日常の一コマ

青いバケモノ

兄と弟の日常

「俺…最高効率を考えるのが趣味なんだよね」

「突然何?生歩いぶ。」


 俺の突拍子もない事に対して冷たい態度を取ってるのが、夜食中の俺の弟、高校一年生の歩叶あゆとだ。


「最高効率を考えるのが趣味」

「最高効率を考えるの合宿見る?何言ってんの?」

「…最高効率を考えるのが、趣味!」

「あぁ…何の最高効率?」

「日常での。」


 どうやらピンと来ていないそうなので、俺の言っている意味が分かるように、説明する。


「俺ねぇ、だいたいどんな時でも最高効率を考えてるのよ。だいたいどんな時でもは盛ったけど。」

「…」

「まず、今俺めっちゃトイレ行きたいのよ。」

「…」

「それで、歯磨きしようか、トイレ行こうか、迷ったのね?」

「…」

「それで、俺は効率の良い、歯磨きを先に選んだ。まぁ、そういう事。」

「…」


 歩叶は終始黙って聞いていた。それは、俺の話に興味があるからではなく、俺が話し出したら聞くまで絶対に逃さないことを知っているからだろう。


「……それ…」

「あ?なんだァ?」

「めっっっっちゃ分かる。」

「え、あ、だろ!?!!!!」


 しょうも無いと言われると思っていたから、驚いた。

 いや~やっぱり、兄弟だな。この話聞いて「分かる」って言う人この世に弟以外いないだろ。


「で、俺が導き出したのは…歯磨き→トイレ→爪楊枝しながら自分の部屋に行き、自分の部屋のゴミ箱に捨てる。これが最高効率だ。」

「…いや」

「…いや、トイレ先でも変わらなくね?」

「…」

「いや!トイレのあと、洗面台で手洗うから…いや、そしたらその水で歯ブラシに水付けれる…いや、濡れたままの手で歯ブラシ持ちたくないし…」

「…」

「うん。これが最高効率…か?」

「…変わんなくない?」


 …あれ?確かに言われてみれば変わんなくない?


「たしかに……いやでも違和感が…」

「…あ、ただいま」


 友達と飲みに行ってたお父さんが、帰ってきた。


「…通知届いてない?」

「あ?お父さんの通知オフにしてるから気づかんわ」


 スマホを開いて見てみると、確かにお父さんから写真と文章が送られていた。


「え!?俺の好きなアニメ!しかも俺の好きな温泉とコラボしてたの!?」

「うん。」

「で?何買ったの?」

「いや、反応してくれなかったから買わなかったよ。これで変なの買っちゃったらもったいないじゃん」

「は?そこは夏虹買って来いよ…」

「夏虹って…この、黄色いの?」

「指さすな黄色いのって言うなあっち行け〇ス!」

「口悪っ…わかったよぉ…」


 まぁ、確かに俺の推しキャラなんて一回言ったか言ってないかくらいだから、俺が理不尽に怒っていることは分かってる。けど、相手はお父さんだからいいんだよ。それに、歩叶だって、日常茶飯事すぎてもはやこっちを見てすらいない。…そう、つまりあの程度、暴言にすら入らない。


「あ、この温泉どうだった?行きつけのと比べて」

「行きつけの所きれいすぎるし、そこを100だとすると…80くらい?」

「へ~まぁまぁいいじゃん。」

「しかも、露天風呂からちょっと海見えるよ」

「え!?マジ!?今度絶対行こ」

「うん。」

「な~あゆと。やっぱ露天風呂の景色で温泉の格は決まるよな。いや、それは無いわ。綺麗さもマジで大事だわ」

「…」


 これ、人間あるあるだと思うんだけど、思ったことをそもまま口に出すボットになってると、時々自分で言って、「いやそれはないわ」って思うこと、あるよねェ


「はッ!?」

「…」

「おいおいおいおい!気づいちまったよ!」

「…何?」


 俺がちょっと笑いながら、歩叶の目を見て言ったから、歩叶もちょっと笑っている。なんか、話し相手が笑ってると、自然と口角って上がるよね。今ちょっと笑ってる弟の気持ち、めちゃ分かる。


