第30話 取り戻した体
石倉はよろよろとその抜け殻に駆け寄り愛しそうに顔を撫でた。
「ああ、俺の体、よく無事で」
どうやら今度の物は実体が存在しているのは石倉が触れていることでわかった。
ただ体は魂が抜けているせいなのか、石倉が触れていてもピクリとも動くことなく静かに目を閉じそこに存在していた。
「どうやって元の体に戻るんだ?」
「さあ?」
信長とサニアがそれを遠巻きに眺めていると、シロワカがするすると石倉の方へ進んでいった。
「にゃあ」
シロワカが石倉の顔を見上げて声を掛けると、微笑みながらシロワカの事を見返した。
「やっと見つけたんだ」
「よかったにゃ」
「ああ、よかった……」
シロワカは男の体に乗ると信長とサニアにこちらに来てと目配せをした。
信長とサニアはお互い顔を見合わせるとおずおずとシロワカの方へ向かった。
「石倉にゃん、戻る方法知っているかにゃ」
「ああ、知っているとも。 この日のためにどれだけ考えたか」
石倉はゆっくりとそして力強く頷いた。
「ただ、私は魂として移動しなければならないので魔法は他のものに頼まないといけない」
「大丈夫だにゃん。 にゃーと二人がいるから」
「本当に、すまない」
「気にしにゃい」
シロワカは石倉を隣に寝かせ奥の神棚を器用に開けるとお札を数枚取り出し戻ってきた。
「埃っぽいにゃ」
猫の手でパンパンとお札をはたくとホコリがブワッと舞ったのを懐中電灯越しに見ることができた。
石倉の魂の入った体の上と元々の石倉の体の上それぞれにお札を置き、二人の体の間にも一枚置く。
「手伝ってほしいにゃ」
その声に応じて信長が何をしたらいいか確認すると、まず水を汲んで来る事、灯篭に火をつける事、祭壇の蝋燭に火をつける事を頼まれた。
「サニア、火の方は頼んだ。 俺は水を汲んで来る」
「任せて」
「ところで水は何処で組んできたらいいんだ?」
「裏に井戸があるにゃ。 もし枯れて汲めないようなら登っていった所に湧水が湧いているからそこから持ってきて欲しいにゃ」
「わかった」
木の桶を抱えてお社を出て裏手に回ると鬱蒼とした雑草を抜けた所に話にあった通りに井戸はあった。
「これ汲めるのか?」
その苔むした井戸の周囲には釣瓶のようなものはなく、ロープや縄のようなものも見当たらなかった。
「とりあえず覗いてみるか」
井戸を覗き込む。
「なるほどね、どうりで引き上げる道具が無いわけだ」
井戸の中は手を伸ばせば届くくらいの水位があった。
ザッパァ
「桶の中もホコリ被ってて汚いから一回捨てるか」
ジャバ―
ザッパァ
きれいな水を再度汲み終わった後お社の入口へ向かった。
「言われたトコに火つけたよ」
「ありがとにゃ」
「戻ったぞ」
「お帰りなさい」
「水、どこ置く?」
「二人の頭の上あたりに置いて欲しいにゃ」
「了解」
なみなみと水をたたえた桶を二人の頭上の間に置くと、少し離れた場所に腰を降ろした。
「では、行うにゃ」
お札がオレンジ色に光ったかと思うと体から数センチ浮き上がる。
蝋燭沿いに見えるシロワカの鼻先からは汗のようなものが滴り落ち、それだけ緊張と集中をしていることが見て取れた。
ガタンガタン
「⁉」
外で何やら強引にトビラを開けようとしている音がした。
「ガタガタガタ」
「サニア、ちょっと様子を見て来る」
そう言い残し奥の部屋から出ると、妖怪なのだろうか、猪八戒のような豚面の大男がちょうど入ってこようかと足を踏み入れた所だった。
ストン
中に人がいるのを気付かれぬよう後ろ手にトビラを閉め、猪八戒と対峙する。
「~~~」
言葉にならない鳴き声でこちらに怒りをぶつけると、いきなり殴りかかってきた。
「フッ」
身体を反らしてストレートをかわすと、目の前に来た顔にフックをお見舞いする。
(コイツをここから引き離すか)
吹っ飛んだ猪八戒に顎で挑発し外へ出ると、外には牛面のミノタウロスのような大男がこちらを見るなり雄叫び上げた。
(二匹か)
「こっちへ来な」
興奮した二匹は信長を追いかけて走り出す。
道中能力の上がる魔法を自らにかけ、口笛を吹いて刀を取り出した。
