第31話 白袴に面をつけた者
青々と茂る木々を両側に広げている、百数十段の石段を上がると、築数百年の社がある。改装工事によって柱が真新しい朱色であるが、荘厳というよりも静謐な佇まいである。もう昼を問うに越しているせいか、参拝者はそれほど多くない。ご神木の隣の木の枝に夷神の姿が見える。境内の様子を窺っているようだ。
「ふむ」
瞬間にして身が消えてしまった。次に現れたのは社の裏手であった。
「おるか?」
夷神に呼応するように、白袴の者がぼんやりとしたシルエットから明確な輪郭で現れた。そのものもやはり白地の面をつけており、「戎」という字が書いてある。
「また何か用か?」
「ここで天の逆手を行なった者のことだ」
「それなら話したではないか」
「ああ、聞いた。しかし、他にもないかと。褻比夷市の一の宮としてはそんな術はすべからく容認できんだろう」
「それはそうだがな。話した以上のことはない」
「ほほう。市の一の宮としては、これ以上介入せず、人の手によって解決せよということか?」
「そなたこそ、先日話した人間に肩入れしすぎではないか? 様子を窺えば、霊獣を使って卒倒したそうではないか」
「耳が早いの。過度な期待ではないよ。ただ、若者というのはこう励ましたくなるではないか」
「そうだのお。それでいつ手を出すつもりだ?」
「事に因るよ。そなたはどうする?」
「それこそ一の宮としては中立でなくてはならんがな。ただ、必要とあらばだな」
「そうか。では参るよ」
「まあ、ちょろちょろと動きなさんな。威厳が下がるぞ」
「とうに威厳なぞ、そなたに渡したではないか」
夷神はそう言うと白袴の者の前から消えた。風もないのに揺れる樹木の枝を白袴の者はしばらく見上げてから、
「私の守衛を大切に扱ってくれよ」
とつぶやいて身を消した。
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