第8話 ヤンデレストーカー女との再会

 端的に言って、恐怖を覚えた。

 自分に対して巨大な好意(特に覚えが無いのに)を抱く正体不明の少女が窓に張り付いていたのだ。

 そうだった。今までずっと忘れていた。わたしは異世界転移をしている最中(なんか変な漆黒の空間に取り込まれた時)、この恋歌という少女に恋愛感情を伝えられたんだった。けれど、この世界に放り出された時には離れ離れになったんだった。いや冷静に考えると意味が分からないな。

 それで、結局わたしはどうすればいいんだ?


 バンバン、とまた音が鳴って、わたしの身体がビクッってなった。


「みはるん、開けてよー! 内側から鍵が掛かってるみたいで、こっちから開かないの」


 窓越しに恋歌がそう要請した。

 開けてしまっていいのか。開けたらその瞬間に襲い掛かってきたりしない? なんかホラー映画のワンシーンみたいになってない?

 ていうか、ここって四階じゃなかった? どうやってそこに登ったんだ。

 僅かな時間の間に思考を猛回転させ、わたしは窓の鍵を開けて彼女を中に招き入れるしかないだろうという結論に至った。四階だし、彼女がそこから落ちて怪我したり死んだりしたら大変だ。それに、今彼女を入れなかったら後になって「何で入れてくれなかったの?」と問い質される事だろう。その光景がイメージ出来る。

 窓際に行って鍵を開け、窓を開ける。夜風と共に恋歌が中へと入って来た。


「ありがと、みはるん。大好き」


 彼女は満面の笑みを浮かべて言った。対するわたしは顔を引きつらせていた。


「あ、あの。恋歌さん、でしたっけ? どうしてここに……」

「だって、言ったじゃん。『たとえ離れ離れになったとしても、必ずまた会いに行く』って」

「そんな事言っ……ってたね。いや、それはいいんだけど、聞きたいのはどうしてわたしの居る所が分かったんだって事だよ。わたしたち、異世界転移したじゃん? でもそれでこの世界の別々の場所に出現しちゃって……どうやってそこからわたしの居場所を突き止めて、ここに辿り着いたの?」

「え? そんなの決まってるじゃん」


 と、恋歌は言った。それから彼女は左手の小指を立てて、恥じらう乙女のような仕草をした。


「だって、私とみはるんは運命で結ばれてるんだから。

 ――そう、運命の赤い糸を辿っていけばその先にみはるんが居るんだよ」


 何を言っているんだコイツは?

 正気の発言とは思えなかった。赤い糸とかあるわけないだろ。

 念の為に自分の両手の小指を確認したが、特にそんなものは見当たらなかった。

 じゃあ結局どうやってコイツはわたしの所にやって来れたんだよ。


「そうそう、本当に大変だったんだよ。この世界にやって来た時、思いっきり森の中だったし、そこから出ようとしたら途中で山賊に襲われて……まあ返り討ちにして色々奪ったけど。そのお陰でご飯にもありつけたし」


 恋歌はポケットから硬貨らしき物を取り出してわたしに見せた。


「それは……大変だったね」


 山賊返り討ちにしたのは強いな。そして山賊から奪った金で買い物をするのも中々肝が据わってるな。もしかして恋歌もわたしと同じように何らかのチートを獲得しているのだろうか? それだったらただの小娘が山賊に勝てたのにも頷ける。


「それから山を越え、川を越え……本当に大変だったんだから。けれど、みはるんに会う為だもん。頑張ったよ。早く会いに行かなきゃって思って。そうじゃなきゃ、みはるんも寂しい夜を過ごす事になっちゃうし……」


 ごめん、ついさっきまであなたの事は完全に忘れていた。


「だから、みはるんに早く会いたいっていう自分の気持ちの為でもあるけれど、みはるんの為でもあるんだよ! 褒めて褒めて!」


 そう言って賞賛の言葉を要求してくる。その仕草だけを見れば無邪気な子どもみたいで可愛いとおもうけど……。


「う、うん……良く頑張ったね」

「やったー! みはるん大好き!」


 そう言ってわたしに抱き着こうとしたが、はっとした表情になってその動作を中断した。


「おっと。私ずいぶん汚れちゃったから、このまま抱き着いちゃまずいよね」


 恋歌はそう言って自分の服を見た。確かに彼女の纏うブレザーのあちこちには土汚れが見て取れたし、何なら傷が付いている個所もあった。山賊に襲われ、山を越え川を越えたというのは本当の事だったのだろうか。


「そこ、お風呂かな?」


 と、恋歌が部屋の中の扉を指さした。さっきトトノ先生がお風呂だと言っていた所だ。


「うん、そうみたい」

「お風呂、使わせて貰って良いかな?」

「ま、まあいいけど……」


 特に断る理由も思い浮かばなかったのでわたしは許可した。それに年頃の女の子が身体を汚してしまったのにお風呂に入れないというのは可哀想だ。


「ありがとう! 沸かしてくるね!」


 恋歌はそう言ってお風呂の方へと向かった。わたしは念の為に後を付いて行く。

 風呂場への扉を開けて、その後バスタブへとお湯を入れる為の蛇口を捻った。

 その後、彼女が触れている部分が小さく発光した気がした。


「これで暫く待つだけだね」


 そう言って笑顔でこちらに戻って来た。


 そして――彼女は特に前触れも無く服を脱ぎ始めた。


 恋歌の肢体が露わになる。


「なんで!!??」

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