第2話 褻比夷市
三人が住む褻比夷市は稀有な都市である。一言に帰すれば、人間と《異人》とが同居しているのである。異人と還元したが、それは幽霊や妖怪といった存在を一括りにしたと分かっていただけるだろうか。
都市というのは、人が集団を拡大し、己の都合の良いように、人間の尺度で形成された時空間である。なぜなら社会というのは均衡を求める。個々人の個性と言ったとしても、すでに規定された人間という生物学的な特徴で頭打ちされて設計されている。それが都市である。だから、そこには従順なものしか生きることはできない。それは人間にしても然りである。その都市が許容する者しか生活を営むことはできない。それを逸脱する者は人間だろうが、動物であろうが住むことはできない。法治と言わずとも都市とは不文律にそういう前提で成立している。
ならば、不可視の存在である、幽霊や妖怪といった《異人》は有無を言わさず排除の対象であるはずだ。規格外なのだから。しかし、現市長が二十年前に当選して以来、寛容政策を実施。そのカリスマ性ゆえに住人はそれを良しとしていた。
ところが、今年に入り様相が異になってきた。不可視体のはずの《異人》たちがまれに姿を現し、卒倒する住人が続出したり、道路に突然現れた姿に驚いて交通事故が多発したり、逆に人間に認識されることに、我を忘れた《異人》が暴力を振るったり。あるいは、学生への憑依現象が多発。活動的だった生徒が自宅に引きこもったり、自傷したり、暴力を振るったり、徒党を組んで破壊活動をしたり。救急救命や除霊といった公的にも非公的にもそうした患者たちの治癒が途絶えることがなかった。そうした状況に公安機関は市民の安全保護が最優先となり、生徒たちへの対応が二の次三の次となってしまうことが多くなった。公安機関の長と市長、さらに褻比夷市にある五つの高校の校長が会談を開き、各校で特別の自警団的な活動をする組織を設置し、学生は学生が保護する活動を行うことを決定した。つまり、生徒自分たちのことは、自分たちで片を付けるということになったわけである。それは市長曰く
「生徒たちが自ら処理することで団体活動における団結力や自主性を育むことになるだろう」
と誇らしげに決定の宣を下したのだが、誰が見てもお題目でしかないと受け取られていた。
そもそも自衛手段の行使の前に、《異人》を許容した政策の変更は行わないのかの意もあった。しかし、一旦受け入れてしまったから、それが一時の変調によって閉鎖し、締め出すようなことをしてしまったら、それに憤慨する《異人》が何をしでかすか予想も立てられない以上は現状を維持するしかなかった。
その故に結局のところ、新年度から施行され、風紀委員会がその任に就いていたのであるが、委員自身が病を患ったり、怪我をしたり、入院をしたり、辞めてしまう者もいた。そもそもの学内における風紀の取り締まり自体が滞ることとなり、委員会としての機能が働かなくなってきた。
期末テストが始まる前に、それを校長、生徒会から指摘され、如何とするかを思案し続けていた。そこで思い付いたのが
「あの呼び出しだったっていう?」
長い説明に嫌気がさしかかっていた門野は、結論を求めていた。
「そういうことです。そもそも風息委員の皆さんには《異人》たちに対応できる力を持っている人は少なくて。しかも微弱でしたし」
力。言い換えれば、
「でも、俺たちは……」
門野が逆接の接続詞を用いて否定しようとしたのは、まさにその
「けれどね……」
逆接に逆接で返す弾正。
「あの文字が見えるのは十分に能力者でなければならないですよ。僕がそのように細工したんです。もちろん、この高校、というよりも褻比夷市には《異人》との同居以来、そうした力に目覚めた人が少なくないと聞きます。元々能力にたけていた人々もいますし。それにあの文字が見えていたとしても来ない人もいる。君たちは奇特なんです」
「……」
勧誘の口調を続ける弾正を、門野は言い訳の切り出しをいくらかでもしようとしていたが、一方で長木は口を開かずにそれらを聞いていた。
「まぁかといって、すぐに返事を求めているわけではありません。通常の委員会活動とは異質ですし、身の危険もないとは言えませんからね。良く考えてもらって一両日で返答してくれれば結構ですから」
結構と言われたところで、それはあくまで弾正側の都合であり、門野にとっては迷惑な話だった。
「分かりました。後日返答します」
そう言うなり長木は、スッと立ち上がり部屋を出て行った。それを慌てて追いかける門野は、せめて麦茶を全部飲んでからにすれば良かったと、立った拍子に思ったのだが、改めてグラスに手を伸ばすのも不躾に感じられて、そのまま委員会室をあとにした。
「返答ねえ」
一人になった部屋で、弾正はまだ中身の残るグラスをお盆に乗せ、後片付けを始める。
「とは言っても、あの二人以外にいないんですけどねえ」
他に誰に聞かせるわけでもなく音声を続ける。
「強制的に……いや、それはよしておきますか。あの二人はきっと」
弾正の細い目がキラリと光ったが、それは部屋を明るくする蛍光灯よりも、さらには日没に向かう太陽よりも鋭いようになっていた。
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