第7話
持ち帰られた報告によれば、盗賊の分隊は予想通りに集結し、ルバンダ国内で最大の都市である首都へと向かう北東の街道に網を張っているらしい。
北東に向かう街道には、道中を河川が横切っており、渡河する為には橋を渡るしかないので襲撃には都合が良いのだろう。
その付近の林の中に、盗賊達は木々を切り開いた野営地を造って居るそうだ。
数も六十から七十と、ほぼ想定通りの数だった。
未だ討伐が成った訳ではないけれど、先ずは一安心と言った所か。
実は今回は、色々なパターンが考えられた。
一番有り難いのは、仲間を狩られた盗賊の分隊が、脅威を感じて本隊の元へと戻る事だ。
勿論本隊に文体が合流すれば、決戦時に戦う相手は多くなる。
けれども領主軍が元々の数で負けている訳ではないのだし、準備を整えてから殲滅すれば恐らく大きな問題は起きない。
逆に細かなグループに分散して街道を脅かされ続ける方が、その処理に手間取りずっと厄介だっただろう。
当たり前の話だが、数十人の残す痕跡は発見し易いが、数人が残した痕跡はそれよりもずっと見付け難い。
細かく長く、時に集まって連携を取りながら街道が脅かされ続ければ、戦時の体制を維持し続けなければならない領主の負担は増え、商人が寄り付かずに領民も不安がって統治に支障をきたす。
盗賊達の持つ装備は割と整っていたし、単なる食い詰めた盗賊ならとっくに逃げている筈だから、そう言った展開もあるんじゃないかと、密かに心配はしていたのだ。
例えば盗賊のフリをしているが、その実態は隣国に雇われた傭兵だったなら、そう言った厄介な戦い方をする気がしたから。
でもどうやら、流石にそこまで面倒な連中ではないらしい。
ならば精々、隣国の領主が盗賊に武器を提供して嫌がらせをしていると言った辺りが正解だろう。
そもそも本当に優秀な傭兵が盗賊に偽装していた場合、最初の襲撃でこちらが全滅していたり、斥候が見つかって狩られていただろうから、心配し過ぎだったとも思う。
だとしたら、入念な準備をしていた紅の猪隊が分隊討伐に失敗する可能性はかなり低かった。
「おぉ、確かクリューとかいったな。訓練は見てたぜ。今日はよろしくな」
同行する傭兵の言葉に、僕は彼の目を見て頷く。
彼は僕と同じく臨時で紅の猪隊に参加した傭兵の一人で、名前は確か、ゲアルドだ。
幾つか言葉を交わしてみれば、彼はリャーグの出身だが、海が嫌いで傭兵になったと言う。
ゲアルドが僕の事を知っていたのは、参加が決まった際に隊長から、
『年若い者が居るが新兵じゃなく、腕は確かで戦力になる。だから侮って揉めるのは止めてくれ』
と注意されて居たらしい。
その後で訓練中の僕を見て隊長の言葉に納得し、だから最初から親し気だったのだとか。
まぁ何にせよ、認めてくれているなら有り難い話だった。
分隊討伐の為に隊長がラドーラの町で集めた傭兵は十名。
全員を観察した印象では、一番腕が立つのはゲアルドだろう。
別に戦ってる所を見た訳じゃないけれど、動きに隙が殆どないし、何より体格が圧倒的に恵まれている。
リャーグ人は戦う為に生まれて来たなんて言葉があるけれど、ゲアルドを見るとあの話は本当なんじゃないかと思ってしまう位だ。
彼の武装は腰に手投げ斧をぶら下げ、背中に両手持ちの戦斧を背負う。
鎖帷子を着込んだ上から鉄の胸当てを付け、頭は角付きの鉄兜。
恐らく近接戦闘では無類の強さを発揮する筈であった。
もし戦場で、それも敵側でゲアルドと出会ったら、それが絶対に避けられない戦いだという事情でもない限り、即座に後ろを向いて、一目散に逃げだすだろう。
投げ斧が怖いから、頻繁に進路を変えてジグザグに走りながら。
さて話は逸れたが、今僕達は街道を外れた林の中を、北東に向かって進んでる。
もちろん盗賊に見付からずに接近し、夜襲を仕掛ける為にだ。
でなければ移動速度が格段に落ちる林の中を、わざわざ移動しやしない。
盗賊の数はこちらの二倍よりも少し上で、普通に考えればこちらが大分と不利に思う筈。
しかし実力と装備の質、特に防具の差を考えれば、まともにぶつかったとしても、恐らく射撃戦でなければこちらが勝つ。
革鎧と鉄鎧には、それ位の差があるのだ。
でもそれだと余計な被害が出てしまうから、確実を期して夜襲を試みようと言う訳だった。
まあ成功するかどうかは時の運だが。
尤も夜襲に失敗したとしても、林の中を進んでる事は無駄にはならない。
開けた場所に比べれば、木々が障害物になる林の中は射撃戦に不向きである。
当然不向きと言っても全く不可能な訳ではないだろう。
例えば腕の良い射手や、森で獲物を追い掛けていた腕のいい猟師上がりなら、木々の間を縫って真っすぐに矢を飛ばせもしよう。
しかし全ての盗賊にそんな真似が出来る訳がなく、大抵の場合は前に矢を飛ばせるだけの筈だ。
開けた場所での射撃戦なら、並んでの一斉射撃を行うから、矢が前に飛べば人を殺すに充分である。
達人の放った矢でも、下手くその放った矢でも、当たれば矢は人を殺す。
そこに優劣は存在しない。
だから僕は、とても弓を怖い武器だと思ってる。
あぁ、但し、そう、そもそも弓で矢を前に飛ばすのは、それ自体がそれなりに難しい事だけれども。
今日は僕も、鎖帷子を着込んでる。
死んだオスカーが身に着けていたそれを、紅の猪隊がラドーラの町でサイズの手直しをして、僕に貸してくれたのだ。
久しぶりの鉄の鎧は安心感があるけれど、しかしやっぱり林の中を歩くには、正直、少し不向きだなぁって思う。
盗賊に見付かる可能性を下げる為、僕等は木々にもたれて火を使わずに干し肉等の食事を取って休息し、日暮れを待ってから襲撃を決行した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます