第23話 地獄の早朝走り込み
連れられるままに学園のグラウンドに行くと、そこにはわたしと同じように体育着を着用した生徒たちが集まっていた。
そして、生徒たちの前にトトノ先生が立っていた。
「よし、皆せいれーつ!」
トトノ先生がそう言って、皆は整列をした。初めての事で良く分からなかったが、わたしも皆に合わせる。位置が間違っていたりしないだろうか……。
「点呼、はじめー!」
「1!」「2!」「3!」
えっ、なになになに……!
「8!」
わたしの左隣の子が叫んだ。
「えと……」
わたしがどうすべきか狼狽していると、左の子が肘で強めにつついてきた。ごめんなさい!
「9!」
わたしはやけくそになって叫んだ。これで合ってるよね……!?
「10!」「11!」「12!」
点呼はつつがなく進んだので、合ってたのだろう。多分。
「よーし、皆いるねー。それじゃ、今日もやっていこっかー」
トトノ先生が言った。やるって、何を……?
そして先生が示した方には荷台があって、その荷台の上には大量の車輪らしき物が乗っていた。
何なんだこれ?
わたしは何をさせられるんだ……!?
◇
朝の乾いた空気の中に声が響き渡る。
「ファイッ、オー!」
「「ファイオー!」」
「ファイッ、オー!」」
「「ファイオー!」」
そんな掛け声をしながらわたしは走っています。早朝ランニングです。
「ふぁい、おー……」
わたしは瀕死。
ランニングなんて崖登りに比べれば大した事無いでしょ、と思うかもしれない。実際わたしも始めるまでは「なーんだ走るだけならいけそう」って思ってた。
けれどわたしが腰に紐を括り付けて引っ張っている車輪が問題だった。この車輪は魔力による肉体強化を制限する魔道具の一種だった。なんで車輪の形状をしているのかは知らない。
魔力による肉体強化が可能ならばともかく、それを封じられてしまったわたしは貧弱な少女だ。死にそうな顔で汗を垂れ流し、よろめきながら走っていた。
今、何時だろう。あまりにも眠い。朝練とか帰宅部のわたしには無縁のものだった。朝練のランニングがこんなにきついものだったなんて。いや、というか車輪の重量がプラスされているので普通よりきついぞこれ。
「ミハルちゃん! 遅れてるよ!」
隣にやって来たトトノ先生が言った。
「す、すいません、でもこれが限界で……」
「それは『甘え』だよね?」
え?
「昨日は大目に見たけど今日はそうはいかないよ? 甘えた事言ってないで、全力でやりなよ」
もしかして……トトノ先生って雰囲気とは裏腹にめっちゃスパルタ!?
「いや、これが全力で……」
「いやきみの全力はそんなもんじゃない! 頑張れ頑張れ!」
「ひいい」
明るい雰囲気で言ってるのに圧が凄い。
「ファイッ、オー!」
「ふぁい、おー……」
「もっと大きな声で!」
「ふぁい! おー!」
なんなんだ。
なんなんだこれ……!
何でわたしは早朝からこんなキツい走り込みをしてるんだ?
ここの学園の名前何だっけ? ウィーテシア魔法女学園だよね? 魔法女学園? 防衛大学だろこれじゃあ!
「またペース落ちてるよ! もっと速く! 風のように!」
「も……」
「藻?」
「もう、無理ですっ……」
わたしはそう言ってその場に倒れた。地面が固くて痛かった。冷たい土にわたしの汗が染み込んでいく。
全身が悲鳴を上げていた。筋肉の中に疲労物質が飽和している。肺がぼろぼろになった風船みたいに張り裂けてしまいそうだった。
「ほら何へばってんの! 立って! また走るんだよ!」
「何で……何でこんな事しなくちゃいけないんですか……!」
もう立ち上がるだけの体力が無かった。それに、精神的にも限界だった。これ以上の苦痛を受けなくてはいけないのかと思うと、わたしの口は抗議を放っていた。
「わたしはチート持ちだし、魔力値だって1万メズル以上あるんですよ……! こんなキツい訓練しなくたって、わたしは十分に強いのに……!」
わたしが地面に倒れながら紡ぐ言葉はほぼ泣き声だった。
「今は肉体強化が封じられてるからこんなんですけど、肉体強化をさせてくれれば、1万メズルの魔力でとんでもないパワーが出せるのに――」
「その考えは甘いよ」
トトノ先生の指摘は冷たかった。
「え……」
「肉体強化をした時に発揮出来る力の量は極めて単純に考えると、元々の
そこでトトノ先生は地面に拳を叩き付けた。すると、凄まじい音がして地面に亀裂が入る。
「ひっ」
その圧倒的な力にわたしは恐怖した。
「多くの魔力を使用出来ても、元々の膂力が少なかったら、大した力は出せないんだよ。例を挙げてみようか。ミハルちゃんの握力は確か10キロだったね。それに1万の魔力を掛けると10万。けれど、握力80キロで魔力が2千メズルの子が出せる力は16万。魔力量がミハルちゃんの5分の1でも約1.5倍の力を出せるんだよ」
「なる……ほど……」
「だからね? 魔力値が高いからってそれでうぬぼれて、身体を鍛える事をサボっちゃいけないんだよ。分かった?」
トトノ先生が倒れるわたしに顔を近づけて来た。
「はい……分かりました……!」
圧が凄くて、そう答えるしかなかった。
お願いだから殴らないで! 先ほどトトノ先生のパンチで大きなヒビが入った地面が嫌でも目に入る。
「それじゃあ、頑張ろっか?」
「はい! 頑張らせていただきます!」
わたしは恐怖に駆られて立ち上がった。足も腕も棒のようだったけれど、やるしかなかった。
「ファイッ、オー!」
「ふぁいおー!」
無我夢中で地獄の走り込みを行った。
わたしの命が、燃えている……。
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