第6話 彼の執務室
「あの若造以外に、玉座に座る者は居ない? 笑わせるな。異端の髪色を持ち、竜と勇者の威を借りて玉座に座った男が、我らの上に立つなど……本来あってはならぬ事だ。正当な皇族の血は、とうに絶えたのだよ、小僧」
反パーシヴァル派の貴族か。
正直、コソコソしなくちゃならない状態じゃ無かったら、ぶん殴りに行く事言ってるな。
でも幸い、こんな往来のど真ん中で奴はほざいた。悪政を敷く皇帝を諌めるような言葉ならまだしも、あんな陥れるような、これから謀反を起こす気しか感じられない事を言ってしまったら、不穏分子としてすぐに捕まる。私が出るまでも無い。
あの子は、ちょっと可哀想だけど。
「……あなたのような人が、国を腐らせたんですね」
その声音は驚くほど静かで、よく通った。
「金髪でなければ皇族でない。黒竜様は呪いの象徴。呪いを解いた者を、未だに忌み嫌う。だったら聞きます。
誰がこの国を救ったんです?」
壮年の貴族が眉をひそめ、口を開きかけるが、それよりも早く、少年が一歩踏み出す。
「身内で殺し合いをして、呪いをばら撒いて、民を見捨てた金髪の皇族ですか? それとも、黒竜様や勇者様と共に戦い、多くの者から冷たい仕打ちを受けても、なお国を背負った黒髪の男ですか?」
声が少し強くなった。
「あなたの言う『正統』が、あの時生き延びられたかどうか、今のこの国が答えてます。パーシヴァル陛下は、ただ生き残っただけじゃない。『正しく選ばれた』皇帝です」
か……格好良い!! あの子背ちっちゃいけどやるぅ! イケメン!
「良いだろう、躾けてやる! 全てに見放されて死ぬべきだった黒髪の狗━━」
壮年の貴族の台詞は続かなかった。
続けさせる訳が無かった。
走って、跳んで、醜悪な顔面に、私が膝蹴りを叩き込んだから。
「何だ!? 侯爵がきりもみ回転しながら爆速でふっ飛んでったぞ!?」
「今、向かいに居た子、何もしてなかったわよね?」
「誰か魔法使ったのか?」
「まさか、気配も……詠唱の声も有りませんでしたわ」
……やっちゃった。
我慢出来なくてつい……。
そうだよねー、私今見えてないから。侯爵が吹っ飛んだ理由分かる人居ないよねぇ。
とりあえず、この男の子が攻撃魔法使ったって思われなければ良いんだけど……。
あれ? 男の子と、バッチリ目が合ってる。わー、綺麗な中性的な顔だ。じゃ無くて何で? 目を見開いて固まってるけど、本当に何で?
「何の騒ぎだ?」
聞き覚えしかないその声は、階段の上から聞こえた。
「陛下、申し訳ございません」
男の子が即座に前に出て頭を下げる。
やばい! パーシヴァルには私が絶対に見えちゃう。このポンチョ、入手時に仲間だった人には見える仕様だから!
まさかこんな事に首突っ込んじゃうなんて思わなかった。そこ考慮してたら、誰にも見えないローブの方着て来たのに。忘れ物渡す為とはいえ勝手に来て、こんな問題起こしたら顔合わせらんない。
あー、そんな事思ってる内に見つかったー。一瞬私見て目の大きさ変わったー。
「……何があったか聞いている」
「其方で伸びている方が、今の皇族の在り方についてご教授下さるという事で聴いていたのですが……謀反の意を表明されただけでした」
「そうか、火炙り準備」
「畏まりました」
拘留も裁判もスッ飛ばして火炙りなの? 怖ッ!
と思ってたら、パーシヴァルがこちらを明らかに一瞥してきた。
はい……着いて来いって事ですね。分かります。
気まずい。かつてチトセちゃんが、情報収集で誰かとワンナイトかましてる現場に鉢合わせた時と同じくらい気まずい。
あぁ、部屋に着いちゃったよ、入っちゃったよ、怒られるよぉ。
「……茶菓子を出したら怒るか?」
「へ?」
思っていたのとはまるで違う声掛けに、目が点になった。
「え、あの? お……怒らないの? 騒ぎ起こしちゃったんですよ私?」
「死ぬ予定の奴を多少ボコったところで何か問題あるか? それに、問題は既に起きていたんだろう?」
……そういうの、分かるんだ。
「それより、肥えた事をさっき気にしていただろう。どんな菓子を出せばお前が喜ぶのか分からなくて、今困っている」
「いや、お構い無く……忘れ物届けに来ただけだから」
ピルケースを差し出すと、パーシヴァルは首を傾げていた。
「変だな、持っていた筈なんだが」
「誰でもうっかりする事は有りますよ。ていうか貴方、滅茶苦茶毒飲んでるでしょう? 何やってんの?」
「鑑定か……勇者の固有スキルは便利だな」
「これ真面目な話ですよ?」
ジッと詰め寄るけれど、パーシヴァルは話してくれる気が無さそうだ。
「死にはしない」
「言っときますけど、大麻とかやってる人とは絶対結婚しない」
「それだけは絶対に無い。飲んでいるのは、魔力を制御するのに必要な薬だ」
あぁ、そういえばパーシヴァル……山3つ一気に消しても普通にしてられるくらい魔力量ヤバかったな。え? 制御してアレ?
