第5話 忘れ物

「明日も午後に来る。欲しい菓子があれば持ってくるぞ」


 今日も日課となっている家への訪問が終わった。そこまでは良かったものの、帰り際、パーシヴァルが聞いてきた台詞に顔が引き攣った。


「嬉しいんですけど……、最近少し……体重が」

「……ほう?」


 ぎゅっ ←ナチュラルにハグ


 ゴッ!! ←鉄拳制裁音速のグー


「……今まで、何度も抱きしめているだろう? 何を照れる? この生活を始めてどれくらいになる」

「早くも2年3ヶ月過ぎましたねッ!! 照れてねェわ、激怒してんだよ!! 太ったっつってんのに、実際に触って確かめる普通!?」


 女子会なんてとうの昔。畑の野菜を収穫したり、近所の村からの簡単な仕事を受けたり、幻獣の森にお呼ばれされたり、クソガキ元パーティの傭兵の恋路を手助けしたりしていたら、時間なんてあっという間に経った。尚これ等の出来事には、絶対暇じゃ無いはずの皇帝もくっ付いている。……ライフワークバランスどうなってんだろう?


 まぁ、どうでも良い。このデリカシーの欠けた馬鹿!

 確かにさ、色々あって、もう絶対好きだよ。変にラノベのツンデレ女子みたいな反応しませんよ。……ちょっとタイミングが悪くて伝えられて無いけど。キ……もにょもにょ……スも、相変わらず拒絶反応起こすから出来ないけど。

 他の多少のスキンシップは自然とやっちゃうくらいに、気安い関係になっている。


 けど、今のはダメ。絶対ダメ! イケメンだからって何でも許されると思ったら大間違いだ。

 ていうか、昔ゴブリンキングの頭花崗岩くらい硬いカチ割った時と同じくらいの強さで殴ったんだけど、涼しい顔してるのムカつくな。


「妻の抱き心地を確かめるのは夫の特権だ。安心しろ、以前取った統計によれば、ノクトザリアにふくよかな女が嫌いな男は居ない」

「(まだ)妻じゃ無いから!! ていうか国民の血税を何下らない統計に使ってんの? 事情によっては殺しますよ」

「旅をしていた頃の稼ぎから出した。問題無い」


 そこまでして取らないといけない統計かソレ……?


「とにかく、許可なく抱きしめるのはダイエット終わるまで止めて下さい」

「……分かった」


 案外、アッサリ引いてくれた。

 扉の向こうに消えた背中にホッとしながら、後ろの椅子に座って一息吐く。


「妻……かぁ」


 ……今のままじゃ、絶対に無理だ。


 時計の針の音だけが響く室内で、1人落胆する。


 私達は、キスが出来ない。


 始めてキスをしそうになった日以降、何回かまたチャンスはあった。けれども、その度に私の体と中身が、バラバラの反応を起こした。あの時1回目は元々泣いてたから気付かなかったけれど、無意識に涙が出て、震えて、酷い時には息が出来なくなった。手も額も、頬も大丈夫なのに、唇になると拒絶反応を起こす。


 本当はもう、応えてあげたい。いいや、怖いけれど私が応えたい。


 でも、私達が結婚となれば、当然式を上げるだろう。

 その時、この世界では必ず口付けをしなければならない。

 教会の権力者達が決めたのか、邪神の元同僚達━━気まぐれな神々が決めたのかは定かで無いけれど、王侯貴族の婚姻は、主神の像の前で、口付けをして漸く結ばれる。そこを省くのは言語道断。


 式を上げなくても良いなら問題無いけれど……パーシヴァルは私を皇后にする気でいる。式を上げない=側妃か愛妾と、ほとんどの貴族は認識するらしく、私がそうなったら、次々と年頃の女の子がパーシヴァルの所に送り込まれてくる。

 パーシヴァルはそれを望んでいない。それに、私も……本当は、直系皇族がパーシヴァル本人しか居ない今、こんな事思っちゃ駄目なんだけれど……良い気分じゃ無い。


 …………はぁ、エルシュカ達は教育済ませてるから大丈夫って言ってたけど……私の気質が、やっぱり向いてないと思う。

 皇帝の妻だなんて。


「……って、何これ?」


 テーブルの端に、小さな小箱らしき物を見つけた。手のひらに十分収まるソレをしばし見る。

 ……あぁ、ピルケース か。

 私のじゃ無いから、きっとパーシヴァルのだろう。


 ━━『パーシヴァル様に女忍の里秘伝の『媚』の付く薬をお渡ししたのですが』


 チトセちゃんの、あまりにも酷い申告が蘇った。

 ……きっと違うと思うけれど、念のためだ。念の為確かめよう。仲間の私物に鑑定とか正直良心が痛むけれど……。


 鑑定結果:解毒剤 (SSR)

 ありとあらゆる毒物を浄化する。4時間おきに毒を摂取するパーシヴァルの必需品。


 チッ……例の薬じゃ無かったか。処分するチャンス到来かと思ったのに。


「じゃ無いわぁ!! 4時間おきに毒摂取って何!?」


 1日は24時間。は? じゃあ何? あいつ毎日6回も毒飲んでんの!?

 毒耐性カンストとかいうレベルじゃ無くない!? 某国民的鬼狩り漫画の美しい蝶の人みたいに毒特攻かます予定でもある訳!?


「ツッコミ入れてる場合じゃ無い。持ってかなきゃ!」


 私は、パーシヴァルが以前棚に突っ込んでいたノクトザリアに行くスクロールと、幾つかの装備を整えて直ぐに家を出た。






「よっと、あー……相変わらずエイリスの城より大きい」


 ノクトザリアの宮殿上空には、小さな空島がいくつかある。何故かと言えば、黒竜が居るからだ。黒竜は上位種の竜である為、この国の竜騎士達が乗る飛竜ワイバーンのように、竜舎では生活しない。無理やり押し込もう物なら死を覚悟する必要がある。

 私がスクロールで転移してきたのは、そんな空島の一つだ。宮殿が一望出来る。

 ……あ。


ごめんね、後でまた挨拶しに行きます」


 更に上の空島から視線を感じた為、私は謝ってから下へ降りた。

 尚、ジジ様は言わずもがな、黒竜の事だ。


 場内に入って数分。ちょっと感動した。私が前回来た時、この国は街も宮殿内も暗くてよく無いモノ━━呪いが蔓延していて、四六時中お通夜の雰囲気だったからだ。それが今や、宮殿内は明るい表情で仕事をしてる人が多い。この感じだと、街も凄く良い感じになってそうだ。


「美しい桃尻の波動を感じますじゃ!!」

「宰相様、ステイです」

「細すぎず白く滑らかな理想の脚の気配を察知!!」

「団長、夫人にチクりますね」


 なんか……癖の強いのが一部混じってるな……。


 あ、因みに私は、旅をしていた時に迷宮ダンジョンで見つけた透明になるポンチョを身につけている。一生使わないと決めていたんだけれど、正規の手続きで入るには事情の説明が難しいし時間がかかる。緊急措置だ。

 さて、歩きながら周囲の話し声を聴いてパーシヴァルの居場所を割り出したところ、執務室に居るらしい。すぐに届けて帰ろう。


「知ったように言うな!!」


 その時、余りにもこの場に相応しくない声が響き渡った。

 その場にいたほぼ全員が立ち止まって、その中に私も思わず混じる。

 音源の方に目をやれば、階段下の広いスペースで、従僕と思われる男の子を、壮年の男性が睨みつけていた。

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