第31話 退職そして……
信長は警察署から出てきた。
「チッとんでもない目にあったぜ」
ことをさかのぼる事数日前。
「会社、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
そう言って出て行こうとした矢先だった。
ピンポーン
「誰だ? こんな朝早く」
ガチャリ
鍵を開けて外に顔を出すと、その前に目の前に警察手帳を提示された。
「佐藤 信長だな」
「はい、そうですが?」
「ストーカー容疑がかかっている、署まで同行願おう」
警察署内
「ストーカーって何のことです?」
「しらを切るな、お前がストーカーをしていたと訴えがあったぞ」
「誰からです?」
うんざりしたような口調で信長が聞くと、警察官は1枚の写真を指し示した。
「見覚えがあるだろう」
(樋口だ)
「まあ、ありますよ。 ありますけど――でもストーカーしてたかどうかまわりのものに聞いてみてください」
しばらく押し問答が続いたが、夕方になって取調官が変わると融和的な対応になり、その日の取り調べは終わった。
樋口宅
「相変わらず、ふざけた態度を取る人だなぁ君は」
「⁉」
「石倉と言えばわかるだろう、君の体の中で同居していたものだ」
「な、なんですか、何か用ですか、警察呼びますよ」
「ハァ」
怯えた樋口に対して石倉は深いため息をついたあと、怒りのこもった強い口調で言う。
「もう、呼んだでしょあなた」
「な、なんのことですか」
「大体警察に世話になるのは君じゃないのか?」
「……」
「信長君はかなり世話になったのだ。 君にとっても恩人のはずだよ。 高田 めぐみ殺しの主犯者さん」
「しょ、証拠は」
「一緒に体に入ってたんだよ、それに君は後処理を全部こちらに押し付けただろう。 なぜ無いと思う」
「何が言いたいんですか?」
「警察も、でっち上げのストーカー犯罪より殺人犯を挙げた方が出世に有利だろう?」
「……」
それからしばらくして樋口が被害届を取り下げたとの連絡があり、その日のうちに釈放された。
「ノブ、皮肉だね」
いたずらっぽくサニアが呟く。
「何が?」
「ノブの会社の北口達がさ、あの二人付き合っているって警察に言ったんだよ」
「ああそっか、それで」
「前にそんな噂話あったでしょ」
「警察にとって痴話げんかだったと」
「うん、そんなとこ」
「まあ、よかったのかな」
「どうせもう会う事も無いだろうしネ」
夜ごはんの具材を買っていると、何となく周囲の目がおかしいのに気付いた。
(気のせいか?)
買い物を終え、帰宅すると目をとがらせたサニアが口火を切って話し始めた。
「ノブ、気付いた」
「何のこと」
「スーパーの周りの視線」
「気のせいかもって思ったんだが、やっぱりそうか」
「そうよ、あの樋口のせいよ、アイツがストーカーとかでっち上げるから!」
「……この町も住みにくくなったな」
「佐藤にゃん……」
シロワカは信長を見上げながら周りをクルクルと移動する。
「シロワカ、ありがとう」
翌日
「今まで大変お世話になりました」
上司の西田へ退職届を出す。
呆気にとられた西田が気を取り戻す。
「本当に辞めるのか? ストーカーの容疑は冤罪だったんじゃなかったのか?」
「はい、そうですが……家の近所に伝わったらしく行く先々の犯罪者扱いの視線がつらいのです」
西田も流石にいたたまれないと思ったのか、届を受け取り「これからどうするんだ」と聞いてきた。
「まだわかりませんが、私の事が知られていない土地に行こうと思います」
「そうだな、それがいい」と西田は頷く。
「申し訳ございません」
「ああ、気にするな。 人生そんなこともある、今日は会社にある私物をまとめて帰りなさい」
「ありがとうございます」
「あ、明日から有給でいいぞ! 来月末で退職の手続きをしておく。 有給分が足りない所は欠勤扱いになるが了承してくれ」
「しかし、仕事が……」
「気にするな! こっちで何とかしておく」
「本当にありがとうございました」
更衣ロッカーを開き中の物を全部出している物といらない物に分けていく。
「色々あったな」
思い出が走馬灯のように蘇って、整理をする時間を遅らせていく。
「拭き掃除もやるか」
雑巾を借りてロッカーの中を拭いていく。
「思ったよりきたねぇな」
「よし、こんなもんか」
雑巾を洗って返して、自分の机の整理を始めた。
「あ、佐藤さん……色々あったみたいですけど頑張ってください」
「佐藤さん、さすがに今日は何言っても冗談にならなくねってカンジっすから」
「お疲れ様、大変な目にあったな。 話は聞いた、次の所でもがんばれよ!」
みなから暖かい挨拶を受ける。
(前からこうだったらよかったんだけどな)
必要ないものをゴミ袋に詰めてゴミ捨て場に置くと、この作業も今日までかと頭をよぎり寂しさが込み上げてきた。
「皆さん、長い間お世話になりました――」
パチパチパチパチ
信長が別れの挨拶をすると拍手が沸き起こった。
「さて、この会社に勤めてから最後の帰宅だ」
会社の入り口、石倉の勤めていた建物、コンビニ、立ち食いそば屋、喫茶店、etc茜色に染まった帰りの風景が思い出のアルバムに収まると、心の中で頭を下げて長い時間をかけお礼を呟いた。
「ただいま」
「おかえり」
「会社辞めてきた」
信長の報告を聞いて、三人ともやっぱりなという顔をした。
「信長君、君はあの会社――というよりこの国に合っていないのだ……私の様にな」
石倉は一息ついて話を続ける。
「世の中の人が評価するのは派手に動く人間だ」
「でも実際はどうだ、目立つようにボールに飛びついてファインプレーをする選手より、ピッチャーやバッター、キャッチャーの動き、カウント、ランナーなどの諸条件を見定めポジショニングをその度にチョコチョコ変更し、いざボールが飛んでくると簡単にボールを処理をする」
「ある程度努力をした経験者がしっかり見れば後者だとわかるのだが、時間がなかったり経験が無いと前者を評価してしまう」
「野球は経験者が多い分そのことを伝えられる人間も多く、また経験者が社会的地位の高い者も多いのでそのことが世の中に伝わりやすい」
「魔物や妖怪などとの戦いは表には出て来ない、あくまで裏の行為だ。 派手に立ち回れば知られるのにはいいのかもしれないが、後の事を考えて皆気が引けてやらない……土台無理な話だ」
「そうだよなぁ……」
信長はゆっくりと頷く。
「これからどうするのだ?」
「……異世界へは行けるのか」
信長の問いに石倉は「ああ、行けるさ今度こそ」とまるで自分に言い聞かせるように力強くうなずいた。
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