第28話

タクシーで青さんはKIRISAWAの前まで送ってくれた。

 タクシーの中では、青さんはずっと私の手を握っていた。私は青さんの告白に対する答えは、今はどうにも頭が混乱して出せないけど、こんなふうに自然に手を握れる器用な余裕を前に、もはや私は断れる気がしないと思ってしまう。

「今日は大事なお誕生日に付き合ってくれてありがとう。答えは急がないから。じゃあ、みんなでたのしんでね。またね」と頭をポンポンとしてくれた。

「ありがとうございました……」

 そしてタクシーは青さんの家の方面に帰っていった。


 KIRISAWAのドアを開けると共に『ぱん!』とクラッカーの音が響き、「お誕生日おめでとうー!」とちーちゃん、神、隼、はっし、翔子さんが私を出迎えてくれた。

 みんなはもうすでにお酒も入ってるみたいで雰囲気が愉快だ。

 

「わああ!ありがとう!」

 みんなの笑顔を見ると落ち着く。大好きな顔ぶれだ。

「なんか顔赤くない?青木さんと飲んできた?」とちーちゃんがいう。

「うん。シャンパン飲ませてもらった。」

「わ!てかそのネックレス!もしやさっき渡してきてたTiffanyのやつ?可愛いー!」ちーちゃんが私の首元を見て言った。「うん」と私は答えた。

「いや、びっくりだよね。Tiffany渡してくるんだもん。私の誕生日の時は青木さんから何もなかったけどなー?」とちーちゃんは興奮気味だ。

「なんやねん青木さん!経済力を振りかざして!俺の方が杏たんへの愛は勝っとるのに!」とはっしが叫んでる。

「完全に狙われとんな、杏。どーなん?」神がニヤニヤしながら言ってくる。

「いやいや……」と私は誤魔化したけど、たしかにそうだ。狙われているのは真実だ。

 

「まだ、青木さんの正体を男子に言ってないの。杏ちゃんが帰ってきてからにしようと思って。」と翔子さんが私にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。

「はーい!男子ー!みんなに発表があるよー!」と翔子さんが大きく言う。

「実はね、玉木青の正体は…」

「ちゃららららららん!」ちーちゃんがドラムドール風の効果音を言う。

 

「青木さんだったのです!」


「…………はあ?!??」

 短い沈黙の後、男子3人の声が見事に重なった。


「え? 玉木青が青木さん? 青だから? ……え? まじ?」

 はっしは目を丸くして半信半疑だ。


「やば! 杏、運命やん! 憧れてた作家が身近にいて、しかもお前のこと狙っとるって」

 神が叫ぶ。


「運命ちゃう! 歳の差ありすぎや! 杏の運命は俺や!」

 はっしは大袈裟に嘆き、両手を天に掲げた。


「でもさ、昔言ってた杏の理想の人……“自立してる大人”って。青木さん、まさにそれじゃん。はっしと真反対」

 ちーちゃんが茶化すように言うと─


「ちーちゃん? 俺がそんなに憎いん?」

 はっしが顔をぐいっと近づけ、ちーちゃんは爆笑して、翔子さんも神も笑い転げた。

 

 ただひとり、隼だけが笑わなかった。

 乾いたような表情で、缶ビールを一気に飲み干していた。


「それで? どこに連れてかれたん? 告白とかされた?」

 ちーちゃんが身を乗り出す。


「うーん……普通におしゃれなレストランだよ。告白は……一応されたけど」


 その瞬間、ちーちゃんと神は大騒ぎし、はっしは「うわああ」と頭を抱え込んだ。


「ふっ……」

 隼の口から、低い笑いが漏れた。

 その声を聞いてみんなが隼に目を向けると彼は手に持った缶ビールを見つめながら、冷たく言った。


「ええよな。女って武器になるもんな」


「え……?」

 空気が一瞬にして冷えた。


「素直にお前の夢が叶った事、喜んだ俺がバカみたいや。結局……男に気に入られたからやろ」

 隼の視線が冷たく私を射抜く。


「お前、何言ってんねん……」

 はっしが低く返した。


「そうやろ。玉木青はお前を落としたかったから装丁に抜擢しただけ。普通ならただの学生にあんな仕事回ってくるわけない。学費だって青木さんに出してもらって、お前のパトロンやろ?」


「隼くん、ちょっと飲みすぎたね。お水持ってくる」

 翔子さんが間に入ろうとする。でも隼は止まらない。


「お前ならさ、これからも女を武器にして、男を利用して……なんでも叶えていけるんちゃう?」冷たく隼はそう放った。


 酔っているのかもしれない。けれど、これが隼の本音なのだとしたら──悲しくて、寂しい。

 私は何も言えず、俯くしかない。

 だって、彼の言葉はたしかに真実なのだ。


「おい! いい加減にせえ!」

 はっしが隼の胸ぐらを掴む。


「やめろ!」

 神が間に入るが、隼も負けずにはっしの胸ぐらを掴み返し、取っ組み合いになった。激しい押し合いになり、テーブルが揺れ、皿やグラスが床に落ちて砕けた。


 私は人が喧嘩をしている音が、この世でいちばん嫌いだ。

 目を塞いで、耳も塞ぎたいほど、悲しい気持ちになる。

 

「やめて……!」

 涙が溢れて、声が震える。


 私の声を聞いて二人の手は止まった。


 隼は胸元を払い、荒々しく自分の袖を直すと、そのまま背を向けた。

 何も言わずにドアを開け、出ていく。



 鳴り響くドアベルの音が、やけに長く耳に残った。

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