推薦作 書評
第2部 紙の本・電子の文章~作品の長さ・起承転結
ここからは、天川・無名の光賞の選考の最終候補に残った作品、及び、印象的だった幾つか(全5作品・22日に残り三作品も公開)の作品について、選考テーマと考察を絡めながら簡単な書評を添えさせていただきたいと思います。
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今更、電子書籍はけしからんなどと言ってみても始まらないので、それは置いておくとして────
私自身もカクヨムに浸っている時点で既に「紙の本でなければ読まない」、などと言う頑固者でないことは分かっていただけると思うが、それでも私は基本的に「紙の本派」だ。「書籍」というからには、やはり本の形をしていなければ面白くない、というのが素直な感想。
もう少し深堀りしてみると……。
めくる手触り、ページの終わりで次を開く時のほんの些細な不連続感と期待感、手に触れる「残りの頁の残量」、これらはカクヨムではあまり意識されない部分だ。
逆に、否応なく目に入る情報。すなわち、ジャンルと文字数、キャッチコピーなどは、読み始める前にあらかじめ提示されてしまう部分でもある。仮に、文字数やジャンルの非表示機能があったとして、読み専の人たちでもそこまでこだわって読むかと問われれば、「う~ん、どうだろう……」という答えが返ってくるのではなかろうか。そもそも、読む前から自分に「合ったもの」を探しているわけだから、これが無いならそもそも読まないかもしれない。
いってみれば紙の手触り同様、カクヨムの場合は前述の予備情報こそが、「カクヨムならでは」の持ち味となるのだろう。
紙の本の持つ要素の大きな部分に、「残りの頁の残量」というものがある。
手に持つ頁の感触で、「もう少しで、この物語は終わるんだ」と、心の何処かで知らせるものがあるのだ。カクヨムを読んでいて、しばしば唐突に物語が終わってしまって戸惑うことがある。最初に目次を読んで把握しておけばいいのだろうが、私などは、せっかく知らない作品を読むのに要らぬ予備知識を詰めるのも勿体ない気がして、なるべく情報を仕入れずに読み始める、が……。
短編であることくらいは分かっていても、「ここから面白くなりそう……!」と感じたところで終わってしまうのは、いささか勿体ない気がするのは確かだ。紙の本なら諦めがつく、頁の残量と、チラ見えする先の頁がそれを暗に教えてくれるから。
短編とは元々そうしたものだろうが、唐突に終わらせて意表を突くだけでは、作品のホスピタリティとしては少々物足りない気がする。カタルシス必須とは言わないが、せめて終わった手応えというか感触くらいは残して欲しい。不意打ちのような途切れ方を良い読後感に転化するのは、なかなか難しいものだ。
こちら、限られた文字数の中で窮屈さを感じさせること無く、また短い中でも「起承転結」がきちんと出来上がっている二作品を、今回は特に優秀作として推したいと思います。
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『夏を漕ぐ』 / 惣山沙樹 さま
https://kakuyomu.jp/works/16818792436548238318
作者さまが選者でなければ、文句なくこの作品を候補に選んでいたであろうという、まずもって文句無しの傑作ですわ。一万文字の中で窮屈さを一切感じさせること無く、起承転結が明解であり物語が面白く、そして人情もあり、継承もある、なにより景色が鮮やかに目に浮かぶ。
「税務署」以外で、使われている素材はどこにでもあるものばかり。冷蔵庫の中の身近な食材を絶妙な調理法で仕上げた料理のように、と言ってはいささか失礼にすぎるだろうか。しかし、内容が濃いし、なにより美味しい。
再雇用(この界隈では再任用、と云うらしい)のベテランというだけで、ある種の先入観を持って見てしまうが、それを上手い具合に躱しつつ人柄がにじみ出ているのが良い。
文学的作品(多分、これを純文学と言ってしまうと語弊があるのだろう)であることは間違いないが、主導は文章的芸術性ではなくあくまで物語性のほうだ。それがまた嬉しい。
純文的作品も私は好きだが、やはり読み解きに精神力を使うものであることは間違いない。この作品はまるでアニメでも見ているように気楽に見られて、それでいて内容がしっかりと濃い。ラノベほど砕けていないが、純文ほど敷居が高くない、絶妙なバランス。今後、カクヨムで発展させるならこの分野だろう、と思わせてくれる。
今度私が企画をたてる際に参考にしたいと感じる、まさに雛形のような作品。
ちょっと暑苦しいが、芯の通った頼れる先輩。そして、そんな背中をちゃんと読み解ける新人。こんな良い関係性は、世間では既に失われてしまっているのだろうか、そんな淡い寂しさまでをも感じさせてくれる。
二人の乗った自転車が、暑い日差しの下、自分の横を通り過ぎていった……
そんな夏を感じさせる傑作でした。
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『短夜に生きる』 / 十余一(とよいち) さま
https://kakuyomu.jp/works/16818792439676941060
短編独特の駆け抜け方を、この作者様はきっと知り尽くしているのだろう。
多くの謎が謎のままで残っているはずだが、不思議とそこに不満も異論もない。全てを白日のもとに晒すことが、いつも正しいとは限らないのだ。
提示される情報はどれも断片的、すなわち読者はそれを補うように想像しながら読み進めるわけだが、物語の視点はかなり無味乾燥。なにかあった事は間違いないのだが、不思議とこの空気感はそれを咎めたり騒ぎ立てたりしない。それがまた、うまい具合に読者の心を放し飼いにしてくれる。
これはどっちだ?
悲しいかな、俗世に生きる読者はその行動を善悪で
しかし、ここにはそれを咎める者は誰もいない。
好きなだけ
この作品では、人物の心情は大仰に語られず、食卓の風景や仕草といった日常の細部にそっと織り込まれている。その感情の見せ方は静かに、しかし確かに読者の胸に届いている。こうした「忍ばせる事」の巧みさが、何処か陰鬱な物語であるのに清涼にも思える余韻を残す理由だと感じます。
気づいたときには終わっている、圧倒的な短距離走。
しかし、そこに内容の薄さなどは微塵も感じなく、ただ読後に不自然なほどの清々しさが残るだけ。
企画最終日に飛び込んできた、爆弾。他にもいくつかありましたが、この爆弾はなかなか破壊力がありました。足元が揺らいでしまったかもしれません。
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