第7話 薄明の回廊

「貴様……良い加減、常識を何処に置き忘れてきたのか聞きたいんだが?」


 声のトーンひっくいなぁ。


「陛下に言われたくありませんわ」


 対してこの子強い!!

 うわ、うわぁ……なる程〜、大国の皇帝の嫁になりたいなら、これくらいの度胸は必須って事なのか。


「勇者リク様と早く結婚なさって下さい!!」


「いや私!?」


 自分じゃないの? って吃驚するのと同時に口を塞いだ。うっかりしてた。このポンチョ、消音機能までは無いのだ。


「今? 何処かから声が?」

「外の音だろう。ドアが開いたままだ」

「あら、失礼致しましたわ」


 ナイスフォロー!


「それで、今回はまたなぜ怒鳴り込んできた?」


 あ、……この子も常習犯なんだ。


「私聞きましたの。何でも先月、『閃狼せんろう』様の恋路に大変貢献したそうですわね? 人様の恋路応援してる場合ですか! ご自分をどうにかなさいませ!」


『閃狼』とは、元パーティ最年少の雷系魔術師にして槍術使いの傭兵(現在は王宮騎士)━━キアス、別名クソガキの事だ。


「また、ヴァンティス侯爵に頼まれて、幻獣の森にも行かれたとか……世界で3番目に美しい森と噂のあそこへ行って、何故進展しないのです!?」


 ヴァンティス侯爵とは、元パーティメンバーの薬師のカミエルお兄さんだ。侯爵家のちゃんとした跡取りだったのに、追放されたところを拾った。旅が終わった後、色々あって無事に家に戻り家督を継げたようで何より。新しい公爵家を興すエルシュカに婿入り予定だから、近々親戚の子に譲るそうだけど。


 ていうか……あの、ごめんね。私達進展が無いとかそういう訳じゃ無いの。


「私は、不慣れなこの国にいらっしゃる勇者様をお支え……いいえ、命もお捧げする覚悟で文官になりましたのに! 勇者様が居ないのでは、意味が無いではないですか!」


 文官さんなんだ……。でも制服じゃ無いって事は、今日は非番なのかな? そして物凄い覚悟をしてくれているけれど……もしかして直接助けた事がある子なのかな?


「そういえば、どうして眼鏡作戦を今実行されていらっしゃるので? 勇者様の前でするよう申し上げたはずですが?」


 天才は貴女か!!

 えー、えー、ちょっとパーシヴァルさんパーシヴァルさん! 私の気持ちを代弁してお礼を……無理だな。本人、気付いてるか怪しいわ。


「……いつ何時、理玖が此処に来ても良いように備えているだけだ」


 それ無理ないかな?


「成る程、良い心がけですわ」


 素直な良い人!


「ではそんな陛下に耳寄りな情報を……今度、『満月森』の魔女がケットシーカフェなる物を開くそうですわ。是非デートに誘われるのがよろしいかと」

「……そうか、参考にする」

「それでは、失礼致します」


 文官さんは部屋から去っていった。パワフルな文官さんだなぁ。


「今度行くか、今の店?」

「そうですね、1人で行きます」

「えっ」


 そんな傷付いたって顔止めろし。


「だって、猫ちゃんにばかり構ってたら、パーシヴァル拗ねるでしょ?」


 実際、幻獣の森に行った時、森の小動物達に懐かれてめちゃくちゃモフり倒してたら、この男拗ねた。あの時、ちょっと可愛いと思ったけれど、私そこまで歪んでないから、何度も拗ねてる奴のご機嫌取りは骨が折れる。


「拗ねんぞ」

「絶対拗ねる」


 耳、少し赤い気がする。パーシヴァル可愛い。

 なんか良いな、こういう時間……。


「パーシヴァル様、戻りました」


 次に入ってきたのは、さっき階段下で出会ったあの男の子だ。書類の束をパーシヴァルの机に置いているけれど……今度は私に気付いてない様子。……さっき見えてたと思ったのは、勘違いだった?


「それは?」

「此方は釣書です。今回は他国の公爵令嬢ですよ」


 こういうのに、気分を悪くしている自分が本当に嫌いだ。

 例え……私と結婚しても赤ちゃんが出来なかったら、他にお嫁さんを貰う必要がある。頭では分かってる。

 分かっているけれども……。


「燃やせ」

「畏まりました」


 は!?


「今日は素直だな」


 なんかあっさり燃やしに行こうとしてる男の子に私は勿論、パーシヴァルも自分で言ったのに驚いてるようだ。


「気が変わりました。失礼致します」


 釣書を持って男の子が出て行った後、パーシヴァルの方を思わず見る。

『気が変わった』って事は……、


「あの子、さっきの文官さんとは反対意見の人だった?」

「そこ迄は言っていないが、『側妃くらい娶れ』とは言っていた」


 いったい、どういう━━ガチャ


「そうでした。陛下、チトセ様から頂いた例の薬ですが、なるべく冷やせという事だったので、寝室から、隣の保管室に移しておきました」

「「……」」


 隣の保管室とやらは、一枚の扉を隔ててこの部屋と直通している。

 男の子が「では」と、部屋から去ったのが合図だった。

 絶対薬を処分したい私と、絶対薬を処分されたくないパーシヴァルの戦いが始まった。






 結論から言おう。危険な薬は、無事に処分出来た。脅威が去った今、私は上機嫌である。

 パーシヴァルは凄く残念そうにしてるけど。

 今はジジ様の所に寄ってから、家に帰ろうとしていた。夕方が終わろうとしてる頃けど……ジジ様は大らかな竜だから、許してくれるだろう。


 ふと、パーシヴァルが足を止めた。

 視線の先にあるのは、パーシヴァルが今も寝る時使っているらしい離宮の回廊。


「懐かしいですね……」


 あそこで、私達は出会った。時刻もこのくらいだったと思う。

 この離宮は管理が全くされていなくてボロボロで、幽霊が住んでいると言われていた。実際は、まだ皇子様だったパーシヴァルだった訳だけど。

 宮殿に邪神の使徒達が入り込んだ時、離宮から剣戟が聞こえて走って来たら、真っ黒な全身鎧フルアーマーが使徒を八つ裂きにしてて驚いた。使徒よりも、全身鎧の方が倒すべき敵かと思ったよ。


「此処は……」

「ん?」

「此処は今、お前が安心して住めそうな場所か?」


 急な質問に、私は思わず瞬きをした。


「昼間……朕が此処で以前より安心して暮らせているように見えたのだろう?」

「うん」

「……ならそれは、お前のおかげだ」


 意味が、正直分からなかった。

 私、旅終わってからこの国来たの今日が初めてなのに。


「本当は、復讐したい奴らが死んだ時に、皇帝になりたいという気持ちは失せていた。なったとて、呪いによる混乱が収まれば、皇帝などさっさと辞めようと思っていた」


 急なカミングアウトに、私は俄かに慌てた。この場所に、私達以外の気配は無いけれど、今のはあまり人に聞かれて良い内容では無い。

 何を言う気か知らないけれど、また良くない事を言う前に━━


「2度、きっかけに恵まれなければな」


 思わず、物理的に口を塞ごうとした手が止まった。

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