第5話


 頭の上を幾本もの矢が通り過ぎて行く。

 ドサリと音を立て、僕の傍らに倒れたオスカー。

 完全に即死である。

 色々と気を遣ってくれた良い人だったのに、こんなに早い別れになるとは思わなかった。

 いや、オスカーだけじゃない。

 僕だって今から、一つでも行動を間違えればオスカーの後を追う羽目になるだろう。



 第一射はやり過ごして、敵が射撃して来た方向は掴んだ。

 即座にオスカーの骸の、その背から強引に置き盾を引っぺがして地に立て、その影にしゃがみ込んで隠れる。

 ガツガツと音を立て、設置した置き盾が揺れる。

 第二射も何とか防げたから、ほんの少しだが猶予が生まれた。


 僕は更にオスカーの骸を漁って、クロスボウとその弦、ボルトを取り出す。

 クロスボウに弦を張り、座り込んだまま先端部分に足を掛けてから、レバーを引いて弦を引き絞る。

 そしてボルトをセットすれば、射撃準備は整った。


 ガツガツと第三射が置き盾を揺らしたから、そろそろ切り込んで来る頃だろうか?

 周囲を見れば、射撃を僕と同じ様に切り抜けた紅の猪隊の傭兵達が、同じ様に反撃の準備を整えている。

「撃てッ!」

 紅の猪隊の隊長が放った言葉に立ち上がり、クロスボウの射撃を行った人数は、僕を含めて十四、五人。

 驚いた顔のままに僕が放ったボルトに貫かれたのは、丁度切り込みを行おうとしていた襲撃者達。

 どうやら反撃の素早さが、襲撃者達にとっては些か予想外だったらしい。

 革鎧に剣や斧、それに弓と、随分装備は整っているが、それでも件の盗賊団の連中だろう。


 そう、もし討伐隊の編成を聞いても盗賊団が逃げ出さなかった場合、だからと言って彼等はその集結を座して待ちはしない。

 領主軍を牽制する為の本隊と、各街道に張り込む分隊に分かれ、雇われる為にやって来る傭兵や賞金稼ぎを、先んじて集結前に狩ろうとするに決まってる。

 とは言え最初の奇襲で半数も減らせなかったのは、盗賊達にとって手痛いミスだ。

 いや、正確にはミスと言うよりも、想定外の奇襲にも少ない犠牲で耐え切れる位に、紅の猪は防具の質が高いのだ。

 後はまぁ、反撃の素早さから考えても、練度も十分にあるだろう。

 敵の数はこちらの倍ほどいるけれど、これなら恐らく勝てる筈。


「切り込むぞッ!」

「「おぉぉぅ!」」

 なんて風に隊長が指示を出し、それに雄叫びで返事を返す傭兵達。

 防具の質の差を考慮して、射撃戦を続けるよりも弓の使えない乱戦に持ち込んだ方が被害を抑えられると踏んだのだろう。

 一緒に叫びはしないけれど、僕も腰の剣を抜き、その突撃に混じって盗賊に向かって駆け出した。


 正面の賊は右手に斧、左手に盾を持ち、体格は僕よりもかなり大きい。

 迎え撃つように上から全力で振り下ろされた斧を、僕は左前方に踏み込みながら体を捻じって躱して剣を、下がった賊の顔面に突き入れる。

 本当は右に躱した方が安全なんだけれど、その場合はこちらの攻撃が、相手の盾で防がれる可能性があったから。

 

 互いの数が同じくらいなら、別にそれでもじっくりと仕留めればよかったのだけれど、今回はこちらの方が数は少なく、相手に猶予を与えれば複数人に囲まれてしまう。

 故に僕は多少強引にでも素早く敵を始末して、一対一の状況を繰り返す。



 ……戦いが終わった後、僕は剣を振って血を落とし、死んだ盗賊の服で拭う。

 折角先日手入れを済ませたばかりなのに、もう血塗れになってしまった。

 実に憂鬱だ。

 けれども僕以上に、周囲の傭兵、紅の猪のメンバー達の表情は暗い。

 まぁ仕方のない事だ。

 盗賊の八割は討ち取ったとは言え、万全の体勢で迎え撃てば、或いは一切の犠牲なく切り抜けられたであろう相手に、油断から幾人もの犠牲を出してしまったのだから。

 彼等にとって、今回の戦いは敗北に等しいのだろう。


 だがそれでも黙々と埋葬等の後始末を行う彼等に混じって手伝っていると、

「あぁ、君。クリュー君、だったね? 少し良いだろうか」

 紅の猪隊の隊長に話し掛けられた。 

 一応、用件の察しは付いている。

 討ち取った盗賊で得られる報酬の分配と、この先どうするかについてだろう。


 僕達は現地に到着する前、つまり着任前ではあるが、目的である盗賊の一部を討ち取った。

 これに関しては、ラドーラの町の領主からの褒賞が出る筈だ。

 もちろん着任前の討伐等知った事じゃないと褒賞を出さない場合もあるけれど、その時は紅の猪だけでなく多くの傭兵、或いは商売上の信義を重視する商人からも、ラドーラの領主がそっぽを向かれる羽目になる。

 そんなリスクを多少の金銭の為に負うとは考え難いから、褒賞は出ると考えて間違いはない。


 但しそれは、この後も盗賊団の討伐に参加するならばの話だった。

 もしも盗賊団の討伐に参加しないのならば、それはもうラドーラの領主が褒賞を出さなくても、別に何ら問題はない。

 旅人が偶然盗賊に襲われ、何とか撃退しただけの話で終わるのだ。

 だから隊長は、想定した以上に危険が大きそうな盗賊団の討伐に、この後も参加する心算なのかと僕に問うている。


 仮に僕がここで引き返す心算なら、隊長は盗賊の首を幾許かの金で買い取ってくれるだろう。

 紅の猪隊は既に幾人もの犠牲者を出してしまったから、ここで引き返してはその犠牲は単なる無駄死だ。

 拾える金は拾いに行って、彼等の死は無駄ではなかったとしなければ、隊長に付いて来る傭兵は居なくなる。

 故に紅の猪隊がここで引き返す事はあり得ない。


 そして隊長からの僕への提案は、盗賊の首の買い取りだけでなく、更にもう一歩踏み込んでいて、

「もしこの先の危険を承知で君がラドーラの町に行くなら、提案なんだが、今回の依頼の間だけでも我々の傭兵隊に加わらないか? 今しがた見た君の実力なら、我々に決して引けは取らない」

 とても悩ましい物だった。 


 メリットは決して小さくない。

 先程の襲撃も僕一人じゃ切り抜けられない規模だったし、腕の立つ頼れる仲間が一時とは言え手に入るのはとても心強いだろう。

 褒賞の分配だって、向こうは数が居るから強気に出れるが、彼等から申し出て仲間に加わるのなら、公平な、或いは僕に少し有利な分配が為される筈だ。

 でもデメリットもある。

 その中で最も大きなものが、働きに対して出るかも知れない感状に関してだった。


 紅の猪隊の一員として討伐に参加した場合、手柄を立てても出る感状は紅の猪隊に対しての物となるだろう。

 一時的にしか加わらない僕にとって、紅の猪隊が感状を得た所で、何の恩恵も受けられはしない。


 ……本当に悩ましい所である。

 しかしまぁ、感状は得られなくても金銭と、何より重要な経験は僕のものとなるのだし、今回は生存率を上げる為にも紅の猪隊に参加しようか。

 紅の猪隊としても、予期せぬ人員の減少で手が足りないのだろうし、この誘いは多分お互いにとって都合が良いのだ。



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