褻比夷市のKEBIISHI

金子よしふみ

第一章 入口

第1話 風紀委員室

 西日が強く射す校舎内は、梅雨明けはとうにしているに違いないと思わせるくらいの蒸し暑さを漂わせていた。グランドからは甲子園出場をスローガンに掲げる野球部が威勢のいい声が聞こえてくる。

 門野治は一室のドアの前に立っていた。風紀委員室と書かれたプレートが頭上にある。ためらいがちにノックをした。強くは叩いたはずではないのだが、乾いた音が廊下にやたらに響いた。

「どうぞぉ」

 入室の許可を許す声は軽やかな調子で、門野の耳に届いた。

 ガラガラガラ

 ゆっくりとドアを横に引く。オレンジ色に染まる窓外を背に、柔和な笑みを湛えて一人の優な男子がこちらに向いて立っていた。

「どうぞ。ドアを閉めて、座ってください」

 門野の視界は、すでに着席をしている背中をとらえた。

「長木?」

 門野の声に一瞬肩をひきつらせて、長木と呼ばれた生徒が振り返った。

「門野?」

 ショートカットの髪の揺らめきが落ち着く間もなく、長木アンジュが門野に怪訝そうな表情をつくった。

「お知り合い……ですよね、同じクラスでしたよね」

 この一室の主人たる弾正忠明が笑みを崩さずに、手を差し伸べて、いまだ直立の門野に席に着くことを促した。

 褻比夷中央高校の二年生で同じクラスの門野治と長木アンジュが、風紀委員会の部屋で席を並べ、委員長たる三年生弾正忠明がその現前に立っているのは、決して二人を風紀的な意味で呼び出したわけではない。それは右記にある弾正のセリフから読み取れることだろう。

「先輩……あれは……?」

 長木から無言の催促を受けた門野が口を開いた。二人の前に麦茶を出した弾正は、自分の席に座ると自らも一口冷たいそれで喉を潤してから答えた。

「まぁちょっとした茶目っ気ということで」

 門野が尋ねた「あれ」というのは、今日まであった期末テストの最終科目の解答用紙にあった文字である。名前を記入する欄の上に透かしのように、あるいは水につけたり、火にあぶったりすると浮かんでくるような文字が連ねてあった。

《本日放課後一六時に、これが見えた人は風紀委員会室に来てください》

「ね? 気になったでしょ。お二人もだから来た」

「そりゃそうでしょ。普通の文字でもないし」

 からかうような弾正の言葉に、門野は少し不満そうに答えた。

「どういうことか、説明して下さい」

 一方の長木は、弾正に話の続きを伺う。が、弾正はそれさえも掌で返すように、氷が漂う麦茶を勧める。仕方なしに二年生二人がそれぞれに口をつける。

「どうです? おいしい麦茶でしょ」

 門野はまるで弾正の暇つぶしに付き合わされているかのように感じ始めていた。しかし冷たい麦茶がそれの上昇を抑えていた。

「では、落ち着いたところで、この件について話しましょうか」

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