第27話

青さんに連れて行かれたのは、宮島近くの海の見えるおしゃれなイタリアンだった。

 窓の外はちょうど夕陽が沈む頃で、店内はオレンジ色に染まり、テーブルクロスまで淡く照らされている。


「夜は誕生日会でしょ。あんまりお腹いっぱいにならないように、軽くつまめるものにしようか」

 青さんはそう言って、オリーブオイルを染み込ませたバゲットと、アボカドにハーブを混ぜたディップを頼んでくれた。


 さらに「ハタチの最初のお酒だからね」と、高級なシャンパンをチェイサー付きで注文してくれた。

 グラスに立ちのぼる泡を見ただけで胸が高鳴った。


 一口含む。喉にわずかな刺激とほろ苦さのあとに広がる柔らかな甘みが広がる。想像よりずっと繊細で、美味しい。

「わ……シャンメリーみたいなものかと思ってましたけど、全然違うんですね!」

 思わず口にすると、青さんは声を上げて笑った。


「ははは! 確かに別物だけど、シャンメリーも美味しいよね」

「はい。子供の頃、クリスマスだけ飲めるのが楽しみでした」

「これからは、もっといろんな美味しいものを知れるよ」


 青さんの穏やかな言葉に、胸が少しだけ熱くなる。

 気がつけばグイグイとグラスを傾けていて、顔がぽっと火照った。


「杏ちゃん、慣れてないんだから、お水もちゃんと飲んでね」

 チェイサーを差し出してくれる青さんの仕草がやさしい。


 ふわふわと夢見心地のまま、テーブルに置いた私の手の甲に青さんの手が重なった。

 酔いのせいか、それとも別のせいか、心臓の音がやけに大きく響く。


「杏ちゃん……」

「はい?」

「僕は君が好きだ」


「……へ?」


 一瞬で酔いが醒めた。

 耳に届いた言葉の意味を理解するのに、時間がかかる。


「ごめんね。こんなおじさんに好かれるなんて嫌かもしれないけど……ずっと前から好きだった。君が二十歳になるまでは待とうって思ってて。だから今日、正体も明かして、思いも伝えた。」


 口が開いたまま塞がらない。

 こんな大人の素敵な人が、なんで私なんかを─?


「答えは急がなくていい。断っても僕らの関係は何も変わらないから。美大の学費を助けたのも、装丁に抜擢したのも、それはそれ。僕の想いは、僕の想いだ」


「あ、あの……え?」

 上手く言葉が出ず、なぜかグラスのシャンパンを一口あおってしまった。


 そして気づけば声が出ていた。

「な、なぜですか!」


 店内の視線が一瞬こちらに集まり、慌てて頭を下げる。


「ごめんなさい。でも、どうして私なんですか? 青さんならですよね引く手数多ですよね。」


 青さんはゆっくり首を振った。

「そんなことない。ただ、僕は杏ちゃんに惹かれてしまった。歳の差もあるし、幸江さんの孫だし、どうなんだろうって悩んだけど……君の一生懸命な姿、本の魅力を伝えるきらきらした眼差し。あれをそばで見ていられるだけで、僕は幸せだった」


 頭が追いつかない。

 ─青木さんが実は玉木青。そして私に告白している。


 衝撃の多すぎる誕生日だ。

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