第22話 穏やかな朝には程遠い

 日が落ちる。

 わたしは夕食を済ませ、入浴を済ませ、パジャマに着替えた。あとは寝るだけだ。


「で……何でいるの?」


 数時間前にも発したような気がする疑問をぶつけた相手は無論恋歌である。

 恋歌はわたしのベッドの上にどっしりと陣取っていた。確固とした意志が感じられて、戦国武将みたいだった。


「……?」

「『質問の意味が分からないけど?』みたいな反応するのやめてくれる?」

「逆に、何で私がここに居たらいけないの?」

「質問を質問で返すなよ。ここはわたしの部屋なんだけど」

「つまり私たちの愛の巣だね」

「ちげえよ。あんたにはあんたの部屋が与えられてるでしょ。そっちに戻りなよ」

「実は私……部屋を貰えなくて……だからここで寝るしかないの……」


 泣き真似をする恋歌。

 そんなのに騙されるわけがないだろ。けれど――。


「そうだったんだ、ごめんね。それだったら部屋を追い出すのも忍びないし、ここに泊まっていっていいよ」

「いいの!? ヒュウ!」


 ガッツポーズをかます恋歌。

 わたしは彼女の方に近付いて、それから彼女を抱擁した。


「しかもハグまでだなんて……やっぱりみはるんは優しいな……もう女神だよ……」

「そっかあ女神か……」


 わたしはさりげなく恋歌の服のポケットに手を入れ、その中に入っていた物を取り出した。


「――で、これは何?」


 それは鍵だった。恋歌の顔が青ざめて硬直する。


「えっ、あの、鍵、ですね……多分私の心とかの……そう、私の心はみはるんにしか開けないからみはるんの元にそれが出現したんだと思います……」

「なんか見覚えのある形状なんだけどな? 『302』っていう番号は何?」

「えっと、そのォ……」


 もうこれ以上の言い訳が思い付かないようだった。


「わたし、嘘をつく人は嫌いだな……潔く謝ってくれるならまだしも、嘘に嘘を重ねるのは最低だと思うな……」

「すいません私の部屋の鍵です許してください」


 全力の土下座だった。


「うん、じゃあ出てって」

「そ、そんなあ……」


 顔を上げた恋歌が滝のように涙を流していた。

 わたしは彼女の身体を引っ張って自室の出口へと向かう。


「お願い、今晩だけ……! 今夜は家に帰りたくないの……!」

「さっさと出てく! 要求を受け入れたらどんどん要求がエスカレートしていくって事が分かったよ!」


 彼女を扉の外に追い出し、そして扉に鍵を掛けた。


「ふぅ……これで今夜は安らかに眠れる……」


 わたしはそう呟き、倒れるようにベッドに横たわった。

 そして眠気がわたしを包んでいき、すぐに眠ってしまった。


   ◇


 カンカンカンカン!

 けたたましい音が聞こえて、わたしは目を覚ました。


「何の音――」

「ミハル・ハトミネ! 今日は朝練の日だ! 早く起きろ! そして体育着に着替えろ!」


 鍵を掛けてあった筈のわたしの部屋の扉は開けられて、手にカウベルのような角ばった楽器を持った女子生徒が押し入って来た。


「え? 朝練? 何の事――」

「口答えをするな! さっさと着替えろ!」

「はいっすいません……」

「声が小さい!」

「すいません!」


 なんなんだよ!

 わたしは急いで体育着を部屋の中から探し、そして着替えた。この際着替える所を見られちゃう恥ずかしいとか言ってられなかった。もたもたしたらぶん殴られるんじゃないかという恐怖がわたしの中にあった。


「着替え終わりました!」

「良し! それなら行くぞ!」

「はい!」


 心の中では全然「はい」ではなかった。何もかもに納得できなかったけれどとにかく従うしかないのだろうと思った。

 そうしてその少女に連れられ、わたしはまだ朝日が顔を出したばかりの部屋の外へと足を踏み出した。

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