第9話 なんで脱ぐの

 唐突な脱衣。

 わたしは自分の顔を覆って狼狽えた。


「なっ、何で服脱いでんの! お風呂は今沸かし始めたばっかりでしょ!?」

「いや……私、服が汚れちゃってるから、そのままでお部屋の中に居るとお部屋を汚しちゃうと思って。下着になればましかなって思ったんだけど」


 恋歌はそう言って脱いだ服を袋に入れ始めた。この部屋に元々あったものだ。洗濯機が無いので、脱いだ服はこれに入れて後でどこかに持って行って洗濯するのだろう。


「そ、そうだったんだ、ごめん。わたしの事を気遣ってやってくれたのに」


 彼女が良からぬ事をするのではないかと思ってしまった事に罪悪感を覚えた。


「ううん、いいんだよ。確かに目の前で人がいきなり服を脱ぎ始めたらびっくりしちゃうもんね。私も一言言えば良かったね」


 恋歌が申し訳なさそうに言った。


「いや、こっちこそ過剰に反応しちゃって……どうぞ、掛けて」


 わたしは椅子を引いて、彼女に座るように促した。そしてわたし自身はベッドに腰掛けた。


「ありがとう、みはるん」


 お礼を言って椅子に座る恋歌。


 ……なんかやけにセクシーな下着じゃないですか?


 じろじろ見過ぎないように、さりげなく確認する。うん、やっぱりかなり艶やかな感じの下着だ。黒い色で、レースやフリルが付いている。パンツは……Tバッグって言うんですか? なんか、とにかく凄いやつ。

 彼女の歳はわたしとさほど変わらない筈。それなのに、こんな色っぽい下着身に着けてんの?

 何でそんな下着着てるの? ……と、尋ねようとしてやめた。何だか聞かない方が良い事な気がする。

 ところで、恋歌がなんかグラビアアイドルみたいなポーズを取っているのは気のせいだろうか。なんか、胸の谷間を強調する感じのポーズ。わたしを悩殺しようとしている? いや、気のせいか。なんか顔を赤らめて潤んだ目でこっちをじっと見ているような気がするけど、それも気のせいだ。

 それにしてもスタイルが良いな……そりゃあロティカ先生のボンキュッボン(死語)な身体と比べたら見劣りするけど……。


「みはるん、今別の女の裸をイメージしてる?」


 と、鋭い刃のような問い。


「いや? 何の事?」


 こいつ、わたしの思考を……!?


「だよね。自分の妻と一緒に居るのに、別の女でエッチな事を考えるなんて、そんな酷い事みはるんはしないよね」


 恋歌はそう言って納得したように笑みを浮かべた。

 それから暫くの間、気まずい沈黙があった。いや、気まずさを感じているのはわたしの方だけかもしれない。恋歌はなんか色々ポーズを変えてたし。それで椅子に座っていた筈の恋歌がいつの間にかわたしの隣に居たし。


「そ、そろそろお風呂沸いたんじゃない!? 入る!?」


 それに耐えられなくなって、お風呂の事に思い至ったわたしは立ち上がって言った。


「そうだね、それじゃあお風呂に入るとしよっか」


 恋歌はそう言ってベッドから立ち上がった。

 ほっとした。

 のは束の間だった。

 彼女の手がわたしの手首を掴んでいた。


「何この手?」


 意図が察せなかったわたしは問うた。


「みはるんも一緒にお風呂に入るんだよ」


 と、恋歌は微笑んで言った。


「何で!?」

「だってみはるんもまだお風呂に入ってないでしょ?

 ――みはるんは元々着ていたセーラー服を今も着用している。そこに置かれている服類の中にパジャマがあって、普通だったらお風呂に入ったらそれに着替える筈。それなのに着替えていないのはお風呂にまだ入っていないから。また、学園から支給されたと思しき下着があるものの、元々着用していた下着はどこにも見当たらない。替えの下着が無いならともかく、それがあるのにお風呂に入った後に下着を変えないのはみはるんの性格から考えて不自然。

 それにさっきお風呂場に入った時、浴槽や壁などに水滴が一つも無かったし、湿気も感じなかった。これは今日お風呂場を利用していない事を示すものである。

 よってみはるんはまだお風呂に入っていない――Q.E.D.(証明終了)」


「ハハハ……面白い推理だ探偵さん……面白い、推理だ……」


 全くその通りだった。


「じゃ、一緒にお風呂入ろ」

「異議あり! 確かにわたしがまだお風呂に入っていないのはその通りだけれど、だからといって一緒に入る意味が分からない! 別々に入れば良いのではないか!」

「そ、そんなぁ……!」


 悲しそうな表情を浮かべる恋歌。


「というわけで、先に入って良いよ。わたしはその後にお風呂に入るから」

「で、でも折角だし一緒に入ろうよ!」

「何が折角なの……」

「限りある水資源を節約するのには二人で一緒にお風呂に入るのが効果的だよ! それに、このお風呂はみはるんが学校から使わせて貰っている立場でしょ!? だったら、なるべく水を節約するべきなのでは!?」

「うっ! 確かに一理ある……」

「それに、女の子同士でお風呂に入るなんて普通でしょ? 例えばお泊り会の時とかはお風呂一緒に入るじゃん」


 え? 女の子同士一緒にお風呂に入るのって普通なの?


 そこではっと気付いた。

 そうか――わたしは友達が居なかったからそういう経験をした事が無く、『お風呂は一人で入るもの』という固定概念に囚われていたんだ……!

 友達同士でお風呂に入ったり、その後パジャマパーティで恋バナに花を咲かせたりとかそういう輝かしい青春を一度として経験した事の無い悲しきモンスター、それがわたしなんだ……!

 もしここで一緒にお風呂に入るという誘いを断れば、わたしが悲しきモンスターである事が彼女にバレてしまう! それは嫌だ! 憐みの目で見られたくない!

 それに――わたしは変わるんだ。

 この新しい世界でわたしは脱陰キャをして、輝かしい青春を謳歌する。

 その為の第一の試練が今目の前にあるのだ。そうだ、一緒にお風呂に入る事も出来ずに、青春なんて出来ない。

 だから、勇気を振り絞らなきゃ。


「……分かった。お風呂、一緒に入ろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る