第五章 連鎖の源流
第18話 教室で
快晴というには、気温が適切に表記されておらず、蒸し暑さが充満していた。教室内は下敷きを団扇代わりに扇ぐ男子たちで目立っていた。一時期、この夏の恒例風景を禁止する校則の立案が検討されたが、かといってそれに代わる涼しさを喚起するもの――全教室へのエアコンの設置には予算が不釣り合いだ――が見当たらず、ただ教師陣が教壇から見苦しいという主観のみでそれを禁止するのも一方的だということもあり廃案、というよりもうやむやにされた経緯がある。
門野治にしてもそれは然りであった。きっと家の者、特に祖父にこんな仕草を見られでもしたら、こっぴどく叱られるだろう。男子たる者、風格を乱すことをしてはならんだの、そんなことをするのは授業に集中していないからだのと。あるいは、そもそも暑さに負けるような心持がたるんでいる。鍛錬が足りない証拠だ。気合で乗り切れだのと、気象を左右することなどできはしないのだから、気合で温暖化を乗り切れるはずもなく、またそういう祖父は、数年来エアコンを自室に設けていた。エアコン嫌いであったはずなのに。それを言ってみたところ、高齢者が夏を過ごすには必要だろと、いつもだったら年齢のことを言うと一喝するにもかかわらず、都合のいいように高齢を言い訳にした。かと言って門野がそれに反論することはなかった。祖父の頑固な性格は、一緒に暮らしていればいやでも分かる。
そんなことよりも門野は昨晩のことを考えていた。初仕事にしては手際よかったと思い返せる。しかし、それは弾正忠明や長木アンジュが役割を各々果たし、協力し合ったからだ。
(俺は縄、結んだだけか…)
門野は心の中で呟いた。霊獣は身を守ってくれた。憎まれ口を叩きながらも。
「何ぼんやりしてるんだ?」
その霊獣が門野に話しかけてきた。しかし、それは教室内の他の誰にも聞こえることではない。なぜならその声は、門野の頭の中だけに響いているものだったからだ。ぼんやりと自分の横に霊獣がいる気配を感じる。窓側の席で良かったと門野は外を見やる振りで、そこにいる霊獣に目を配った。教室の真ん中の席で、霊獣が気配でも出したら、さすがに感のいいクラスメートが気づかないとも限らない。
「別に」
「なんだ、絶賛メランコリック中か?」
霊獣にしては現代の言葉を良く知っているものだと感心する意ではなく皮肉を帯びた口調で門野は答えがのだが、
「長い時間を過ごしている。人間たちの生活を見ていれば否応なく覚えるものだ」
さすが霊的な存在。なんでもありだ。そこは納得せざるを得なかった。気づかないで一家団欒のリビングルームに《異人》がともにテレビを見ていた。そんなことがごく当たり前にあるのだろう。
「俺、昨日何かしたのかなってな」
「しただろ。縄締め」
「誰でもできるだろ、あれは」
「お前があそこにいなければ、私がいなかったということだ。私がいなければあの二人が満足に実行できていたか、はなはだ疑問だな」
「それなら霊獣の力のおかげだろ」
「お前の力だろ。お前が二人を支えた」
「でも……」
「面倒臭いな、お前は。日頃鍛錬してるんじゃないのか。それに私に啖呵を切った勢いはどうした」
「あれは必死だったから」
「昨日もそうだったんじゃないのか」
「そりゃ……そうだけどよ」
「それならいいではないか。それに……」
「それに?」
「お前の言う縄締めただけってことだが、あれは誰でもできることじゃない」
「どういう?」
「お前も感じていただろ、抵抗する力や痺れや熱のようなものを」
「ああ」
「一般人なら吹き飛ばされている。お前だからあそこで踏ん張ることができたんだ」
「そう言われてもな」
「お前が心で考えて決めたこと、ためらわずにしたことを後から思い悩む必要はない。お前がバカなことをしそうになったら、私が傍らにいるのだ、止める」
「そうか」
霊獣の言葉は強く厳しいような綴りだったが、門野は励まされているように感じた。
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