第29話 池の白蛇

 その池は、一応観光地に指定されていた。観光協会の名所旧跡にノミネートされていた。車で一時間ほど登った後は、歩くしかなかった。歩道は確保されているものの、アスファルト敷きではなく、曲がりくねった道を歩くことになる。起伏にとんだその道を歩くこと二キロほど。池が現れる。森の中の池。普通の人が見れば普通の池だが、見る人が見れば民間伝承の通り、厳かな並々ならぬ雰囲気があると分かるだろう。

「昔話も……ありもしねえ想像の産物とは限らないってことか」

 門野がいくら鍛錬しているとはいえ、この道はいまだ病み上がりの身体には堪える。長木も何度もハンカチタオルで額の汗を拭っている。

「よく参られた」

 三人の前に、あの葉が宙に漂って挨拶をしてくれた。

「主様だ」

 池の中央部から波紋が同心円状に広がっていく。池の色よりもずっと濃い色が水中から徐々に浮かんでくるのが分かる。そしてゆっくりと姿を見せる。見とれるくらいに全身が透き通った白色をしている蛇がとぐろを巻いた状態で空中に静止する。胴回りは軽自動車のタイヤの幅くらいだろうか、全身が伸びれば五メートルはあるかと思われる。

「よくぞ参られた」

 白蛇の声は男性とも女性とも区別つけることができず、さらにその声質には威厳がこもっていた。門野は昨日葉に反論したことを後悔した。確かにこの白蛇には恭しく敬語を使いたくなる。

 弾正は三人の紹介をして、ことのいきさつ―自分たち人間側からの視点と考え―を述べた。

「ふむ。大方間違ってはいない」

 白蛇は関心をしているようだった。

「それでこの件に人間が関わっていると、あなたの使いが言っておられました。どういうことでしょう」

「ふむ。呪術を使っている者がおる」

 白蛇は単刀直入に答えた。

「しかし、人間が呪術を使うのは、こう言っては何ですがよくあることでは?」

「確かにな、しかし間違った使い方を乱発しておるようなのだ。だから歪みが生じる。それはアヤカシたちに影響を与え、一つ目入道のように大人しいものをも変容させてしまう」

「でも、ならこいつはどうなんだ?」

 こいつ呼ばわりをされた霊獣が姿を現す。

「おい、オサム。もう少し敬え」

 十分敬っているじゃないかとばかりに霊獣の頭を撫でる。

「呪術を使ったものは、恐らくあの祠で行ったのだろう。直接的な影響が出たというわけだ」

「てことは、そいつが他のとこでもやっていたとしたら……」

「その通り」

 樹上から声が聞こえたかと思い三人は顔を上げる。そこにいた人影が下りてくる。白地の面に墨字の面を被った袴姿。

「ああ、お帰り」

 門野はあっさりと受け入れた。褻比夷市調査に単独で回っていた袴者がここに至って現れたのだ。

「おお、夷神か、随分久しいな」

 白蛇とも面識があるようで、旧知の挨拶を交わす。夷神と呼ばれた袴者はどうやら高位の存在であるようで、弾正は頭を抱えて、

「君という人は、よくこのような存在とため口が利けますね」

 と「ああ、お帰り」など素っ気なく言った門野に皮肉を漏らした。

 しかし、そんなことよりも。

「褻比夷市の至るところで、白蛇の言う呪術の痕跡が見られる。毎回手法も時間も試験的に行っているから、的外れもいいところだ。おかげで歪みやひずみが生じおる。それが低級なアヤカシや霊の動きを活発にさせ、それに憑かれたり影響を受けた若者たちも行動がおかしくなっていたりするようだ。」

「誰がやったかまでは…」

 弾正でも、さすがに夷神には丁寧な聞きようになる。

「いや、分からん。どうやっているのかは知らんが、私を察しておるようだった」

「で、そいつは何をやろうとしたかは? 呪術ってからには誰かに恨みがあったりするわけだろ」

「それなんだがな…」

 夷神は門野の問いに、はばかるように言い淀んだ。しかし、

「天の逆手」

 弾正の顔が一瞬にして強張るほどの単語を紡いだ。

「弾正さん……かなりヤバイんですか?」

「ああ、詳しくは戻ってから話します」

 門野にも、それが尋常でない言葉など分かるほど、弾正の表情が変容していた。しかも、答えた声が、まだ引きつっている。

「そなたたちに任せてもよいか」

 白蛇の声にも弾正は即答できない。目を閉じ考えをまとめているようだ。その目を開けることになったのは、肩をポンと叩かれたからだ。門野と長木が笑みをつくっている。

「弾正さん一人が悩んでても…俺たちもうチームなんですから」

「いや、しかしね。件が件だけに…」

「俺にはこいつもいるし」

「だ~か~ら、もっと敬え」

「私達だけじゃないですよ。ほら」

 門野と霊獣との戯れの後で、長木の指が射す方向があった。その先を弾正は見る。ムジナがいた。一つ目入道がいた。

「では、どこまでできるか分かりませんが」

 意を決したように、白蛇に深々と一礼をする。

「私たちも何か協力することもあろう。遠慮なく言ってくれ」

 白蛇は協力を惜しまないことを約束し、葉っぱを伝書係に付けてくれた。

「よし、まずは学校に戻って状況を整理し直そう」

 歩み出す三人の背を白蛇はしばらく見つめた後、再び水中に身を隠していった。

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