06

 教室から先生が出て行っても、誰一人として、席を立つことはなかった。

 以前参加した、親戚の通夜の方が、まだ賑やかだったくらいだ。

 永遠にも感じるくらい、重たく、長い沈黙を破ったのは、わたしの前に座る、一人の女子生徒だった。明るめの茶髪を高い位置で結んでポニーテールをつくり、活発そうな雰囲気の子。それなのに、今、その表情は曇っている。


「あ――、ええと……」


 彼女は何か、言葉を探すように、目線を泳がせていた。

 ――と。


「――……りく」


 今度は隣の席の男の子が、口を開く。


「りく、でいいじゃん。ろく、よりは、りく、の方が名前っぽい」


 苗字の、六月一日の六から取ったのだろう。うりはり、という読みから取るよりは、漢字から取った方が普通の名前に近い、と判断してくれたのかもしれない。あだ名なら、名前の方から取るのかもしれないが、正直、名前の方は本当に触れて欲しくないので、苗字から取ってくれたほうが助かる。

 男の子の言葉に、前の席の女の子が、パッと顔を明るくした。


「い――、いいね、それ! そうしよう! りくだから、今日からりっちゃんって呼ばせてもらうね!」


「う、うん……!」


 りっちゃん。

 まるで、普通な名前の人に付けられるあだ名のようで、わたしは嬉しさで頭が一杯になった。初めてつけてもらったあだ名だ。


「あたしは稲取(いなとり)琴葉(ことは)。気軽に下の名前で呼んでね。しばらくは席替えもないし、困ったらいつでも頼って」


 わたしはお礼を言って、彼女との雑談をする。

 どことなくぎこちないけれど、でも、気を使ってくれているのが分かる。わたしがクラスに馴染めるように。


 わたしと琴葉ちゃんの会話は、静かな教室に結構響く。それでも話を続けていれば、だんだんと、他にも会話するようなグループができていく。皆、次の授業の準備をし始める。

 ……転校生って、もっと質問攻めにされるものじゃなかったのかな。

 転校するにあたって、クラスに馴染めるよう、一杯調べてきたつもりだったけれど、大体は、質問をたくさんされる、って書いてあったのに。

 今、わたしに話しかけてくれているのは琴葉ちゃんだけ。


 でも、別に、皆、わたしを嫌っているわけではない。というか、まだ交流も何もないのに、嫌われるようなこともない。

 ただ、漠然と、なぜか恐れられているような、そんな雰囲気は感じる。


 でも、仮に質問攻めをくらい、いろんな人と話をしたところで――あのマネキンのことは聞けないと思う。

 聞いたら、また、あの、気持ちの悪い沈黙に支配されてしまいそうだったから。

 一番気になるのに、一番聞いてはいけない気がして、わたしは必死に意識をマネキンから逸らし、琴葉ちゃんと話をしていた。

 一限目の授業が始まるまで、ずっと。

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