第19話 昼休み

 門野たちの業績は、昼休みに入る頃には全校に知られることになった。活動が隠密的であったとしても、それが非公開というわけではなかった。何せ市長が率先して辞令を下した施策である、業務内容である。どこにも隠す必要がなかった。

「どうしよう、あそこ私通ってたよ」

「なんか、噂聞いたことがあってな」

「門野が女の霊とよろしくやったんだって」

 ……情報は時として伝言ゲームのように曲解されるのだと門野は痛感した。二年生の廊下はその話で盛り上がっていた。

「いい暇つぶしになったみたいね」

 長木は、横で少々ふてくされて歩いている門野に向かった言った。

「誰にとって」

「みんなのよ、もちろん」

 長木の意図は分かっていたが、こういうこともあろうかと呑み込まざるを得ない。実際、昼休みというのは暇な時間でもある。いや何でもありと言おうか。グランドに出てサッカーをする者、体育館でバスケットやバレーボールをする者、教室内で漫画を読む者、カードゲームをする者、昼寝をする者。種々様々である。校則で禁止されているものでも教師に見つからなければ…。そんな昼休みに、門野君が暇つぶしにふさわしい噂話を提供したのだ。もちろん彼が広めたわけではないのだが、話というのは概して尾鰭がつくものである。「何をどう転んだら、俺がアレとよろしくできんだよ」

 昨晩の霊をアレ呼ばわりするのはいかがなものかであるが、実際にその人物を見ている門野にとっては結びつけてほしくないツーショットであった。見ていないというのは幸いなるかな。きっと噂している連中の脳内では見目麗しい女霊がご登場しているのだろう。

「でも霊獣とは仲良くしているじゃない」

「は?」

「授業中。私が気づかないとでも思ったの?」

「話聞いてたのかよ」

「聞こえないわよ。ただ気配で分かっただけよ。なに? 他の人に聞かれてまずいことでもはなしていたのかしら」

 門野をからかう長木は活き活きとしている。緩む表情に門野は、長木の別の面を見た気がした。どちらかといえば無表情が多い。感情を表に出さないような。仕草も、立居振舞も人と距離を置き、自分の胸の内に思いを抱えて。だから、おちょっくっているにせよ、

 長木の表情が現れるというのは新鮮であった。

「してねえよ。これからもがんばりますって宣言してただけだ」

「そう」

 会話が一つ終わった瞬間だった。背中から門野を呼ぶ声で、二人は立ち止まった。手を振って走って来た男子生徒が二人の前で止まった。

「探したよ、門野君」

「お前……坂上」

 坂上(さかのうえ)戊戌(ぼじゅつ)。門野と一年の時のクラスメートだ。頻繁に会話したわけではないが、かと言ってまったく関わり合いがなかったわけではなかった。

「聞いたよ、話。やっぱり門野君はすごいね」

 坂上は門野に一種のあこがれのようなものを抱いていた。

「んなことねえよ。あ、こっちは長木アンジュ。一緒に仕事することになったんだ。それでこいつは坂上戊戌」

 面識のない二人の間で、名刺交換のように門野は互いを紹介する。

「そう。こんにちは」

「どうも。それでさ、門野君。僕感動したんだよ」

「何がだ?」

「今回の一件さ。見えない敵にも立ち向かう。なかなかできることじゃないよ。勇気あるよね」

「別に大したことじゃねえさ」

「そんなことないよ。それでさ」

「あ?」

「僕も門野君に協力させてもらえないかな」

「は?」

「だから、一緒に戦いたいんだよ」

「んなこと言われてもな、俺が決められることじゃないし……」

 無言を保っている長木に視線を送る。

「私を見られても……でもそうね。私たちにはそんな権利ないし」

「そこを何とか、僕、門野君の傍で役に立ちたいんだ」

 合掌して頭を下げる。時の人二人の前でそんなことをすれば、廊下に出ている他の生徒が興味の視線を向けるのは必至である。

「とりあえず、これから風紀委員会室に行くから、そこで委員長に話をしてみてくれ」

 門野はそこから逃れるように、呼び出しを受けた弾正の元に急ぎ足で向かった。並んで歩く二人の背後で、坂上戊戌は口角を上げた。

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