第4話 文化祭、恋愛アピール勝負の幕が上がる

文化祭一週間前、アプリのトップに虹色のバナーが踊った。


《文化祭統合モード起動:クラス出し物はマッチングにて割当/イベント“恋愛アピール勝負”開催》




 教室中がざわつく中、黒板の前で学年主任・榊原が淡々と告げる。


「各クラスの出し物はアプリで決定済みだ。1年Aは演劇、Bは屋台。本クラス——1年Cは**“告白写真館”**」


「こ、告白写真館?」


「“カップルの一枚”を撮影し、写真に収める一言を添える。来場者の投票で売上とLAPに反映される」




 迅がすかさず手を挙げる。


「先生、俺フォトジェニック担当で逆光を担当します!」


「逆光は担当しない」


「じゃあ“盛れる角度”の角度長に——」


「役職の乱立をやめろ、狛井」




 アプリが震える。


《班割り決定:撮影班/レタッチ班/キャプション班》


 俺の画面には——キャプション班。隣を見ると、莉玖も同じだった。




「よろしくね、英樹くん」


「ああ。……“写真に収める一言”って、難易度高いな」


「でも、言葉は英樹くんのほうが上手だと思う。模擬告白のとき、届いてましたから」


 不意に刺さる褒め言葉。心臓が二拍、跳ねた。




 そこへ、王子が風と一緒に現れる。鷹宮怜央。


「1年Cは有利だね。『言葉』のクラスだ。恋愛アピール勝負の舞台にも直結する」


 そう言って微笑み、俺だけに聞こえる声量で囁く。


「英樹。“素直さ”を選び続けられるか、見せてもらうよ」




 挑発じゃない。宣言だ。


 俺は頷いた。


「——見せる」




 * * *




 準備期間はあっという間だった。


 撮影班の迅は三脚と格闘し、茉凛は受付で来場者を次々にさばき、澪音は端末で投票の動線を最適化していた。




「英樹、キャプションは具体で落とすのよ」


澪音が指を三本立てる。


「“可愛い”では弱い。“緊張で右手だけ汗ばんでたけど、左手はちゃんと繋いでくれた”——こういうの」


「わかった。事実+心、だな」


「そう。言い切り、比喩は一回まで、擬態語は多くて二個」


「規定細かすぎ!」


「観客は具体で動く」


 苦笑しつつも、俺はメモを増やしていく。




 そして文化祭当日。


 教室は白い布とフェアライトで飾り付けられ、撮影スペースの横に小さな黒板。『一言、未来を添えて』とチョークで書かれた文字がやさしく浮かぶ。




「いらっしゃいませー! 幼馴染割ありますよー!」


「そんな割ないから!」


 茉凛の呼び込みで教室の列は絶えない。俺は撮影を終えたカップルに短い質問を投げ、キャプションを一緒に作る。


「さっき彼、何て言ってくれました?」


「“人混み苦手だけど、君が手を引くなら大丈夫”って」


「じゃあ——『人混みの中で、君だけは道になる』。どう?」


 女の子がぱっと笑う。


「すごく、いい」


 アプリが小さく震えた。


《来場満足 +3/表現加点 +2 LAP +5》


(よし。少しずつでも積み上がる)




