第4話

「始めッ!」


 開始の合図が響き渡ると同時、ジークは勝利を確信した笑みを浮かべ、右手をリオンへと突き出した。


「食らえ、虫ケラ! 跡形もなく消し炭にしてやるぜ!――」


火球ファイヤーボール!】


 詠唱と共に、ジークの掌からバスケットボール大の火球が出現し、轟音を立ててリオンへと迫る。観衆席の村人たちが、その熱量と迫力に息を呑んだ。


 しかし、リオンは表情一つ変えない。迫り来る火球を冷静に見据え、まるで散歩でもするように、ただ半歩だけ横にずれる。


 次の瞬間、火球はリオンが先ほどまで立っていた場所を通り過ぎ、訓練場の壁に直撃して爆散した。


「……は?」


 ジークの口から、間の抜けた声が漏れる。


 観衆も、そして審判である領主も、あまりに最小限の動きでの回避に、何が起こったのか理解が追いつかない。


「ま、まぐれだ! まぐれに決まってる!」


 ジークは顔を真っ赤にし、さらに強力な魔法を乱射し始めた。


 いくつもの火球が、リオンを殺さんとばかりに襲いかかる。


 その猛攻の中を、リオンは冷静に、まるで優雅に踊るかのように回避し続けた。


「避けているだけか! 平民風情がぁ!」


 ゴブリンとの死闘でアップデートされた身体能力は、彼の動体視力と反射神経を以前の自分とは比較にならないレベルにまで引き上げていたのだ。


 観客席にいたセリアはその光景に驚きを隠せなかった。


「す……すごい! すごいすごい! リオン全部避けてるよ!」


 リオンはゴブリンの群れを相手にした時と同じように、ジークの魔法の詠唱時間、弾速、そして苛立ちからくる攻撃の癖を、完璧に分析し、見切っていた。


「くそ! なぜだ! なぜ当たらん!」


 天才と持て囃されてきた彼の自信が、ガラガラと崩れていく。魔力だけが一方的に消費され、ぜえぜえと息が上がり始めた。


 リオンは火球を回避しながら、ジークへと一気に距離を詰める。


「ふん! 近づいても無駄だ! 平民には越えられない壁があるんだよ!」


火壁ファイヤーウォール


 リオンの行く手に巨大な炎の壁が出現した。 


 しかしリオンは、その壁を予見していたかのようにサイドステップで回避する。


「なにっ!?」


 ジークの間合いまで詰めたリオンは、右足のハイキックを相手の顔面にお見舞いする。


「ぶへっ!」


 転がりながらぶっ飛んでいくジーク。


「平民が……俺の顔面を蹴りやがったっ!!」


 地面に伏したジークは額に青筋を浮かべ、憎悪の瞳でリオンを見上げる。


「もう終わりにしよう、ジーク」


「くっ! 終わりだと……ふざけるなよ……ふざけるなぁぁ!」

 

 立ち上がったジークは怒りに歪んだ表情で叫んだ。


「平民は平民らしく地面を這って俺を見上げればいいんだ! お前ごときが俺を見下すな!」


 ジークは、自らの切り札である最大威力の魔法の詠唱を開始する。


「お前だけは決して許さない! 消し炭にしてやる!」


 これまでとは比較にならないほどの魔力が集束し、巨大な火球が形成されていく。


 それを見ていた観客たちは余りの大きさに驚愕した。


「あんなの受けたら、本当に死んでしまう!」

「リオン逃げて!」


 ジークは渾身の魔法を放つ。


「死ねぇぇ!!」


 リオンは強化された脚力で地面を蹴り、火球へと飛び込んだ。


「馬鹿め! 自ら飛び込むとは、貴様もこれで終わりだぁ!」


 ピロン、と奇怪な音が脳内に響き渡った。


『アップデートしますか? [Y/N]』


「アップデート」


 リオンは表示されたその言葉にすぐさま返答する。


『スキル:剣術 Lv.1 を獲得しました』


 リオンは剣を振り上げ、迫り来る火球を真っ二つに斬り裂いた。


「え……?」


 リオンに背後で爆発する火球。


 ジークはその瞬間、迫り来るリオンに得体の知れない恐怖を感じ取った。


「く、くるなー!!」


 残りの魔力を全て使い果たすかのごとき勢いで、魔法を連射するジーク。


 リオンはその全てをことごとく斬り裂く。


 魔法を放ち終え、完全に無防備になったジークの喉元に、リオンは剣の切っ先を、寸分の狂いもなく突きつけていた。


「ひっ!」


 勝敗は、一瞬で決した。


 何が起こったか理解できず、ジークは呆然と立ち尽くす。


 やがて、首筋に突きつけられた剣の冷たさが、自らの敗北という現実を突きつけた。恐怖と屈辱に顔を歪ませ、彼はその場に泣き崩れた。


「ひっ……うわああああん!」


 一瞬の静寂の後、村人たちから割れんばかりの歓声が上がる。


 セリアは安堵の涙を流していたが、リオンのあまりに冷徹な戦いぶりと、ジークに向ける氷のような視線に、複雑な表情を浮かべていた。


「リオン……?」


「き、貴様ッ! よくもジークを!」


 我が子の無様な敗北に、領主バートは顔を真っ赤にして激昂する。それでも、リオンは動じない。


「約束を、果たしていただきます」


 彼の冷たい声に、ヴァレリウスはぐっと言葉を詰まらせる。大勢の村人の前で交わした約束を、今更反故にはできない。


 リオンに促され、ジークは屈辱に顔を歪ませながら、震える声で謝罪の言葉を口にした。


「す……すみませんでした!! 俺が全部悪かったです!」


 理不尽な権力に、リオンは打ち勝った。


 しかし、彼は悟っていた。領主の怒りを買った以上、この村に自分がいれば、いつか両親やセリアに迷惑がかかる、と。



 翌日の夜明け前。


 リオンは置き手紙を残し、静かに家を出た。村の門には、彼の決意を察していたかのように、セリアが一人で待っていた。


「……私も、一緒に行く」


 震える声で言うセリアに、リオンは静かに首を振る。


「危険な旅になる。君を巻き込むわけにはいかない」


「でも……!」


「必ず、迎えに来る。もっと強くなって、君や、みんなを守れるだけの力を手に入れて、必ず。だから……待っていてほしい」


 その言葉に嘘はなかった。涙を浮かべるセリアに、リオンは少しだけ、昔の面影を感じさせる、はにかんだような笑みを見せた。


 セリアは溢れそうな涙をぐっとこらえ、強く、強く頷く。


「……うん。待ってる。約束だからね」


 朝日が、東の空を染め始める。


 リオンはセリアに背を向け、まだ見ぬ世界へと、一人、歩き出した。


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