第6話
結局僕は紅の猪隊に混ざり、ラドーラの町で盗賊団の討伐依頼を受領した。
手続きを行ってくれた役人、恐らくは募兵官の様な役割を担ってるであろう人物は、周囲の厳つい傭兵に比べて一回り身体が小さく、年も若い僕を一人分として扱う事に難色を示したが、実際に討ち取った盗賊の首を並べて実力を認めさせる。
……と言ってもその交渉をしたのは僕ではなく、紅の猪隊の隊長だ。
僕が一人だったなら『まぁ年若いのは事実だし、手柄を立てて見返せば良いから契約金は安くなっても仕方ないか』と諦めていただろう。
ラドーラの町側としても、実際に盗賊を狩って来た実力ある傭兵隊を手放したくはなかったので、隊長の言い分は直ぐに認められた。
年齢や体格で舐められる事が多いであろう僕にとって、そのやり取りは実に参考になる物である。
やはり紅の猪隊に一時的に加わったのは、善い判断をしたと思う。
さて僕等から、正確には隊長から、盗賊団が街道で集まる傭兵や賞金稼ぎを襲撃している件を聞き、その報告はラドーラの領主へと直ぐに上げられた。
その後、隊長のみが呼び出されたが、その際に街道に潜む盗賊団の分隊排除を、紅の猪隊は依頼されたらしい。
この事態は打開しなければならないが、かと言って盗賊団の本隊と牽制し合ってる領主軍には、自由に動かせる兵力が不足している。
仮に分隊排除の為に領主軍が動けば、盗賊団の本隊は好き勝手にラドーラ周囲の領地を荒らし回るだろう。
だからこそ分隊の排除は、既にそれを一度こなしている浮いた戦力、紅の猪隊に任せたいとの話だった。
まぁ領主側の理屈はわからなくもない。
だが問題となるのは、盗賊団側も、領主側が分隊排除に動くと予測してるだろう事だ。
何故なら僕達が打ち破った盗賊の分隊は、八割は殺したが、残る二割は逃がしてしまったから。
数に勝る相手が散り散りになって逃げ出すと、全員を討ち取るのはどうしたって不可能である。
確かに紅の猪隊の傭兵は盗賊よりも強かったけれど、だからといって足の速さまで勝るかと言えば、それはまた別の話だ。
せめて数名だけでも捕縛すれば相手の拠点を吐かせられたのだろうが、奇襲で仲間を殺されて頭に血の登った傭兵にその注文は無茶である。
ここまで聞いた話から推測すると、盗賊団の本隊は二百余名で、ラドーラから北、北東、東の、ルバンダ国内に伸びる三つの街道に三十余名ずつ、恐らく三百名前後が盗賊団の保有戦力なのだと僕は思う。
このうち本体の二百余名はそのまま領主軍との牽制のし合いを続けるにしても、残る北と北東への街道に居る分隊は、紅の猪隊が討伐に来ると想定し、合流して動くんじゃないだろうか?
そうなると流石に六十名の集団は、紅の猪隊だけでは荷が重い。
確かに紅の猪隊は武器防具の質や練度が共に高いが、だからって四倍もの相手を簡単にどうにか出来る程じゃない筈だ。
まともにぶつかれば、包囲されて磨り潰される。
どうする心算なのかと視線で問えば、隊長は苦笑いをその口に浮かべた。
「まぁ領主様の依頼に出来ませんとは言えないからな。だが引き受けはするが、正面からは戦わないさ。先ずは敵の位置と数の把握だ」
隊長の言葉に、紅の猪隊の傭兵が幾人か自分達から動き出す。
多分彼等が斥候として動くのだろう。
確かに敵数とその動きの確認は、少ない人数で戦わねばならない僕達には必須である。
「足りない人員は、何とか借りれないか聞いてみよう。襲撃を受けずに町に辿り着いた傭兵も居る筈だ。なぁあに、今すぐ突っ込めと言われた訳じゃない。戦うタイミングはこちらが選べるんだから、贅沢な話さ」
そう、相手の位置や動きが掴めたならば、夜襲を仕掛ける事だって可能なのだ。
困難な任務ではあるのだろうが、それをこなした時に見返りは大きい。
周囲を見渡せば、紅の猪隊の傭兵達の表情は戦意に満ちていた。
成る程、これが傭兵と言う生き物なのか。
ならず者の同類である事は否定し切れないが、それでも単なるならず者とは一線を画して、狡猾で雄々しい連中だ。
彼等の戦意にあてられたのか、僕も少し楽しくなって来た。
折角の良い機会なのだ。
困難に挑む傭兵の手腕を、間近で精一杯学ばせて貰うとしよう。
……と言っても、実際に分隊の討伐が開始するまで、僕に役割は回って来ない。
人手集めは専ら隊長の役割で、見た目で舐められる僕が加わっても足を引っ張るだけだ。
かと言って斥候側も、危険が大きい仕事だけに俄か隊員の僕の出番はなかった。
出来る事と言えば、ラドーラの町に残った傭兵と一緒に訓練を行い、連携の精度を少しでも高めておく位である。
もっと何か出来ないかと思う気持ちはあるけれど、それでも焦りは禁物だ。
残念ながら今の僕には足りない物がとても多い。
足りないのに頑張ってしまう働き者は、却って周囲を危険に晒す。
だから僕が為すべきは、その足りない物を少しでも埋めて次に備えておく努力であった。
オスカーの遺品である置き盾とクロスボウ、それに槍を受け取って、それ等を十全に扱える様に訓練を受ける。
僕の持つ武装は普通の剣と長弓だが、紅の猪隊と一緒に動くなら装備は揃えた方が連携し易い。
例えば同じ射撃武器である長弓とクロスボウだが、射撃のタイミングはそれぞれ大きく違う。
長弓は矢をつがえ、弦を引き絞り、次に動きを止めて一呼吸置いてから放つのが僕の場合は最も命中率が高まる。
でもクロスボウは、物影から飛び出して敵に向ければ、レバーを握り込むだけで即座に撃てるのだ。
尤も再装填には時間が掛かるが、準備を済ませていた場合の初撃だけはクロスボウの方が圧倒的に早い。
もしも初撃だけをクロスボウで撃ち、即座に切り込み突撃を掛けるのならば、僕が長弓を放つ暇はなくなるだろう。
勿論長弓にもメリットは色々とあった。
射撃に専念し続けるなら、一分当たりに射れる矢の本数は長弓の方がずっと多いし、弧を描く様に対象に向かって斜め上に放てば、射程はクロスボウよりも長くなる。
要するに連射と曲射には長弓の方が向くのだ。
その分扱いには熟練を要するが、結局の所、長弓とクロスボウは比較しても甲乙付け難い射撃武器だった。
あぁ、話が逸れたが、つまり武器は揃えた方が同じタイミングで射撃や突撃が出来て便利って話だ。
剣で切り合ってる横から槍で介入するのは、腕次第では仲間を傷付けてしまう可能性もあるけれど、槍同士なら比較的簡単に連携が出来る。
だから僕は、置き盾の影から飛び出しては的にクロスボウを撃ち、傭兵と訓練用の槍で叩き合っていた。
元よりワルダベルグ家でも教師から槍やクロスボウの扱いは習っていたから、それを一つずつ思い出すように。
そしてそんな生活に変化があったのは、訓練を始めてから三日目の夜。
斥候に出ていた傭兵達が、盗賊団の分隊が野営している位置を発見して無事に帰還したのだ。
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