今でこそ旦那様の元でメイドとして働いておりますが、少し前までは平民として慎ましい生活を送っておりました。

現在は住み込みで働いているので家族と会えるのは月に一度あれば良い方です。

別の貴族に仕える使用人の中には、年に数回しか会えない人も多いという噂も耳にしておりますので、旦那様がいかに私たちに配慮してくださっているかがよく分かります。

平民として暮らしていた頃、私は貴族の人間が嫌いでした。今でも、旦那様や奥様以外は信用しておりません。

きっかけは、父親が経営していた雑貨店を貴族の我儘によって潰されたことが始まりでした。

手先が器用だった母は、その腕前を生かしてハンカチや帽子などを作り、父がそれを売って生計を立てていました。

貴族の中には母のデザインを気に入って、定期的に購入してくれる方もいて、当時、貴族は私たち家族にとってお得意様でした。

そこそこの売上で、時々私も父の手伝いにお店に行き、母の制作の手伝いをすることもありました。

ある日、いつものように父の手伝いに店に行くと、すぐ隣に似たような雑貨店ができているのに気がつきました。

不思議に思いながらも店に入ると、いつもならお客さんで溢れている店の中がガランとしています。

そして、項垂れるようにして座っている父の姿がありました。

「お父さん、どうかしたの？」

「あぁ、ナリアか。それがな....」

父は暗い表情で話し始めました。隣に雑貨店ができたのは、つい最近のこと。最初は客を取られないよう頑張らなければと思っていたそうなのですが、徐々に客足が減っていったそうです。

そんなに隣の店は魅力的な商品が置いてあるのだろうかと一度見に行くと、なんとそこには全く同じデザインの物が売られており、値段もとても安く販売されていたのだとか。

「父さんも、これは酷いとその店のオーナーに抗議したんだ。そしたら、レジェル伯爵家の娘さんが趣味で始めたお店だそうで、抗議するならその伯爵家に抗議に行けと言われてしまって...」

「そんな...」

平民が貴族に抗議に行くなんて、この国ではあり得ないことでした。それはつまり、泣き寝入りしろということだったのです。

「そっ、そんなひどい真似いつまでも続かないわ！私も手伝うから、お客さんに戻ってきてもらいましょう。抗議はできないのは悔しいけど、今まで来てくれたお客さんならわかってくれるはずでしょう」

「...そうだな。いつまでも落ち込んでいても仕方ないよな」

父は少しずつ元気を取り戻し、常連だった平民のお客さんには事情を説明し、ようやく徐々に客足が戻ってきた頃のことでした。

お店の清掃をしていた時、突然誰かが入って来て、父の名を呼びました。

「アシクスはいるか？」

「は、はい。私ですが...えっ」

その人物に、父も私も驚きました。父を呼んだのは、伯爵家の紋章を付けた騎士でした。

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