第32話 わたしのチート

 目の前に迫ったテオシアーゼの拳。そう、そのパンチは容赦の無い事にわたしの顔面を目掛けて放たれていた。

 わたしは咄嗟に顔を右にずらし、回避を試みた。

 しかし、頬から耳にかけて凄まじい痛みが走る。


「ぐぅうっ」


 幸いにも頬と耳がえぐり取られてしまったわけではない。しかしこの痛みは拳が掠ったのか、或いは掠っていなくともその衝撃波によってダメージを受けてしまったのだろう。

 凄まじい威力だ。元々屈強な(そう、こいつは悪役令嬢のくせに握力が67キロもあるようなやつなのだ)人間が更に魔力による肉体強化を掛けた上で放った攻撃。

 そして驚くべきは、テオシアーゼは自らの【麗しき宝石の飼い仔たち《ルミナス・ワイルド》】というスキルをブラフにし、このパンチを本命にして当てにきた事。

 普通、スキルの方を当てにいくだろ――それはわたしの固定観念なのか。わたしの固定観念を見抜いた上か、それとも肉体強化を重視するこの学園の生徒ならば普通の事なのか。

 いずれにせよ、彼女は【薊】を突破してわたしに攻撃を当てた。


「避けたと思うな、ですわーーーーーーーーーー!!!!」


 テオシアーゼが叫んだ。そして、次に放たれたのは――。


『蹴りだーーーー!』


【薊】は間に合わない。わたしはガードの体制を取り、更に魔力を耐久性に振り分ける。

 蹴りを腕と腿で受ける。これで衝撃を分散した。

 それでもわたしの身体は大きな衝撃によって弾かれ、宙を舞った。

 数秒滞空し、その後地面に降り立つ。宙に浮かぶなんて普段経験しない事なので、変な感じがした。


『ミハルちゃん! ちゃんと立ってる! 上手く防御出来たみたい!』


 そう。今度は上手く防御出来た。蹴りを受け止めた腕と腿の方が顔と耳より痛くない。


「どうやら肉体強化の基礎は押さえてきたようですわねーーーーーーーーー!!! そこは褒めてやりますわーーーーーーー!!!! けれど! 断ッ然!!!! わたくしの方が強いって事を思い知らせてやりますわーーーーーーーーーー!!!!」


 視界の端で青い宝石の犬が液状化したかと思えば、消滅した。


「【麗しき宝石の飼い仔たち《ルミナス・ワイルド》】!!!!」


 そしてテオシアーゼは先ほどのように手を前方へと遣り、そこから液体がこぼれる。しかしその色は先ほどとは異なっていた。


「【黄玉のトパーズ=スパロー】!」


 液体は結晶となり――そしてそれは小鳥の形を成した。

 手から鳥が飛び立ち――更に一羽。もう一羽――。


「って、多くない!?」


 気付けば、数え切れないほどの雀が生み出されていた。


『【黄玉のトパーズ=スパロー】! 一羽一羽の性能は低いけれど、一度に大量の雀を生み出す事が出来るのが特徴だね!』

『最高で100羽同時に生み出せるらしいわ。まあ本人談だから本当かどうかは疑わしいけれど……』

「本ッ当ですわーーーーーーーーー!!!」


 テオシアーゼが解説に対してキレた。

 まあ、その真偽は今はどうでもいい。考えるべきは何故先ほどの犬を消滅させて、性能の低い鳥を生み出したのかという事だ。

 恐らくはこうだろうという推論が浮かんだ。

 その時には大量の雀がわたしの方へと迫っていた。


「っ!」


 前後左右。更には上方からも雀が迫って来る。


「【薊】!」


 わたしは【薊】を高速で回転させる。わたしを中心とした円運動――これによって前後左右から迫る雀は全て弾き飛ばされる。単に弾かれるだけのものもあれば、砕けて幾つもの破片と化し、消滅するものもあった。

 しかし、上から来る雀は防ぎようがない。

 これがテオシアーゼの狙い。物量によってわたしの【薊】による防御を突破しようというのだろう。

 けれどこの雀は先ほどの犬と比べれば一羽一羽の力が非常に弱い。

 魔力で肉体を強化すれば、難なく凌げる。

 雀がわたしに群がってつついて来る。身体のあちこちがつつかれる。場合によっては顔もつついてくる。けれど、そんなひ弱な攻撃では、肉体強化をしたわたしには傷一つ付けられない。

 残念だったね、と心の中でほくそ笑む。

 いや――わたしの肉体強化のレベルは先ほどテオシアーゼは確認した筈。だとするとこの雀たちの攻撃がわたしに通用しない事は知っていたのではないだろうか。

 だとすると、この雀の群れを生み出した意図は――。

 わたしは視線を上に遣った。すると、その視線の先から聞こえる。


「お嬢様! キーーーーーック! ですわーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 そう、彼女の意図は雀を目くらましにし、【薊】の防御を掻い潜って直接攻撃を仕掛ける事。

 だけど――。


「折角の奇襲なのに――声がデカいんだよ!」


 雀の群れの中から姿を現したテオシアーゼは「しまった!!!!」という表情を浮かべていた。

 上方からテオシアーゼのキック。その攻撃に気付けはしたものの速度からして回避は出来ない。

 だから、両腕で受け止める。


「っ!」

『止めたーーーーーー!!』


 隕石を受け止めたかのようだった。

 凄まじい衝撃。骨が軋む。

 痛い。痛過ぎる。でも。


『それでも、ミハルちゃんまだ立ってるぞーーー!?』


 それは、今の状況がチャンスでもあるから。

 わたしは腕を動かし、テオシアーゼの足――わたしにキックをした右足を掴んだ。


「なっ……汚い手を放しやがれですわーーーー!!」


 テオシアーゼはわたしの腕の上に立っている(?)奇妙な体勢のまま叫んだ。けれど、彼女の言う事を聞いてやるわけがない。わたしは彼女の足首を掴む手に更なる力を籠める。

 魔力による肉体強化。向上した手の膂力。わたしの手は万力のようだった。


「なっ……何でこんな力が!!!?!? カスみたいな握力しかなかった筈ですのにーーーーーーーーー!!!!」

「それはこの間の話だよ」


 わたしは告げる。


「今のわたしの握力は――21キロだ!」


 21キロ――最初に握力を測った時は10キロだったから、その約二倍。肉体強化をした時に発揮出来る力は元々の力×魔力の使用量だから、元々の力が二倍になれば、肉体強化で発揮出来る力も二倍になる。

 それだけじゃない。何度も肉体強化を行った事で、わたしは肉体強化というものに順応した。

 元々のわたしの肉体強化の効率は今思えばカスみたいなものだった。

 けれど、それは随分マシになった。

 1万メズルの魔力によって行われる肉体強化は並大抵のものじゃない。


「そんな、わたくしが、庶民なんかにーーーーーーーーーーーー!!!!」


 テオシアーゼは何とかしてわたしの手から逃れようとしているが、わたしの手は彼女の足首を話さない。彼女の表情に浮かぶ焦燥の色が濃くなっていく。


「これが、この力が――わたしのチートだ!」


 わたしはそう叫び、足首を掴む腕に力を籠め、そしてテオシアーゼを地面に思い切り叩き付けた。


 その瞬間、ゴウッ! と炎が上がる音が聞こえた。

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