第8話 秋の夜長を彩る金属飾り
「季節限定のコレクションを立ち上げるんだ」
周は落ち着いたくすみ色の着物や小物をずらりと並べた。
「秋は春と同じく、色の組み合わせが一辺倒になる時期だ」
かごめは目の前の顔ぶれに頷く。
紅葉を想起させる黄みを帯びた赤から、秋の銀杏らしい暖かい黄色。サツマイモの皮のような赤みががった紫や、落ち葉を思わせる茶色に落ち着いている。
「端的に言えば芋臭い」
「秋はお芋さんが美味しいものね」
「……。まあ、それは否定しないけど。──ともかく、少なくとも客はこの芋臭さを打破したいと思っている。そこに金属の飾りを合わせるってわけ」
かごめのずれた発言を流しつつも、周は黒鉄堂から預かった商品を
磨かれた真鍮がきらりと光を反射して、一気に引き締まって見える。
「秋の夜長って言うだろう? 昼もいいけど、夜は街灯の光に反射して洒落た気分にもなれる」
「秋のはかなげな雰囲気にもピッタリね」
「そう。それで俺が提案したいのは、一つ題材を決めてそれに沿ったシリーズ展開で、
鼻緒に付ける装飾とはまた斬新だ。かごめは紅葉を静かに見上げる女性の姿を想像して、感嘆の息を漏らした。
たしかに頭、耳、腰に光るものがあれば、足元にもほしいところではある。夜道を歩く女性の足元がきらめいていたらそれはとても粋だ。
「楽しそう! それっていくつか同時購入された方には割引にしてあげると、ますますいいんじゃないかしら。あ……でもどれだけ売れるのかもわからないから、足りなくても在庫がなくても損だわ」
「……」
周はかごめの懸念にぴたりと動きを止めた。
「……それくらい何とかなるだろ」
「ならないわよ。金物って作るのにすごく手間がかかるのよ。しかも季節限定にするってことは、その時期を過ぎたら次に売ることができるのは来年。もし在庫がたくさん余っちゃったら、一年間それを抱えなきゃいけないことになるわ」
かごめの発言に、周は口を噤む。
どうやら盲点だったらしい。
しかしここからは経営の話、かごめの出番だ。かごめは腕を組んで唸った。
「どれだけ売れるのか
目途、という自身の発言で一つの案が思い浮かび、かごめは手を叩く。
いくつ売れるのか予想が立たないのなら、先に確定してしまえばいいのだ。
「予約販売はどうかしら」
「予約販売?」
「売り出す予定の商品の見本を最初に作ってもらって、私たちはそれを全力で宣伝するの。身に着けて接客するのもいいし、また
「珍しく名案だな」
「『珍しく』は余計。ともかく予約が集まれば黒鉄堂さんはどれくらい商品を作ればいいのか目算もつくし、時間に猶予もあるわ」
街中が秋色に染まるのは紅葉が始まる、今からおよそ五週間後。その間に見本を作ってもらったうえでビラも配り、予約販売を開始する。
かごめは意気揚々と提案しながらも、かなり急ぐ必要があることに気が付いた。しかし黒鉄堂もあの様子では、仕事を貰えたらその分嬉しい経営状態にあるに違いない。
(みんなで頑張ればぎりぎり間に合うわ)
かごめは周の肩をがしっと掴んだ。
「閉店後、ちょっと付き合ってもらってもいい?」
「閉店後? 時間はいくらでもあるけど……」
周は突然のかごめの行動に目を白黒させる。
「秋の期間限定商品ならすぐにでも動かないといけないわ。今晩中に計画を固めないと」
周はかごめのふつふつと燃える熱意に気圧されながらも、力強く頷いた。
金属と焦げた匂いのする工房で、かごめと周は皮の厚い武骨な手に包まれたものを覗き込んだ。
布に包まれて出てきたのは寄せ集められた小花を模した真鍮。外から差し込む日光に照らされて、磨かれた金属がきらきらと輝いている。
金木犀。それが周の提案した題材だった。
それらはブローチに使えそうな大きめなものから、耳飾りに良さそうな小ぶりなものまで揃っている。
