05
何、この反応。
驚かれたり、馬鹿にされたり、疑われたり。そういうリアクションを想像していたのに、現実は、全く違う。
皆、黒板から目を逸らすようにして、周囲の出方をうかがっている。
いや、一人だけ、前を向いて笑って――。
「――ッ」
わたしは驚いて、思わず後ずさりする。すぐ後ろが黒板なため、チョークを置く粉受けに腰をぶつけるが、そんなこと、気にならなかった。
窓側の、後ろから三番目の席。そこに座っていた女子生徒が、わたしの名前を笑っている、と思ったが、違った。
――人間じゃない。
マネキンだ。
緊張して、教室内をしっかり見ていなかったから、一見して気がなかった。
可動用のマネキンなのか、普通に座っているように見える。長い黒髪はヴィッグなのだろうか。先ほどまで全然分からなかったのに、一度気が付いてしまうと、途端に、髪の生え方が不自然だったり、座り方がぎこちなかったり、違和感があるように見えてしまう。制服の隙間から見える肌だって、確かにクリーム色だけれど、生きている人間に比べたら、異常なほど白い。
そして、顔の部分に、張られている紙には、笑顔の、女の子の顔が印刷されている。
不気味なほどそろっている前歯を見せながら、頬にしわが寄るほど、笑っている。
切り取られた一瞬がずっとそこにあるような気味悪さに、わたしは考えていた自己紹介が、全部吹っ飛んでしまった。
クラスメイトの一員であるかのように座っているマネキンを、ちらちらと盗み見るかのようにしている人が、何人もいるので、わたしだけが見えている何か、というわけではないのだろう。
席に座る生徒たちも、わたしも黙り込んで、完全な沈黙が、教室を支配する。
「――……え、ええと……。じゃ、じゃあ、六月一日さん、廊下側の後ろの席が六月一日さんの席だから」
土湯先生は、状況が分かっていないのか、クラスメイトたちのように怖がるのではなく、わたしと同じように困惑していた。
土湯先生が指さしたのは、廊下側の一番後ろ。あのマネキンからはだいぶ距離のある席であることに、少しだけ、ほっとする。
もはや、自己紹介をする空気ではなくなってしまったので、わたしは軽く頭を下げ、足早に指定された席に着く。
わたしが席に着くと、土湯先生が戸惑いが消えない様子のまま、連絡事項を伝えてくる。その間、ずっと静かなままなのは、決して、このクラスの人間が真面目でおとなしいからではないのは、明らかだった。
最後まで、気味の悪い静けさがなくなることはなく、チャイムが鳴って、ショートホームルームが終わったのだった。
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