「最高効率をこれだと勘違いしてた理由!」

「…」

「俺は天才だから、理由もなしに勘違いしないんですよ」

「…天才なら勘違いしないけどね」

「まず、俺は歯磨きと爪楊枝を合わせて歯磨きタイム?的なものだと解釈してたのよ。」

「…」

「だから、歯磨きタイムの間に、トイレタイムを差し込んでいることによって、なんか時間短縮してる感を得てたんだよ。」

「……いや、バカじゃん。」

「…うん。だから、つまり何が言いたいかって言うと…」

「…」

「歯磨きと爪楊枝は別物。」

「…」

「だから、歯磨きタイム、トイレタイム、爪楊枝タイム&自分の部屋への移動タイム。」

「…」

「これ、短縮できているところは爪楊枝&移動だけなんだよね」

「…」

「つまり!トイレタイムと歯磨きタイムはどちらでもいい!…どう?結構衝撃だったでしょ。」

「…寧ろ、歯磨きと爪楊枝は同じ場所だから、トイレ先言ったほうが速そうではある」

「…」


 たしかに。…萎えたし、歯磨きも長すぎると良くないので椅子から立ち、洗面所に行き、最後に鏡を見てしっかりと歯を磨き、ぐじゅぐじゅぺーをして、そのままトイレに行く。…でも、やっぱり違和感はあるんだよなぁ…何かが突っかかるっていうか…


「あぁ~トイレ行ってくる~」

「…」


 そして、便器に座った瞬間、俺の頭に電撃が走った。

 衝撃の事実を、知ってしまった時、人間は真っ先に何を思うのか、俺には分かった気がした。


 今すぐに!この事実を弟に伝えたい!喋りたい!


 そう思い、急いでトイレを終わらせ、トイレの蓋を閉めるために後ろを向いたら――――


「ぎゃぁぁぁぁああぁぁあああああああ!!!!!!!!!!」


 ちっちゃなちっちゃな、「クモ」がいた。


 俺は何よりも虫が嫌いだ。衝撃の事実を伝えたいという気持ちが全てかき消されるほどには、嫌いだ。

 だから、すぐにでも現場から離れたい。その思いで、体感50m2秒くらいの速度で洗面所まで走り、そこにいたお父さんに、手を洗いながら言った。


「虫!クモ!トイレにいた!早くこ〇してきて!」

「えーヤダよ~」

「は?早くしろマジで早くこ〇して!こ〇した報告が無いと今後一階のトイレ使えない!!」

「分かったよー…」


 クモ絶対こ〇すモードも薄れてきて、次は衝撃の事実を伝えたいモードになった。


「ねぇ歩叶ちょっと聞いて聞いて聞いて聞いて聞いて」

「…何?」

「映画ストーリー並みのことがーあの~えーっと、…とにかく、今あったこと…まぁいいから、聞いて、話したいことがあるんよ」

「…」

「今、トイレに行ったときに、全て気づいてしまったんだよ。」

「…」

「やっぱり俺は天才だった。勘違いなどしていなかった。」

「…」

「ずっと残ってたんだよ。「違和感」。」

「…」

「だから、考えることをやめられなかった。」

「…」

「…歩叶は、寝る前に、トイレ行きますよね?」

「…うん。」

「…そして、外に出かける前も……「直前」に、トイレに行きますね?」

「…はい。」

「そう。つまりそういう事です。」


 …自分で言ってて思った。これじゃあ伝わらない。


「…いやそれ」

「いや、つまり、トイレ行きたいゲージが、80だとするじゃん?」

「…」

「それが、先にトイレに行ってしまうと0になる、と。」

「いや、だから…」

「しかし、もしかしたら歯磨き中に5%溜まってしまうかもしれない。」

「…」

「その5%は非常にもったいない!本当にしょうもない!効率というかなんというか…とにかく耐えられない!」

「…」

「そう!つまりそういう事なんだよ!」

「…」


 多分、さっき何か言おうとしているのを止めてしまったからだろう。貯めるように、少し顔を顰めて、俺とは真逆なイケメン顔が台無しになりながら、言った。


「まぁ、言いたいことは分かるけどさぁ…………それ、…最初に考えることじゃない?」

「………………いやまぁ、そうかもしれんけど、そうかもしれんけど!それだけじゃまだこのストーリーは終わって無くて!」


 そう、俺は映画級と豪語したんだ。もちろんこの程度じゃ終わらない!


「それで気づいただけでなく、クモまで出現したのよ!」

「…」

「映画とかでもよくあるじゃん?なんか、そのね…主人公にとって一番厄介な敵が~とかさァ」

「…」

「うん、そんな感じよ。」


 いや~気持ちいい!でも、本当に違和感って凄いね。ちゃんときちんと仕事してる。…これだから考えるのはやめらんねぇ!最高!!


