第32話 霊獣と話す

 門野は自室の天井を見つめていた。

 蛍光灯がまぶしいはずだが、それはそれで今気になることではなかった。

 わずか数日の出来事があっただけなのに、天井を見るのがずいぶん久しぶりなように感じていた。

「なあ」

 その一言で霊獣が室内に姿を現す。

「なんだ?」

「どっからどこまで知ってたんだ?」

 白蛇が分かり、一つ目入道が影響を受け、夷神が探索し続けていることだ。この霊獣が何らかのことを知っていてもおかしくない。

「人がよろしくないことをしていることだけだ。私はそんなに万能ではない。そういう存在ではないからな」

「そうか。博学の人間もいれば、そうでないのもいる。お前たちの世界もそういうことなのか?」

「どうかな、その例えは。博学というのはいろいろ学んだということだろう? しかしな、私達の中には存在が形成された瞬間に知識が出来上がっている者もいる。もちろん何も知らない者もいる。それに知ろうとしない者もな」

「……呪いなんて、くだらないこと、なんでするだろうな」

「オサムがくだらないと思っても、そう思わない人もいるということだ」

「そうか……なんか、人間てやましいのかな」

「……」

「呪うってことは誰かをねたみ、恨み、うらやみ、傷つけたいって思ってるんだろ…そりゃ俺だって思わないことはないぜ。でもさ…だからってそんなことする必要あんのかな」

 門野はそう言いながら、姉のこと、兄のこと、妹のことを浮かべていることに気付いた。門野にとってみれば羨望であり、一方で自分が追いつけはしない存在としていた姉兄妹たち。しかし、それが旧家である門野家の中での、門野治の位置だと彼は思っていたのである。その位置にいる限りは逃れられないのだ。だったら、自分はそれ相応の存在であればいい。肩に力を入れる必要などない。のほほんとして過ごし、姉兄妹の邪魔にならないようにしていればいい。それで昼行燈と呼ばれても、痛くも痒くもない。そう思って生きてきた。そんな門野にとっては呪法・呪術を使うほどの心のありようが理解できなかった。

「……」

「なんで何も言わねえんだよ」

「大して意図はない。オサムの話を聞いているのだ」

「そうか……もしかしたら……」

「なんだ?」

「俺はもしかしたら、呪術を使おうと思うほどのことに遭遇していないだけなのも知れないな」

「けれど、お前はやらんだろうが」

「ああ、きっとな」

 そう言うと門野は霊獣の頭を優しくなでた。

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