第3部 テーマ~「夏」の織り込み方


 個人的には、作品として面白ければ「テーマは申し訳程度に踏襲フォローされていればそれで良い」派の私ですが、ここは他所様の企画。流石に軽く扱うわけには参りません。


 犀川さまのテーマに対する過去の見解を紐解いてみますと、


◯ 触れる程度ではなく「『季節』を感じさせてくれるもの」が望ましい。


 という文言が目を引きます。

 このテーマの取り入れ具合を私なりに、更に細分化して深度順に並べますと、


◯ タイトルだけ夏、或いは本文、あらすじに夏という文字が含まれている。

◯ 夏、なのかなこれ?

◯ どうやら、これは夏の物語であるらしい。

◯ 季節が夏であることは主張されている。

◯ 夏ならではの行事や遊びが入っている。

◯ 夏であるからこそ、物語が生きている。

◯ 夏でなければ作品が成立しない、夏こそが骨格。


 と言った感じででしょうか。


 最後まで選を争った作品の最後の一押しは、やはり自分の心にどれだけ深く刺さったか、という天川独自の視点であり、そこはいつもと変わりません。が、最終選考に残す段で、夏というテーマがこのうちの前半四つに留まっているものは、今回は企画の趣旨を自分なりに解釈した上で意図的に順位を下げました。


 テーマが共通であるので、やはり多くが「海水浴」「花火」「夏休み」「田舎」「ひまわり」といった王道の要素から物語が展開していきます。

 決して王道が悪いわけではありませんが、「夏休みに向かう高校生」とか、「夏祭りや盆踊りで旧知の人に会う」、といった王道要素ばかりに頼りきりだと、いささかマンネリ感が漂ってしまいます。この辺が(作品を書く上でも、選考上も)本当に難しくて、よくある内容を描いているのに新鮮さがある作品もあれば、どこかで見たような雰囲気が漂ってしまっている作品もあったりして、テーマがありふれているだけに作者の力量と発想力が試されているような気がします。


 ……そういう意味でも、「その点『蝉叔父さん』ってすげぇよなぁ、最後まで夏たっぷりだもん」と言いたくなることは間違いありません。




 ………………………………………………




【以下、物語のネタバレを含みます。ご注意下さい】





 『青蟹記』 / 青切 吉十 さま

 https://kakuyomu.jp/works/16818792437739488924




 ぼくは人と話すのが苦手でね


 私なら別にいいじゃない。私、カニよ──



 冒頭から、この物語はただ淡々と紡がれる冷めたモノローグのような描写で始まります。最初の数話で戸惑う読者も少なくないかもしれません。正直なところ私も最初は、どこか尻込みしていました。しかし、この淡白な語り口こそが、この世界そのものの表現であることに気づいた瞬間、物語への共鳴が俄にちあがります。


 本作の魅力のひとつは、人とカニという種の違う者同士の濃密な関係性です。カニ自身もそれを自覚しており、人語を解するその姿はシュールでありながらどこか愛らしい。ペレット餌を器用に食べる様子や、気まぐれにあげたどん兵衛のおあげや天丼のエビを平らげる姿には、思わず微笑んでしまう。


 非人間的な環境に身を置いているのね──


 この言葉には、息を詰まらせる人も多いでしょう。しかもその言葉は、こともあろうに非人間である存在から発せられます。これによって読者自身も、かつて自分が身を置いていた職場や日常の異常性を改めて意識せざるを得なくなる。言葉が通じないはずの種族の違う生き物だからこそ、そこに気遣いが生まれ癒しにもなる――その逆説を、作者は素晴らしく巧みに描き出しています。


 しかし物語はやがて無情な展開を迎えます。カニの命が尽きるという唐突な事実が訪れ、読者は驚きと哀しみに包まれるでしょう。ここでの描写は、常軌を逸していると感じる者もいるかもしれません。しかし私は、それでも最後まで物語に魂を掴まれ続けました。


 この作品は、前述の「蝉叔父さん」と対比してみると非常に興味深いです。蝉叔父さんは人の姿のまま変容しましたが、『青蟹記』では人の心をそのままに姿だけが変わる。この立場と要素の違いが、作品の難解さと独自性を際立たせています。

 ありふれたテーマからを見出そうとしながらでもがいている作品が多い中、こちらは絵本のような抑揚の無さと簡潔さが、唯一無二の閃光となって私を貫いているのを実感しました。


 命との向き合い方、そこに至る心情、映る描写────。

 すべての要素が最後まで蝉叔父さんと拮抗していました。違いがあるとすれば、「夏」のくらいでしょうか。正直なところ、賞に選ばなかった言い訳はそれくらいしか思い付かない、間違いなく傑作でした。

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