さいたい

 それは脈動し、

 それは波打ち、

 それはうねり、

 それはのたうつ。

 晴天が罅割れる。

 否、漆黒の稲妻が走ったのだ。

 亀裂が太くなる。

 天が、割れる。

 彼方から何かがやってくる。

 割れた空から降ってきたのは、


 十三枚の翼を非対称に生やした、翼長十メートルはあろう漆黒の怪鳥だった。


 って、おおおおい!?

 これじゃ怪獣映画だろうがっ!?

 なんでカラスを退治してたら怪獣が出てくんのよっ!?

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