「量さえ間違えなければ死にはしない」
つまり、パーシヴァルにとっては薬の範疇って事なんだろうか?
持ってる解毒剤は(SSR)なのに……でも私、専門家じゃ無いし素人の浅知恵で余計な事は出来な━━━━その光景を見た時、思考が、完全停止した。
「パーシヴァル」
「どうした?」
仕事机に着いたパーシヴァルがピルケース をその棚の中にしまい、代わりに出してきた物……もっと言うと、それをかけたご尊顔に、思わず口を両手で覆った。
「仕事の時、眼鏡かけるんですか?」
「あぁ、その方が良いと言われてな」
ぎゃああああああああああ!! !!
誰かは知らないけれどグッジョブ!!
「どうした? そんなに見つめられると、仕事に集中出来ないんだが?」
「ヒエッ」
集中出来ない!? 集中出来ないと何する気なの!? って私も何考えてるの!
「パーシヴァル、暫くそこのソファーで座っていても?」
「構わんが、大丈夫か?」
だいじょばない。が、眼鏡なんてレアだから、もっと目に焼き付けたい!
「パーシヴァルのお仕事してるところ……見たくて」
案外、口に出して言うと恥ずかしいかも……。
いや待って。何でパーシヴァルは固まってる?
「どうしました?」
「いや……『
この男……私がヒロインのモデルにされてる小説、オカズにしてやがった。
「それはフィクションです」
「分かっている」
殺気をぶつけて言えば、パーシヴァルはすぐ仕事に取り掛かり始めた。
イイ……。
眼鏡のイケメンが寡黙に書類捌いてくの、すっごい癖に刺さる。
そんな事を思いながら、ソファーでお利口にしている私。
「陛下! 遂に桃尻の良さに気づかれましたな! この部屋からとても良き尻の波動が「ブチ込め」
「えーん(嘘泣)、冗談きっついのぉ……」
……突如部屋に現れたお爺ちゃんが、扉の前に居たらしい騎士数名によって、また突如消えた……。なんか皆慣れてるな、常習犯? さっき、『宰相様』って呼ばれてたお爺ちゃんな気がするけど?
「今のって……」
「妖怪の類だ。気にするな」
今度はドタドタ足音が聞こえてきた。
「陛下! お前さんも美脚派だったか! 今度良い脚の女が多い娼館に「ブチ込め」
「ぐすん(嘘泣)、いつものお約束……」
綺麗な鎧に髪や髭の整ったオジ様が、流れるように騎士さん達に連れて行かれる。
またしても慣れた動きだ。今の人、さっき『団長』って呼ばれてたような……。
「今の人……」
「山から降りてきた新種の猿だ。気にするな」
「ふふっ」
「笑う要素があったか?」
「うん、安心しちゃって」
この国に初めて来て、初めてパーシヴァルに会った時の事を思い出す。
「1人ぼっちでさ、国境越えるまで凄くピリついてた人だったのに、今凄く雰囲気が柔らかいの。毅然と怖そうな貴族に立ち向かうくらい慕ってくれる人とか、趣味が合ったら喜んで急に来るくらい気安い仲の人が増えたんだなって、分かって安心したんです」
「…………そんな些細な事でか」
不思議そうに尋ねないでほしい。
「いや些細じゃ無いから。此処は貴方の仕事場である前に住居でしょう?」
忘れてるのかな?
「自分の家でずっとピリピリしてなきゃいけないって、普通は辛い事なんだよ」
まぁ、権力者になればなる程、暗殺の心配出てくるからそんな感覚麻痺しちゃうのかもしれない。パーシヴァルの場合、本来は守ってくれるはずの家族にまで、死ぬ程虐められてきた訳だから、余計にだ。
「良かったね」
そう言ったらパーシヴァルが何か言いたそうに口を開いたけれど、
バンッ! と、勢いよく扉が開く方が先だった。
「陛下! いつになったら結婚なさるんですの!?」
淡くてキラキラした水色の髪に、吊り目がちだけど綺麗な銀の瞳の女の子が居た。
着てるドレスが明らかに上流貴族のものだ。
ていうか……え? あのパーシヴァルさん? もしかして逆プロポーズ、この子からされてます?
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