「どう?凄くない!?初め中終わりがあって、って、そうじゃん!起承転結!凄くない?」

「…」

「起で最高効率の話で」

「…」

「承でその勘違いに気づく」

「…」

「転で勘違いの理由パートがあって、」

「…」

「結で全てが繋がる!」

「…」

「それだけでなくクモでオチまで!どう!?映画級じゃない!?」

「…ショートギャグ漫画かよ」

「え?なんつった?」

「ショート漫画」

「あぁ、少女漫画に聞こえてビビったわ。そんなわけなくね?って。」

「…」

「ってか、ショート漫画バカにすんなよ」

「え、怒るとこそこ?」


 うん、流石にショート漫画家さんに失礼だよ?


「あれは嫌だね」


ティッシュをくるくる丸めながら、お父さんが言う。…これはつまり、雲をこ〇してくれたのだろう。


「でしょ?ちゃんとこ〇した?」

「うん。」

「ナイス!ありがと」


これで今後とも一階のトイレ使える。よかったよかった。


「俺が見てる無駄づかいって言うゲキ神漫画の一話にありそうだな…」

「過大評価しすぎでしょ」

「いやこんな低品質なのがあってたまるかーい!」

「…」


 相変わらず無視、と。


「あ、それでさこのポケ」

「いや本当に気持ち良かったわ~」

「…」


 話し出すタイミングが被ってしまった。…というより俺が被せたみたいになっちゃった。……まぁいいや


「いや本当にな?」

「…」

「例えるなら~え~っと~……俺がやってるFPSゲームで20キルバッチゲットした時と同じくらい気持ちいい」

「…いや俺分かんねぇよ」

「じゃあ…歩叶があの任〇堂の格闘ゲーム基愉快なパーティーゲームで、歩叶がよく使ってる最弱キャラで10連勝した時と同じくらい気持ちいい」

「あぁ~…いや高すぎでしょ」

「いや俺の20キルのやつも同じくらいだって!だから、それくらい気持ちいいというか、高揚感があったの。あ~今日は気持ちよく寝れそうやな~って!」

「…」


 トイレで全てに気づいた時は風呂出た後のアイスくらい気持ち良かったけど、クモのオチも合わせて起承転結出来たのを考えると、それくらいが妥当だな。


「まぁ、上行っても寝っ転がりながら好きな配信者さんの動画見るだけなんだけどね」

「…」


「で、なんだって?」

「俺のゼニちゃん、どれくらいミルク持ってくると思う?このホイッスルを使って…3時間で。」

「うーん…」


 これは、最近俺と弟がハマってる睡眠系スマホアプリだ。ゼニちゃんとは弟が付けた名前で、歩叶のチームでトップレベルに強い個体になっている。


「4つかなぁ」

「結果は…!」


 この夏休みに始めたので、まだまだ初心者だ。中級、上級者なら3時間で4つは普通だが、俺たち初心者からしたら中々に多い方だ。そう、俺は弟相手に忖度などしない。


「5つだった…。」

「よっしゃ、俺の勝ち~!」

「くっっそーーーー!!!負けたぁ!…俺のゼニちゃんはこの程度じゃないのにぃ…」

「いや、5つって普通に凄い方やん」


 まぁ、別に勝負してたわけじゃないんだけどね。多分、これで6だったら意見が割れていた。


「いや~今日はよく眠れそうですわ。じゃ、おやすみ」

「おやすみ。」

「すみ~」



 §



「おーい歩叶〜!…よかった、まだ起きてたか」

「うん?何?」


 2階に行って、パソコンで今あった事を書いていたのだが…弟の一人称が分からない。中学生までは絶対に「あゆと」と、自分の名前を言っていたが…なんか男らしくなくて嫌だっていつも言っていたから、多分今は変えている……と思う。


「歩叶の一人称って何?」

「僕とか俺とかうちとかこっちとか、その時その時によって変わる」

「え、「あゆと」じゃないの?」

「今はもう言ってないよ」

「じゃあさっきの会話の時なんて言ってた?」

「え〜?…多分俺?」

「分かった。」


 家族の一人称って、いざ言われてみると思い出せなかったりする…わけないよね。ただ、歩叶は自分の一人称に悩んでた時期が最近あったから、覚えてなかっただけだ。うん。仕方が無いよね。


「じゃ、今度こそおやすみ〜」

「おやすみ」

「すみ〜」







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