 昼を少し過ぎた頃、放送が入る。


《メインステージにて“恋愛アピール勝負”第一部を開始します。エントリーNo.7まで集合》


 俺の番号は6。莉玖の手が、黒板のチョークを握ったまま小さく止まる。


「行こう」


「うん」




 * * *




 メインステージは体育館。スポットが床を切り取り、観客席は満員だ。


 榊原が進行を読み上げる。


「ルールは三つ。第一、ペア紹介30秒。第二、共同課題:その場で“二人の象徴”を作れ(3分)。第三、観客へ“未来の一言”。採点は誠実・創意・未来」


 俺たちのペアは——当然、白亜莉玖。


 視線が交わり、うなずく。深呼吸三回、背筋、笑い0.5秒。澪音直伝のルーティンだ。




 エントリーNo.5が終わり、名前が呼ばれる。


「No.6、崎津・白亜ペア」


 ステージへ。足が床を踏む音さえ、やけに大きく聞こえる。




「ペア紹介、どうぞ」


 俺はマイクを握った。


「崎津英樹。こぼしてからが本番のタイプです」


 客席に小さな笑い。


「白亜莉玖。助け舟は、みんなにのタイプです」


 隣で莉玖が微笑む。紹介としては少し変則だが、俺たちの“事実”だ。




「共同課題——“二人の象徴”を作れ」


 ステージ中央に用意された素材は、紙、リボン、クリップ、マスキングテープ、ペン。


「どうする?」


「紙コップ、ある?」


「ある」


 俺は紙コップの底を少し折り、側面に切り込みを入れて開く。花びらの形に丸め、マステで留め、リボンで結ぶ。


「——こぼした後でも、掬い直せるカップの花」


 莉玖が迷いなくペンを走らせる。


『失敗のあとに、手を離さない人でいたい』


 二人の手が一瞬重なる。観客席がわずかにざわめいて、静かになる。




 最後のルール、「未来の一言」。


 俺は客席ではなく、莉玖だけを見る。


「文化祭が終わっても、片付けを一緒に。……“手を離さない練習”を、あと少しだけ」


 短い。それでも、今の俺の全てだった。


 アプリが震える。


《誠実 +20/創意 +10/未来 +15 LAP +45 称号【こぼしてからが本番】アップグレード》


(よし——!)




 拍手に押し出されるように袖へ戻ると、澪音が無言で親指を立てた。


「比喩、一回。擬態語、ゼロ。最高」


「規定、覚えてた」


「当然」




 続いてNo.7。ステージへ上がる鷹宮怜央は、空気ごと明るくする。相手は他クラスの人気者。


 ペア紹介は滑らか、共同課題では紙で即興のクラウンを折り、観客の子どもに被せて笑わせ、最後の一言は会場全体へ。


「——来年、ここにいる全員の笑顔をもう一度撮りたい。君と一緒に」


 体育館がどっと湧いた。


 アプリが弾ける。


《誠実 +22/創意 +22/未来 +28 LAP +72》


(強い。やっぱり強い)




 結果発表。


「第一部、最優秀は——No.7 鷹宮ペア。特別賞“共感”は——No.6 崎津・白亜ペア」


 拍手が温かい。


 数字が画面に落ちる。


《特別賞 +20/ステージ参加ボーナス +10》《教室貢献(キャプション好評) +8》《未来の一言 リアル連動 +8》


(合計で……+96!)




 袖で深呼吸をしていると、茉凛が駆け寄ってきた。


「英樹! 今の、よかった!」


「ありがとな」


「“片付けも一緒に”って、ズルい。でも好き。強い」


 言ってから、ほんの少しだけ目を逸らす。


 迅も合流して親指を立てた。


「俺もステージ立ってきた! 先生にカメラ向けて怒られたけど、“手続きは正義”バッジ貰った!」


「どういうイベント運営だよ!」


 笑い合う俺たちの横を、鷹宮が通る。


「良かったよ、崎津。選び抜いた素直さ、ちゃんと届いてた」


「……次は勝つ」


「うん。全力で来て」




 * * *




 文化祭の夕方。


 教室に戻ると、黒板の『一言、未来を添えて』の下に、来場者が残した付箋がびっしり貼られていた。


『二人の花、すてきでした』『失敗しても大丈夫って思えた』


 莉玖が一枚一枚、丁寧に読み上げる。


「英樹くん」


「ん」


「“片付けも一緒に”——約束、今から果たしますか」


「もちろん」


 俺は返事をして、ビニール紐の束を手に取る。


 アプリが最後に小さく震えた。


《ペア作業 継続 +8 LAP +8》




 ——夜。


 ベッドに倒れ込み、今日の数字を確認する。




【英樹のLAP】




前回まで:124pt




文化祭準備・当日加点:+104pt




合計:210pt




【ランキング更新】




1位:鷹宮怜央(LAP 620)




22位:崎津英樹(LAP 228)




45位:狛井迅(LAP 79/称号【教師に愛されし者】【手続きは正義】)




(二十二位。手が届く距離が、また少し近づいた)




 画面を閉じると、通知がひとつだけ残った。


《次の大型イベント:校外デートウィーク(指令付き)》


 外の風が、少し冷たくなる季節。


 俺は天井を見て、ゆっくり息を吐いた。




(ここから——校内のルールを、外に持ち出す)


(“こぼしてからが本番”の俺で、ちゃんと行く)

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