第25話 滝行、そして

「じゃあ次は滝行ね」


 湖を渡る訓練を終えた後、トトノ先生は言った。


「滝行」


 わたしはトトノ先生の言葉を繰り返した。滝行って、やっぱりバトル漫画の修行パートじゃん。

 視線の先にはナイアガラの滝みたいな巨大な滝があった。こんな滝が学校の近くにあるのって凄いな。


「じゃあ皆、良い感じの場所見付けて滝に打たれて」


 との指示で皆は滝の下へと向かって行った。皆素直に従うな……こういうのが日常になっているとこんなあっさりとした反応なんだ。

 滝の下には時々大きめの岩があって、皆良い具合の岩を見付けてはそこを滝行の場所にしていた。

 やるか、わたしも……。

 気は進まなかったが、やる以外に選択肢はない。

 少し歩いて手頃な滝行ポイントを見付け、わたしはそこにあぐらをかいて座った。

 遥か上から降り注ぐ水がわたしの身体を打ち付ける。


「いだだだだだ」


 痛い。そして、凄まじい重量を感じる。水、重い!

 やめたい! 滝行!

 滝に打たれて数秒でわたしはその思考に至った。

 けれど逃げ出すわけにもいかない。痛い、痛いんだよ本当に。


「そうだ、肉体強化……」


 わたしはふと思い至った。そもそもこれは魔力による肉体強化の訓練だ。先ほどトトノ先生は肉体強化によって耐久性も上がると言っていた。それが本当ならば、わたしの身体の耐久性を上げ、痛みを和らげる事が出来るのではないだろうか。


「ふんっ……」


 自分の身体が鋼鉄になるさまをイメージする。それで多少痛みが緩和されたような気がした。出来ているのだろうか、肉体強化。

 けれど痛みがゼロになったわけでもない。痛いし、更に言えば結構水が冷たい。

 体力が奪われていく。

 というか、そもそもわたしの体力はかなり限界だった。早朝の走り込みで肉体的には疲弊し切っているし、さっき湖の中を泳ぐ為に魔力もかなり使った。

 痛いし冷たい。その感覚もなんだか曖昧になっていく。

 視界が白くなっていく。

 あれ、これやばいのでは――?


「みはるん――!」


 わたしを呼ぶ声が聞こえた。

 そしてわたしは気付いたら冷たい水の中に漂っていた。


 ◇


「あれ……」


 目を開く。寒いような、けれど暖かいような奇妙な感覚があった。

 目に飛び込んできた景色は保健室のものだった。


「良かった、目を覚ましたわね」


 ロティカ先生がこちらを見て微笑んだ。


「あ、はい……」


 状況が良く分からなくて、曖昧な感じの返答になった。

 わたしはどうやらベッドに寝かされているみたいだ。

 今保健室のベッドで目を覚ましたという状況を鑑みるに、わたしは気を失っていたのだろうか? 気を失う前は確か――。


「えっと、わたし滝に打たれてた筈じゃ……でも確か意識を失っちゃって……」

「滝壺に落ちたって聞いたけど」


 ロティカ先生が答えた。


「ま、まずくないですか」

「勿論まずいわよ」


 そっか、わたし滝壺の中に落ちちゃったのか。


「けれど、その割にはなんだか元気な感じです。ちょっと寒気があるくらいで」

「私が魔法で回復しといたから」


 ロティカ先生のその言葉にわたしは驚きを覚えた。


「えっ、そんな事出来るんですか」

「それが出来なきゃ保健医務まんないわよ」


 そっか、ロティカ先生がわたしを治療してくれたんだ……。


「身体、冷やさないように気を付けなさい。ここに運ばれて来た時は氷みたいになってたからとりあえず暖かい服に着替えさせて、厚い布団も出して来たけれど……まだ寒かったりしない?」


 先生の言う通り私はもこもこのパジャマみたいな服に身を包んでいて、布団も厚手のものが掛けられていた。


「い、いえ……」

「それなら良かった。トトノの奴、教育熱心なのはいいんだけれどこういう所あるのがね……」

「あの……」

「ん? どうかしたかしら?」

「ロティカ先生、わたしは今、わたしに色々としてくれた先生への感謝の気持ちが胸の中で込み上げて来てるのを感じているんです」

「そんな、保健医として当然の事をしたまでよ」

「けれど、わたしはちゃんと感謝を伝えたいんです……ですから……

 ――服を! 着てくれませんか!」


 わたしは大声でそう要請した。

 ロティカ先生はいつも通り、白衣の下は全裸というフリーダムな恰好をしていた。


「わたしは! 自分を助けてくれた恩人に対してちゃんと感謝を伝えたいんです! でも、露出狂に感謝するのは嫌なんです! ですから、まともな格好をして下さいお願いします!」

「ウフフ……♡」


 なんか妖艶な感じの笑いで誤魔化さないでよ! 服着てよ!


「お願いです先生……」

「感謝なら、あなたをここまで運んで来た子にしなさぁい」

「え、運んで来た子、って」


 その時、保健室のドアがガラッと音を立てて開いた。


「みはるーーーん!」


 そちらを向いた時には既にわたしは飛び掛かられていた。


「こ、恋歌……」


 きつく抱き締められながらわたしは彼女の名前を呟いた。


「良かった、みはるんが生きてて! スーパーの鮮魚コーナーに並んでそうな感じになっちゃってて、本当死んじゃうかと思って、もしこのまま目を覚まさなかったらどうしようって、胸が締め付けられたよ……!」

「それは心配掛けたね……もしかして、わたしを保健室に運んできてくれたのって……」

「その子よ。ちゃんとお礼言っておきなさい」


 ロティカ先生が言った。

 そっか、あの時恋歌は水の中に落ちたわたしをすぐ助けに来てくれて、それで保健室まで運んできてくれたんだ。


「……ありがとね、恋歌」


 そう言うと、彼女は喜びを露わにして、その場でぴょんぴょんしだした。

 可愛い所もあるんだよなぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る