第16話 ひょっとして、覚醒フラグってやつですか!?

 いつも平和な間堺の田園が、いまや阿鼻叫喚の巷と化していた。


「くそっ、また一機やられた!」

「たかがメインカメラがやられただけだ!」

「……メインカメラがやられちゃうと何にもできなくなるんだよなあ、こいつら」

「ゴドドルガさんが格安で修理してくれるからいいけどよう」


 鈴木さん、佐藤さん、農家さんたちの悲鳴があちこちで上がる。

 あぜ道には故障したアイガモゴーレムが何体も無惨な姿を晒している。


「カアァッ! カアァッ!」

「ちくしょう、あの野郎ども……」


 犯人は奇声と共に空を舞う黒い翼。

 鳴き声から察する通り、カラスである。

 それもただのカラスではない。

 3枚の翼を持つ異形のカラスが群れをなし、田んぼの遥か上空を我が物顔で飛び回っている。


 パパパパンッ!


 渇いた破裂音が連続する。

 ライフル銃を手にした亀永さんが、上空のカラスに銃口を向けていた。


「カアァッ! カアァッ!」

「まるで怯みませんね。普通のカラスならこんな早く慣れたりはしないんですが」


 亀永さんが撃ったライフルは本物ではない。

 生分解性のBB弾を発射する電動エアソフトガンだ。

 言ってしまえばおもちゃである。

 害鳥獣対策に町が用意していたものを持ち出して来たのだが、カラスを撃ち落とせるような威力はもちろんない。


「あっ、こらっ! こっちに来るな!」


 今度はわたしの方に向かって飛んできた。

 ターゲットは足元でスライムの卵塊をついばんでいるアイガモゴーレムだろう。

 こいつを壊されてはたまらない。

 必死でスコップを振り回し、命中こそしないものの、追い払うことにはなんとか成功する。


 わたしはスコップを田んぼに突きたて、肩で息をしながら上空のカラスを睨む。

 せっかくスライム駆除が軌道に乗ったと思ったのに、一体どこから湧いてきたのだこいつらは。


 3枚羽のカラスはもちろんこっちの世界のものではない。

 スライムと同じく異世界から来た害鳥で、名前をトライクロウと言う。

 県下では発生が報告されていなかったはずの存在である。

 有志のカウントによるとその数はおよそ百羽。

 これだけの数がいて、しかも体をねじりながら飛ぶ独特の飛行法。

 県外から飛んできたのであれば目撃されないはずがないのだが、まさに降って湧いたかのように、この間堺に現れたのだ。


 突然の災難に、農家の皆さん、そしてISEKAI課は当然のごとくパニックに陥った。

 何しろスライム駆除の秘策であるアイガモゴーレムを狙い撃ちにしてくるのだ。

 これではようやく見通しの立ったスライム駆除計画が台無しだ。

 普段は役場で待機している亀永さんまで出動していることを見れば、事態の深刻さは理解していただけると思う。


「遠くて速くて当たらないわ。後輩さん、捕まえて動きを止めてくれないかしら」

「それができたら世話ないわっ!」


 一点訂正。ひとりだけマイペースなのがいた。

 ウーナだ。

 相変わらずの掴みどころのない表情で、トライクロウの群れに両手のひらを向けている。

 手のひらの先の空中が、時折きらきらと輝く。

 空気中の水蒸気が凍結し、氷の粒を作っているのだろう。

 魔法で強烈な冷気を発生させていると思うのだが、素早く飛び回るトライクロウがその空間に捕まることはない。


「もっと近づいて魔法を打てないの?」

「無理よ。だって逃げるもの」


 ウーナが歩くと、それに合わせてトライクロウが離れていく。

 一定以内の距離には近づかず、間合いを保っているかのようだ。

 人間から無闇に逃げているわけではない。

 エアソフトガンを恐れず、最大戦力であるウーナを警戒しているあたり、相当に知能が高いように思える。


「ぱっと駆け寄って、一気に距離を詰められない?」

「やってみるわ」


 絶対走ったりはしないんだろうなあと思いながらお願いしてみたら、意外にもあっさりとうなずいてくれた。

 ウーナはあぜ道をとことこと走り出した。

 めちゃくちゃ足が長いのに、その姿はなぜかペンギンを連想させた。


 そして、十歩もしないうちに転んだ。


 マジかよ!?

 3歳児でももっとちゃんと走れるぞ!?

 ひょっとして、泣き出したりしないだろうな!? 


「やっぱりダメだったわ。どうしたらいいのかしら」


 またしても意外っ!

 けろっと立ち上がり、膝から泥を払っている。

 なんかホントにもう掴み所がないなあ、この人は。


「えっと、転移魔法で近づくとか?」

「試したわ。でも転移前に逃げられてしまうの」


 ウーナが手をかざすと、トライクロウの群れの下に魔法陣が生じた。

 その瞬間、ぱっと飛び去って離れてしまう。

 なるほど、転移先にも魔法陣ができるからそれで察知されてしまうのか。


「じゃ、じゃあ足を速くする魔法とかないの?」

「ないわ。肉体強化魔法は苦手なの。後輩さんとは違うもの」


 そうかあ。

 まあ、ウーナは自分の体を強化して近接戦闘をするって感じじゃないもんな。

 ゲームで言えば、完全な後衛タイプだ。

 って、わたしとは違うってどうゆうこと?

 わたしは魔法なんて使えないけど。


「使えないの? 使っているのに?」

「使ってる……?」


 ウーナに小首を傾げられてしまったが、何の話かわからない。

 こちとらちゃっきちゃきの現世界人だ。

 生まれてからこっち、魔法なんてメルヒェンなものとは縁がないぞ……?


「うーん、ひょっとしたらウーナさんやゴドドルガさん、あるいはスライムに当てられた・・・・・のかもしれないですねえ」


 困惑していると、亀永さんがライフルを抱えてやってきた。

 当てられたって一体どういうことだろう?


「いやあ、こちらでも超能力者って言われる人たちが昔からいたでしょう。大抵はインチキでしたけどね。僕の若い頃には流行ったりもしたけど……って、そんな話はどうでもいいですね。中には本物もいたみたいで、そういう才能がある人って、日常的に魔法と触れてると才能に目覚めることがあるらしいんですよ」

「才能って……」


 聞き返さずともわかってはいた。

 わかってはいたけれど、聞き返さずにはいられなかった。

 なんせ唐突すぎて脳が理解を拒むのだ。


「魔法の才能、ですね。水崎さん、無意識のうちに魔法使いとして目覚めていたんじゃないでしょうか」

「はあ? ええっ!?」


 えええええええええええええええええ!?


 田園を響き渡る絶叫に、農家さんたちがびくっとこちらを振り向いた。

 あ、お騒がせしてすみません……。

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