第44話 クラウザー
「……終わったな」
額の汗を拭い、俺は深呼吸した。
砂と血の匂いがまだ喉に残っている。
拳を開くと、微かに震えていた。
控え室に戻ると、セレナとフィオラが待っていた。
セレナがタオルを差し出す。
「ハヤトさん、凄かったです!」
「二人の動きが早すぎて、全然目で追えなかったよ〜」
トウフも勢いよく近寄ってきた。
「ハヤト殿、堂々とした戦いぶりだったでござる。 感服いたした」
「運が良かっただけだ。最後なんて、紙一重だった」
「……アカギの風を上手く読んでた。戦いはまだ粗いが、筋がいい」
キースが腕を組みながら笑う。
「アカギさんは?」
「さぁな。本戦が終わるまでは滞在すると言ってたから、どこかで見てるだろう」
「そうですか……」
その時、軽やかな足音と共にミナが入ってきた。
額にはうっすら汗が滲んでいる。
「ぽんぽんペイン、辛すぎ……」
「お前、どんだけ苦戦してるんだよ」
「ハヤト殿、レディにこれ以上の追求は無粋でござる」
トウフに咎められ、俺は苦笑いした。
「ていうか、もう決勝戦じゃん! しかも、ハヤト勝ってるし」
「たまたまだよ。運が良いだけだ」
「決勝戦は一緒に応援するから、ちゃちゃっと勝ってきてね〜」
ミナはいつもの表情で笑い飛ばす。
だが、その瞳の奥には、わずかな影が宿っていた。
——彼女だけが”これから起こること”を知っている。
——コンコン。
ノックの音とともに、扉が重く開いた。
筋骨隆々の巨躰に紅いマントを纏った男が現れる。
「失礼する。私はクラウザー、決勝戦の相手だ」
空気が、一瞬で張り詰めた。
「あなたがクラウザーさんですか……色々お話を聞いています」
「聞くところによると、君は新米冒険者。それでいて、百戦錬磨のキースとアカギを倒した……倒れてもらった、の方が正しいかもしれんな」
その一言で、場の温度が下がる。
キースは目を逸らした。
「手心を加えているのは素人には分からずとも、プロには分かるものだ」
——アカギさんも手加減してたのか……。
胸の奥が、鈍く疼く。
俺はまだまだ全然届いてない。
トウフがクラウザーの前に一歩踏み出す。
「拙者が事情を説明させて頂くでござる」
トウフは優勝商品の『水のオーブ』の必要性を真っ直ぐに語った。
その声には、迷いがなかった。
「……なるほど、事情は理解した」
クラウザーは静かに頷く。
「勝敗に関係なく、水のオーブは君に譲ろう。——だが、戦いは全力で行く。それが礼儀だ」
背中のマントが翻り、空気が震えた。
炎のような瞳が、真っ直ぐハヤトを射抜いていた。
クラウザーが去った後、控え室に静寂が戻った。
だが、先ほどまでの空気とは違う。
まるで部屋の中に見えない火が灯ったような熱が残っている。
「……すごい人だな」
ハヤトが小さく呟く。
その声には。恐れと憧れの両方が混じっていた。
「あの人は……本気の格闘家、面構えが全然違います」
セレナが小さく呟く。
「圧倒的な存在感って感じ」
フィオラも圧倒されている様子だった。
「ハヤト殿、クラウザー殿のような男こそ、真の戦士と言えるのであろうな」
「……ああ。強さの中に、覚悟がある」
ハヤトは拳を握り締めた。
「私、この二戦のハヤトさんの戦う様子を見ていたんですが……」
セレナが少し微笑んだ。
「一生懸命で直向きで、すごく元気をもらいました」
「……ありがとう」
短く返し、セレナの手を優しく握る。
照れたように俯きながらも、その目はもう前を向いていた。
トウフがふと、外の窓を見た。
闘技場の外は夕陽が街を赤く染めている。
群衆の歓声が遠くから届く。
「まもなく決勝でござるな」
「……ああ。そうだな」
「行ってらっしゃい。無様な姿を見せるんじゃないわよ!」
「ハヤト。頑張ってね〜」
ミナとフィオラの応援を受け、俺は部屋を後にする。
扉が開かれ、闘技場の喧噪が流れ込む。
夕陽が差し込み、ハヤトの影を長く伸ばした。
その先に燃え盛るような決勝戦の舞台が待っている。
——彼はまだ知らない。
この戦いが”本当の試練”の始まりに過ぎないことを。
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