第4話 陰キャを殺す1つの簡単な方法
「触れる事が出来ない、だって……? 何カッコつけて言ってんだてめえ!」
アシュロが激昂しながら言った。
カッコつけてたのは否定出来ない。いや、だってチートだよ? その初お披露目ってなったらカッコつけたくなるじゃん。はい、そうです。わたしは中二病です。
アシュロは尚も灼熱の弾丸を放ち続けた。しかしそれらは全てわたしの【薊】によって弾かれる。
「防いでる、っつうより軌道を逸らしているみたいだな」
小さく呟き、アシュロが弾丸の射出を停止した。これで諦めてくれたのだろうか――そう思ったのだけれど、違った。
「だったら、逸らされねえようにしっかり手で持って、殴り燃やせばいいって事だよなぁーッ!」
アシュロは右手に長い鋼の棒を創造した。
その絵面はまさしく鉄パイプを持つ不良だった。
ただし、その鉄パイプは1500度に熱されている。
「だあっ!」
アシュロが地面を蹴った。
速い。
あっという間にわたしのすぐ傍まで来て、灼熱の鉄パイプを振り下ろした。
それが【薊】と接触する。
今度の攻撃は彼女が言った通り、軌道を変えてやり過ごす事が出来なかった。火花を撒き散らしながら拮抗する。
けれど――。
「薊の別の花言葉――」
わたしは告げる。
「――『報復』」
アシュロの小柄な体躯が吹き飛ばされた。
彼女は目を見開いて、宙を舞った。
【薊】から生じた衝撃が彼女を襲ったのだ。
いや、正確に言うならば、その衝撃は元々アシュロが【薊】に対して加えた攻撃だ。【薊】はその攻撃を、アシュロ自身に返した。
「そんなっ、『灼熱鉱山』のアタシがっ」
そんな声が聞こえた。
アシュロは随分離れた位置の地面に落ち――受け身を取れずに動かなくなった。戦闘不能になったようだった。
その瞬間、ゴウッ! という音が聞こえた。
見れば、闘技場の両端――二か所から大きな炎が上がっていた。
『遂に決着だーッ! しかし、東西両方から炎が上がってしまったぞ!? これは一体どういう事なんだ!? 誰の勝ちって事なんだ!? 解説ゥ!』
『普段は「魔炎闘技」の決着の際には東西どちらか――勝者の側に「魔炎」が灯るわ。しかし今回は両方に灯ってしまっている。今までに一度として無かった事態。なのでどういう事か全く分からないわ』
『うーん、役に立たない解説! とにかく今回の「魔炎闘技」は終了! 予想外の事態で見る側としてはとっても見応えがあった試合だった! 選手の皆はお疲れ様!』
何が何だか良く分からない、という感情が正直な所なのだが、どうやら行われていた戦いは終わったようだ。わたしは【花】の発動を停止し、【薊】は儚く散華して消失した。
「おめでとう。『魔炎闘技』はあなたの勝利だ。二つの魔炎は、きっとそういう事なんだろう」
拍手の音が聞こえて、そちらを見れば、それは氷使いの黒髪の少女、フィゼリアがわたしに贈ったものだった。
「あ、ありがとう……話を聞く限りフィゼリアさんとあの子の勝負を邪魔しちゃったみたいだけど……そうだ! あのスケバンの子! わたしが派手に飛ばしちゃって!」
わたしはアシュロの事が気に掛かった。さっき、随分と高く空に舞っていた。それに、多分頭から地面に落ちていた。普通の人間だったら命に関わる事だ。
「心配いらないよ。『魔炎闘技』で死人が出る事は無い。そういうものなんだ」
「はあ」
理屈が良く分からなかったが、門外漢のわたしは、わたしより詳しいであろう人にそう言われたらそれを受け入れるしかなかった。
「それにあの子は背丈こそ低いものの、普通の少女よりよほど身体が丈夫だ。今は軽く気を失っているだけで、すぐに目を覚ますと思うね。あなたが気に病む必要は無い」
「そ、そっか……」
なら心配要らない……のか?
安堵と不安とを胸の中でブレンドさせるわたし。
そんなわたしの耳に、地鳴りのような音が聞こえた。
「ん?」
と、そちらを見れば。
沢山の女子生徒がこちらに押し寄せて来ていた。
「す、すごい! あの『灼熱鉱山』をあっという間に倒しちゃった!」
「さっきのスキル、カッコよくて綺麗だった! あれって何だったの!?」
「君この学院の生徒じゃないよね!? どこから来たの!?」
わたしと同じくらいの年頃であろう沢山の女子生徒が、次々に賞賛や質問を浴びせて来た。彼女らの目はキラキラと輝いている。
「あ、あわ……」
人と話す事に慣れていないわたしは彼女たちに上手くコミュニケーションを返す事が出来ず、追い込まれたハムスターのようになっていた。
「それにしても快挙だよね! アシュロ、すごく強いのにそれをあんなに簡単にやっつけちゃうなんて!」
「そうだね! だったらお祝いとかしないといけないんじゃない?」
「お、お祝い……?」
何をしてくれるのだろうか? トロフィー贈呈とか? ――などと思っていたわたしは甘かった。
「うん! お祝いっていったら――胴上げでしょ!」
「へ? 胴上げって――」
わたしに抵抗の余地は無かった。
沢山の女子生徒がわたしを取り囲んで、そして幾つもの手がわたしを持ち上げた。
「ちょっ、やめ」
抗議はちゃんとした言葉にならなかった。
「「せーのっ」」
女子生徒たちの声が重なる。
「「わっしょーい!」」
その声と共に、わたしの身体は宙に浮かぶ。
そして落下したわたしの身体を、再び沢山の手が宙に放り出す。
「「わっしょい!」」
わたしはまた宙へ。
「あっ、わっ」
それでわたしの精神はゴリゴリに削られていった。
何故って、わたしは根っからの陰キャだから。
こんな風に沢山の人に囲まれて、しかも胴上げとかされて、精神を保っていられる筈が無いのだ。
彼女たちは知らないのかもしれないが、過度なコミュニケーションは陰キャを殺すのだ。
「やめ、もう、無理っ」
「「わっしょい! わっしょい!」」
わたしの声は誰の耳にも届いていないようだった。
そして精神が限界に達する。
「た、助けてえええぇ~~~~~っ!」
わたしは最後にそう叫んで、気絶した。
薊の花言葉――人間嫌い。
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