第2話 初デートミッションは突然に

翌朝。


 目覚ましより早くスマホが鳴いて、胸の鼓動だけが現実を主張した。


《デートミッション進行:期限 2日》


 真っ赤なタイマーが、俺の眠気ごと焼き切る。




(二日でデートって、体内の平常心どこ行った)




 制服に袖を通しながら昨夜の返信を思い出す。


《白亜莉玖:放課後、いいですよ。カフェ、行きましょう》


 天使からの「OK」は現実だった。……が、同時にもう一通。


《真壁茉凛:放課後ひま。幼馴染ポイント倍付け中☆》


(ラブコメの神様、難易度設定をミスってません?)




 * * *




「英樹、顔が“勝利のピースサイン”してる」


 教室に入るなり、狛井迅が肘でぐいぐい。




「してねぇ」


「してる。証拠は俺の網膜。ほら、ランキングタブ見てみ?」




 スマホを開くと、昨日の“交渉中”が堂々“成立”に変わっていた。


《初デート成立! LAP +20》




「俺の恋路、生中継すんなこの学校!」


「恋ヶ浜名物・プライバシーの薄さな」




 前の席から、明るい声がひょいっと割り込む。


「放課後かぁ。じゃ、私も同じ方向だし、エスコートしよっか?」


「茉凛、混ざる気満々だな!」


「“幼馴染同伴権”は慣例法。真壁茉凛法典にも明記」


「そんな法典存在しねぇ!」




 クラスの笑いが波のように広がる。


 と、窓際から柔らかな声。


「昨日のこと、楽しみにしてます。……放課後ですね」


 莉玖が微笑むだけで、教室の空気が一段やわらぐ。心拍数は逆に上がる。




「作戦会議だ」


迅が立ち上がり、黒板に“デート三原則”と殴り書きする。


①遅刻しない ②聞く:話す=7:3 ③未来の一言を添える


「以上。実行できたらLAPは勝手に付いてくる」


「お前、いつから教祖になった」


「今朝」




 そこへ廊下がざわつき、扉がスッと開く。


 光を連れて入ってきたのは、ランキング一位——鷹宮怜央。


「やあ。初デート成立、おめでとう」


 俺に向けられた微笑は、なぜか嫌味じゃない。


「アドバイスを一つ。『君らしさ』は、無理しないための言い訳じゃない。選び抜いた素直さのことだよ」


 言い残して去っていく背中に、拍手が少しだけ起きた。


(王子、かっこよ……いやいや、敵だろ!)




 * * *




 放課後。校門すぐの推奨カフェは制服だらけで、店内は「恋のギルド会場」みたいだ。


「予約席、こちらです」


 店員に案内された先で、俺は固まった。テーブルのカードには『鷹宮様 16:00-』の文字。




「やべっ、予約被ってる……!」


 アプリのクーポン誘導に従ったら、王子の常設席に突撃していたらしい。終わった。




「大丈夫です」


莉玖が一歩前に出る。


「私たち、二人席でも構いません」


 店員は慌てて席を探し、窓際の小さな二人席が空いた。


「助かった……ありがとう」


「いえ。困っている人を放置するのは嫌なんです」


 いつもの柔らかな笑顔。でも芯は強い。




 注文を済ませると、沈黙が怖くて、俺は黒板の②を思い出す。


「莉玖さんは、この学校、どうですか」


「面白いです。ルールがはっきりしてるから、本気じゃない人がすぐ分かる。……英樹くんは?」


「怖い。でも、怖いを言い訳にしたくない。だから来た」


 自分の声が思ったよりまっすぐに出て、俺がいちばん驚いた。


 莉玖は目を細めて小さく頷く。「それ、好きです」




 そこへ運ばれてきたドリンクが手元でくるり。——倒れた。


「わ、わ!」


 テーブルに広がる水たまり。最悪だ。


「すみません!」俺は即座にナプキンで拭き、店員に頭を下げる。


「俺の不注意です。弁償も——」


「いえ、わたくしのミスで……」


店員の声が小さくなる。




 莉玖がすっと立ち、ナプキンを追加で差し出す。


「大丈夫です。私たち、少しの待ち時間も話せるから。……ね?」


 視線が俺に向く。


「うん」


 店員はほっとして頭を下げ、代わりのドリンクを持ってきてくれた。




 アプリが小さく震える。


《行動評価:トラブル対応 +10/他者配慮 +5 称号【こぼしても誠実】獲得》


(称号のセンスどうなってんだ)




「さっきの、素敵でした」


「全部こぼしたのに?」


「こぼした“後”が、素敵」


 窓の外、夕方の色が少しだけ濃くなる。時間がゆるむのを、確かに感じた。




 * * *




「——おやおやー? 偶然! 偶然だなぁ!」


 声のテンションで犯人が分かる。茉凛だ。


「ほんっと偶然、足が勝手にここへ」


「それを世間では“狙いすぎ”って言う」


「証拠は?」


「お前の位置情報ステッカー、教室の机に貼ってあった」


「黙秘します!」




 莉玖がくすっと笑い、席の端に手を添える。


「真壁さん、よかったら三分だけご一緒いたしませんか。英樹くんから“今日のここまで”を聞いたら、また私たち二人に戻るということで」


 茉凛は一瞬目を丸くして、それからニヤリ。


「へぇ、ちゃんと線引きするタイプ。好き」


 そして俺を見据える。


「じゃ、英樹。三分で今日のハイライトを披露しな」


「え、三分!?」


「タイムキーパーは私。はい、スタート」


 仕方なく、俺は今日の“遅刻しない・聞く7割・素直に話す・こぼした”を早口で報告した。


「——以上!」


「よろしい。減点なし。続きは二人でどーぞ」


 そう言って、茉凛は手をひらひら振って去っていった。


 背中の最後に、ほんの少しだけ置いていかれた寂しさが見えて、胸がきゅっとなる。


(あいつ、背中で感情見せるタイプかよ)




「……幼馴染さん、いい人ですね」


「いい人、で済む相手じゃないけどな」


 俺の本音に、莉玖はいたずらっぽく目を細めた。




 * * *




 カップが空に近づいた頃、俺は黒板③を思い出す。


「莉玖さん。もし、よかったら——次は、学内の図書室、案内してくれないか。読書が好きなんだけど、俺まだよく学園の中を詳しく知らなくて」


「いいですよ。私も好きな場所です」


 短い“未来”が、確かな約束になった瞬間、アプリがまた震える。


《未来提案 +10/相手理解 +5 LAP +15》


(上出来、か?)




* * *




 夜。ベッドの上で結果を見る。




1位:鷹宮怜央(LAP 400)




47位:狛井迅(LAP 55/称号【教師に愛されし者】)




48位:崎津英樹(LAP 24→54)




(おお、ギリギリ迅と並んだ……!)




 最後の通知が、次の嵐を連れてくる。


《次イベント:模擬告白大会(一週間後)


 採点:誠実点/共感点/未来点


 注意:台本丸読みは減点》




(台本丸読みはNG、ね。選び抜いた素直さ——王子の言葉が、ここで刺さるわけだ)




 枕元のスマホが静かになる。


 俺は目を閉じて、舞台の光を想像した。


 逃げたら“昔の俺”に戻る。逃げなければ——きっと、今日みたいに一歩進める。




(行くぞ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る