「こんな感じになりますが」
「想像以上の出来です!」
不安げに言う黒鉄堂にかごめは手を合わせた。
かごめが全く思い描いていたものがそこにある。しかも黒鉄堂は試作品の注文書を受け取ってから一週間もかからずに仕上げてくれたのだ。
「環状のものはこのまま指輪として売り出せますが、この小さく立体的に作ったものは耳飾りと鼻緒の前坪飾り、大きなものは髪飾りと帯留め、それからブローチに加工する予定です」
「いいね。商品化にはもう少し大きさの調節が必要そうだけど、ほとんど完成と言っていいかな」
周も満足げに頷いて、そのうちの一つ、指輪の形をしたものをつまみ上げる。そして、外の明かりにをかざした。
「これさ」
「はい」
「このまま指に通して使うわけでしょ」
「ええ、それで問題ないかと思いますが……」
黒鉄堂は周の言葉の意図を測りかねて首を傾げる。
「何かご不満でもございますか……?」
「いや、もしチェーンなんかを通したら首飾りとか腕飾りにもなるなって思ったんだ。懐中時計を持ってるならそのチェーンに通してもいい」
それは名案だ。お気に入りはいつ何時でも身に着けていたいものだが、いつも同じ場所に同じ飾りだと代わり映えがしない。
指輪が首飾りになるだけで一気に印象は変わるだろう。
「一つでいろんな使い方できるってことね? 確かにそれだとお得感が増すわよね」
「ここってチェーンも作れる?」
周がついでのように尋ねると、黒鉄堂は一瞬嬉しそうな顔をしたもののすぐに表情を濁らせた。
「よろしいのですか? 私が言うのもなんですが、チェーンなどは余所で用意いただいた方が安上がりだと思われますよ」
「それもそうか。かごめ、チェーンは他の──」
「ちょっと待って!」
周が下しかけた決断を、かごめは慌てて遮る。
「それは違う気がするわ」
何故だかわからないが、かごめはここでチェーンだけを余所に頼めばよくない気がした。直感がそう告げたのだ。
金属を加工する音だけが遠くから響く工房の中で、かごめは顎に手を添えて考え込む。
正直なところ、文目堂はかなり崖っぷちの状態だ。現在は先代らの貯金で何とかやっている状態で、出来ればあまり金はかけたくない。
しかしそういう問題ではないような気がした。チェーンだけ安上がりな他店に頼むのは、何か間違っているがするのだ。
かごめはふと、経営の重要な点について思い出した。
「これは投資です」
「投資……ですか?」
黒鉄堂は聞き慣れない単語に眉を曲げた。
「はい。黒鉄堂の仕事はすごく丁寧です。これが売れれば、一大
かごめは周の顔を見た。周は腕を組んで、続きを言えと顎で遣る。
「もしチェーンだけ安く済ませて売ってしまったら、……きっとその
「賭けというほど、見返りが少ないとも思ってないしね」
周の相槌にかごめは頷いた。
「きっと成功します。だから、追加のお仕事もお願いできますか?」
かごめの熱弁に、黒鉄堂は苦笑を見せた。
「熱意のあるお方ですね。少し驚きました」
「す、すいません」
かごめは熱くなりすぎた、と顔を赤くする。しかし黒鉄堂はにこにこと笑って、手を差し出してきた。かごめはその手を握る。
「いいえ、それはとてもいいことです。私も若い頃を思い出しました。……大変な仕事になりそうですが、喜んで承らせていただきます」
しっかりと握り返された圧に、職人としての責任感がひしひしと伝わってくる。
かごめは勢いよく頭を下げた。
「あ……ありがとうございます! 正式な注文書は後日お渡ししますので、今後とも文目堂をよろしくお願いします」
「こちらこそ、黒鉄堂をご贔屓に」
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