第12話 お嫁さん宣言
目を覚ました。どこか遠くから声が聞こえてくる。
「あれ……」
目に飛び込んで来たのは知らない部屋の光景。小学生のころから使っている学習机も、数千円をはたいて買ったアニメのカレンダーも見当たらなくて、西洋っぽい感じの部屋だった。
あ、そっか。わたし異世界転移したんだった。
それで、色々あってこの学園で面倒を見て貰える事になって、それで――。
「恋歌……?」
わたしは名を呟きながらベッドの隣を見た。
しかし、そこには誰も居なかった。
そうだ。わたしは昨日恋歌と名乗る謎の少女と同じベッドで眠りに就いた筈。けれど、その彼女の姿が見当たらなかった。
「恋歌―? どこー? トイレでも入ってるのー? それとも朝風呂―?」
と、呼び掛けてみたものの、返事はなくて、しんとした感じが虚しかった。
「居なくなっちゃったのかな……」
あんなにわたしに対して好き好き言っていた子が。
そんな子がわたしに一言も告げずに居なくなるなんて事がある?
「まあ、それならそれで別にいいけどっ」
わたしはそう言ってベッドから立ち上がる。うんと伸びをして、恋歌の事を頭から振り払う。窓からは暖かい日差しが差し込んでいた。良い天気だ。
そうだ、別にあんなやつ居なくて構わない、というか居ない方がいいじゃないか。例えばわたしの身の安全が脅かされる事も無い。正体不明の付き纏いが居なくなって良かったと思うべきなんだ。
けれど、胸に小さな穴が開いて、そこを冷たい風が通り過ぎるみたいな――。
「ちっ、違う! 寂しく思ってなんかない! 会って一日未満の良く分からないやつになびくほどわたしはチョロい人間じゃない!」
もう恋歌の事を考えるのはよそう。
というか、そもそも恋歌なんて人間、はじめから存在していなかったのではないか。そんな気もしてくる。
部屋には恋歌という人間が居た事を示す痕跡は一切存在していない。ベッドに残る体温も、わたし一人分だけ。
恋歌なんていう人間はわたしの想像が創り出した虚構の存在だ。そう考えると色々と辻褄が合う。
「……だってわたしを好きな人間なんて居る筈が無いもんね」
自分が口にしたその言葉がとても虚しいものに聞こえた。
そう。わたしの事を好きな人間なんて存在する筈が無い――けれどそれは今までの話。
わたしは、この世界で、新たな生活の中で、生まれ変わるんだ。
部屋の中を歩く。そして、昨日トトノ先生から受け取ったウィーテシア魔法女学園の制服を手に取った。
見慣れない構造の服で、着用には手間取った。けれど、数分の格闘の後にわたしはその制服に袖を通す事に成功した。
それから、部屋の中にあった姿見で自分を確認する。
「これが、わたし……」
胸を高鳴らせながら呟いた。
鏡に映っている新たな装いのわたしは今までとは別人のようだった。
分かってる。なんかただそんな気がしているだけだって。人はそんなに簡単に変われないって。こんな事で浮足立つ単純さがわたしがわたしのままである証左だって。
けれど、だったらこれから変わればいい。
「やるぞっ、脱陰キャ! 社交性抜群のパリピになって充実青春ライフを送るんだ! 友達5000兆人欲しい!」
ガッツポーズをしてそう決意を口にした。
変われる筈だ。異世界転移やチートは、その為の切っ掛け。
とりあえず、この後まずは言われていた通りに職員室に行く。それで色々説明を受けて、あと朝食も食べさせて貰わなきゃ。
その後は、わたしはトトノ先生が受け持つクラスに配属される。
きっと、自己紹介タイムがある筈だ。自己紹介。あまり良い思い出が無い。それでも上手くやらなきゃいけない。残酷だけれど人間の印象というのは第一印象をその後で覆す事が難しいものだ。例えばだけど初めに陰キャという印象を抱かれてしまったら、わたしはその後ずっと陰キャとして扱われる事になる。
だからこの自己紹介に今後の学園生活がかかっていると言っても過言ではない。
わたしはわたしの理想のわたしを頑張って演じなくてはならない。
◇
「今日は皆さんに嬉しいお知らせがあるよー。なんと、このクラスに編入生がやって来る事になりましたー! ぱちぱち! まあ、誰の事を言っているのか分かっている子も居るんじゃないかなー? それじゃあ入って来て、ミハルちゃん」
教壇に立つトトノ先生にそう促されて、教室の前方の扉の傍でスタンバイしていたわたしは教室へと入って行った。「おおっ」「あの子って確か……」教室の中がざわつくのが分かった。
「それじゃ、自己紹介いってみよー!」
「は、はい」
わたしは覚悟を決めて、皆の方を見て、そして――。
「アッ……どもっ、わ、わ、わたし、未春、です……。えっと……その、好きなのは、えーっとえーっと、ま、まあアニメとかを少々……例えば今期だと……あ、いや、皆今期とか言われても分かんないですよね、すいません……あの、よろしく、お願いします……いや、こんな陰キャとよろしくしたくないですよね……本当にごめんなさい……生まれてきてごめんなさい……」
これ以上無い大失態を犯した。
教室の皆の反応はと言えば、当然のごとく気まずい沈黙。お通夜みたいだった。
あまりにも惨めで泣きたくなった。でも許して欲しい。本当はちゃんとハキハキ喋ろうとしてたんだよ。でも、教室を埋め尽くす沢山の人を見たら緊張で頭が回らなくなっちゃったというか。
あまりにもカスすぎる。今朝の決意は何だったんだ……死のう……。
「は、はい! というわけでミハルちゃんの自己紹介でした! 皆、ミハルちゃんと仲良く――」
「すいません、トトノ先生」
声は教室の前方の扉の近くから聞こえた。そこには教員と思しき女性が立っていて、手招きをしている。トトノ先生はそちらへと向かって行った。
何かを話してるみたいだ。まあ、でもどうでも良い。わたしの学園生活は終わりだ……もう手の打ちようがない。これからの暗黒の日々を想像してわたしは憂鬱になった。ここから入れる保険ありますか? ないですよね……。
「――えーっと、皆さんにもう一つビッグニュース! なんと、もう一人編入生が居るので、その子も紹介するね! それじゃ、入って来て!」
「はい」
トトノ先生にそう言われ入って来たのは――。
今朝姿を消した謎の少女、恋歌だった。
どうしてここに恋歌が? わたしが思考を巡らせる間も無く、彼女は自己紹介を開始した。
「皆さんはじめまして。私は
――この子、みはるんのお嫁さんです」
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