第11話 即ち同衾
鼻血を出した恋歌は一旦風呂場から出て、ティッシュ(みたいな紙があった)で鼻を押さえて安静にする事になった。そしてその間にわたしは身体を洗って、風呂を出た。その後に鼻血の止まった恋歌が再び風呂に入る事になった。
裸の女性が鼻血をぶちまけて風呂場に倒れている様子はなんだか殺人事件の現場みたいだった。かなり痛々しかったので、わたしは自分のしてしまった事に罪悪感を覚えた。でも冷静に考えたら恋歌の自業自得だった。女同士とはいえやってる事性犯罪の一歩手前だったし。なので正当防衛。
風呂から出たわたしはトトノ先生から貰った下着とパジャマを着用した。
「とほほ……みはるんとのイチャイチャお風呂タイムが……」
暫くして出て来た恋歌はタオルで身体を拭きながらそんな事を言ってた。
「恋歌、これ」
わたしは少し躊躇いを感じたけど、恋歌に声を掛けた。
そして彼女の方に差し出したのはパジャマと下着だった。
「また同じ服着るわけにはいかないでしょ。だから……。それと、頭突きしちゃったのはごめん」
恋歌の表情がぱあっと明るくなるのが分かった。
「ありがとう、みはるん! やっぱりみはるんは優しい人だね……こんな優しい人がお嫁さんだなんて、私は本当に幸せな人間だよ……!」
一部事実とは食い違う事を言っていたが、そこは指摘しないでおいてあげた。
「これ、みはるんとお揃いだよね、パジャマも、下着も……嬉しい……!」
まあ、学園から支給されたやつだからね……。この学園の割と多くの生徒とお揃いだと思うよ。
「みはるんと私は一心同体って事だよね。うん、添い遂げる覚悟はあるよ」
何だかそろそろ慣れて来たな。というか、一々ツッコんでたらキリが無いんだと悟ってきた。
「あ」
わたしはそこである事に気付いた。
今日の寝床について。
この部屋にあるベッドは一つ。まあ、一人用の部屋なのだから当然だ。そしてそのサイズもダブルサイズとか大きなやつではなく、本当に一人用のやつ。
そのベッドで、一緒に寝る事になる。この女と。
こういう時、アニメとかだとしばしばどちらかがソファーとかで寝る事になるのだが、この部屋の中にソファーに類する家具は存在していなかった。即ち、ベッドか床かだ。
流石に床では眠れそうにない。となると、一緒のベッドで眠るしかないのか……?
わたしが考えていると、恋歌はベッドの上にちょこんと星座をして、それから顔を赤らめて言った。
「あの、みはるん、私初めてだから……優しく、してね」
「何にもしないからね!? ただ寝るだけだし! あ、いや、この『寝る』は性的な交わりというニュアンスを含まない、純粋な就寝の意味での『寝る』だからね!? 日本語って面倒だな! スリープオンリー! ドゥーユーアンダスタン!?」
わたしは早口でそう主張した。この部屋はわたしに与えられた部屋で恋歌は部外者なのだから恋歌が床で寝れば良いのではないだろうか?
「そ、そっか……まあ、それだけ私の事を大事にしてくれてるって事だもんね。やっぱりみはるんは素敵な人だなぁ……」
なんか知らんが好意的に解釈された。
まあ、変な事されないっていうなら別に一緒のベッドで寝ても構わないか。
「あ、照明消さないとね」
恋歌がベッドから立ち上がり、部屋の入り口の所に行って、壁の装置に触れた。わたしがトトノ先生に触るように言われたやつだ。
部屋が暗くなった。
それから恋歌がベッドの中に入り、わたしも躊躇いがちにベッドイン。
ただ、恋歌の方を向くのは気恥ずかしいので恋歌には背中を向けている。
なるべく彼女の事を意識しないように努めているけれど、背中にどうしても彼女の体温を感じ取ってしまう。ベッドは本来一人用で割と小さいのでもっと距離を取るように要請するわけにもいかない。
何だか変な感じだ。誰かと一緒の布団で寝るのなんて、小さかった頃、お母さんと一緒の布団で寝ていた時以来だし。
そう、ただ誰かと一緒の布団で寝る事それ自体に違和感を覚えているのであって、決して恋歌という一人の人間を意識してしまっているとかではない。彼女に対する感情は何ら特別なものじゃない。
「みはるんと一緒の布団で寝るの、憧れだったんだ。すごくラブラブって感じだし」
背後で恋歌が言った。
「ラブラブじゃないし……このまま布団から放り出すわけにもいかないから、仕方なく入れてあげてるだけ。
第一、あなたがわたしの事、その、好き、っていうのわけわかんないんだけど。だって、わたしたち今まで一度も話した事無かったよね? それなのに、どうしてあなたはわたしに対して好意を抱いているわけ? 一目惚れとか言ってたけど、わたし一目惚れするような外見してないでしょ。スタイル良くないし、顔も地味でぱっとしないし……」
自分で言っていて悲しくなってきたが、事実だ。
「そんな事ないよー。みはるんのスタイルも、お顔もすっごく良いよ! 少なくとも、私は大好きだから。
……でも、そういう見た目の部分に惹かれたのかっていえば、それは違うかも。だから、一目惚れって言っちゃうと語弊があるかもね。私の言葉選びが悪かったかも」
「それじゃあ結局なんで私を好きになったの?」
わたしがそう問うと、背中で感じる恋歌の温かさが増したように感じられた。
「運命だから」
恋歌の返答はそんなわけの分からないものだった。
「前の世界でみはるんを見つけ出した時に、それが分かったの。自分が結ばれるべき人はこの人なんだって。だから一目惚れをしたの。
私たちはずっとずっと前から繋がってた。そう、私たちが生まれる前から。それが運命」
やはり、彼女が言っている事は理解しがたい。
けれどどうしてだろう、恋歌の言っている事を、受容してしまいそうになる自分がいた。彼女は全くの出鱈目を言っているわけではない――そんな感じがした。
きっと疲れているせいだろう。疲れて、物事の正誤を判別出来なくなっている。
それを裏付けるように、わたしはすぐに眠りに落ちてしまった。
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