ある程度広さのある空き地まで移動すると、向き直り雷の魔法を浴びせた。
「グモモモ」
ミノタウロスは近くに生えている木を引き抜くとそれをしきりに振り回した。
振り切って隙が出来たかと思うと、猪八戒がそれを埋める形で殴り掛かって来る。
「クッ」
猪八戒の攻撃をかわして一撃入れようとすると、体勢を立て直したミノタウロスが再度攻撃を仕掛けてきた。
「めんどくせえな」
息の合ったコンビネーションでじわじわと追い詰められてゆく。
「はあはあ、マズいな」
ミノタウロスが振りかぶった瞬間。
「フハハハハハ、待たせたな!」
聞き覚えの無い男の声がこだました。
瞬間
「ブモモモ」
ミノタウロスと猪八戒の体が白い炎に包まれる。
「コロンコロン」
そして一瞬のうちに骨だけとなり、その骨が地面に落ちて音を立てた。
「なんて威力の魔法だ!」
その魔法を放った人間へ視線を向ける。
「苦戦していたじゃないか、ええ?」
「あなたは、石倉さん?」
「ああ、そうだ、おかげで元の体に戻れた」
石倉の安堵した笑顔につられて信長も笑顔を浮かべる。
「ノブ~大丈夫?」
「ちょっと待つにゃ」
サニア達が心配そうな顔をして追いついた。
「俺なら大丈夫さ」
右手を掲げて答える。
「よかった」
「さて、元の世界に帰ろうかにゃ」
「ああ、そうしよう」
その時信長は、みなが話題に出さない疑問を言葉に出した。
「石倉さんの元の体はどうなったんだ?」
「おお、忘れていた、連れて帰らねば」
皆でお社に戻ると、先ほどと同じように目を瞑ったまま仰向けで横になっていた。
「生きているのか?」
「大丈夫だにゃ」
「私が入っていた時から奥に隠れて出てこなかった樋口の魂だが、私の魂が無くなることで出て来ざるを得なくなるだろう」
「魂が復活すれば元通りになるのか?」
「恐らくな、1日、長くても2日で戻って来るだろう」
「うっ」
石倉が軽くよろけると信長は手を出して支えた。
「すまない、まだ体に魂が慣れていないのだ」
「樋口さんだっけ、この前の石倉さんの体は俺が抱えていくよ」
「恩に着る」
「にゃあ、石倉にゃん」
「ん、なんだ?」
「にゃーの社稷を持って行って欲しいにゃ」
「おお、祭ると約束したな!」
シロワカと石倉は丁寧にカバンに詰めた。
「今度こそかえるにゃ」
「おお」
お社の中から風景が歪み、気が付くと鏡に飛び込む前にいた深夜の雑居ビルの中に居た。
「ただいまにゃ」
「ふふ、ただいま」
「……石倉さん、彼女、どうします」
「家に案内する」
そう言って空間を切り裂くと、その先にはパステルカラーに彩られた部屋が見えた。
「じゃあ、行こう」
靴を脱ぎ、部屋に上がるとベッドの方へ歩を進める。
「石倉さん、掛け布団を上げて欲しいんだけど」
「わかった」
石倉が掛け布団を剥ぐと、樋口の体をそこに置いて靴と靴下を脱がせる。
「玄関と洗濯籠はこちらだ」
それぞれを所定の位置に戻して戻ると、石倉に声を掛けられた。
「信長君すまない、手を貸してくれ」
「わかった」
石倉に頼まれて樋口の上半身を起こすと石倉はスポイトで樋口の口の中へ水を少しづつ流し込んだ。
「俺が魂を移す前に水分をしばらく取っていなかったからな」
そう言って優しく水を補給していく。
樋口のノドがコクリコクリと動き、水を取り入れていった。
「色々あったが今まで世話になったからな」
「ありがとう」
作業が終わると再び体を寝かせて布団をかける。
「この部屋とも、おさらばだな」
そう言って再び雑居ビルへ戻る。
「俺は仕事だから残るが、石倉さんたちは家に戻っていてくれ」
「わかった」
再び空間を切り裂くと今度は見覚えのあるわが家へと繋いだ。
「しばらく世話になる」
「ああ、こちらこそ」
「ノブ、じゃあね」
「また、後でにゃ」
「ちゃんと寝ろよ」
空間が閉まると寂しいばかりの沈黙が訪れた。
「さて、俺も寝るか」
テーブルに乗ったサンドイッチをお茶で流し込みソファーへと体を預けた。
「……」
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