第27話 聖女リントワール

「ところでアカネ…………そちらは? もしかしてアカネのいい人かしら?」


 リントワールが俺に気付いてそう問いかけた。


「こちらはカヌカ村のユキさんです。クランを助けるために力を貸してくださって、救っていただいたのです」


 ナオミ――と一言声を掛ければそれで終わりと思っていた。それが、目の前の聖女と呼ばれるにふさわしい女を前にして、俺は躊躇していた。


「ユキさん? 初めまして。アカネたちを助けていただき、心より感謝申し上げます」

「あ、ああ…………」


 首を傾げたアカネが、訝し気に俺をみつめ、詰め寄ってきた。


「(ユキさん、どうしました? 探していた運命の相手でしょう?)」


 アカネが耳打ちしてくる。その様子を微笑まし気に見ているリントワール。俺はその彼女から目を離せないでいた。


「(そうなんだが…………)」


 頭が回らなかった。実はエルメリが本当はナオミだったんじゃないかと思えるくらいに、目の前の聖女に圧倒されていた。名を呼ぶのがあまりにも、一か八かの賭けのようにさえ思えてきた。何も言えず、静寂が支配していた…………。


 ただそこへ――


「リントワール、私、国へ帰らなくてはならなくなったのです」

「そうなのですね。クランへ戻ってもアカネが居ないと寂しくなります」


「そこで、餞別にひとつ教えて欲しいことがあるのですが……」

「なんでしょう? わたくしにできることなら何でも力になりますよ」


「クラン名のラヴサカザキってどういう意味なのです?」

「それは………………」


 口篭もるリントワール。


 もしかすると、誰か別の女が考えたものなのか? その相手こそがナオミなのでは……。その相手を教えて欲しい――そこまで出かかった言葉。


「――それは、わたくしの愛する人への想い。『サカザキへの愛』という異世界の言葉なのです」









「ナオミ…………」


 こぼれた言葉に、目の前の聖女の時間が止まった。ハッ――と音がするほどに息を飲み、目を丸くした彼女は胸を膨らませる。


「…………サカザキさぁ…………サカザキさぁぁあああああ!」


 途端に顔をくしゃくしゃにした、みっともない顔の聖女が俺に抱きついてきた。背はそこまで変わらない。女の方が成長が早いこともあるしな。涙と鼻水を溢れさせながら俺にしがみつく聖女リントワール――いや、俺のナオミだ。間違いなく、この感情を抑えきれていない女はナオミだった。


「なんてバカな名前を付けてんだよ」

「だって…………だって、他に思い付かなかったもん! 私バカだからぁ!」


 突然の変わりように、隣に居たアカネが目を丸く……いや、どこか楽しそうにしていた。そして俺の背中をポンと叩くと、護衛の女たちと部屋を出て行く。


「でもいい。俺が生き返れなくても、お前さえ生き返ることができて、最後にこうして出会えたんだ……」

「はへ? どういうことれしゅか?」


「神とやらが言ったろ、正体をバラシて回れば、自分だけを生き返らせてやると」

「言いましたけど? 正体を言って回ったら、サカザキさんだけを生き返らせてやるって」


 は?


「なんて言った!?」

「だから、サカザキさんだけを生き返らせてやるって。王都に来ただけで人の多さにびっくりしたのに、国はもっとずっと広いっていうし、探し出せる自信なんてなかった。私はどうなってもよかったし…………だからサカザキさんにひと目でも会えればって……」


「お前、ナオミ…………本当に大バカだ…………なんでそんなことを…………時間がかかっても俺がきっとみつけてやったのに…………なんてバカなことを、俺は考えてしまったんだ」


 神が与えた条件ってのは、それぞれ違ってたわけじゃなかったのだ。どちらも同じ条件。つまり、正体をバラシてまわればを生き返らせてやると。それを俺は少しでも疑って、ナオミが自分だけ生き返ろうとしたなんて思ってしまった。


「――バカは俺だ……」

「サカザキさん、お願い。最後に抱いてください……」


「ナオミ、お前……」

「ほら。私、婚約してるから、今ならサカザキさんの好きな寝取りになりますよ。しかも処女! 処女ですよ、サカザキさん………………」


「バカ野郎…………俺は処女を抱くのは苦手なんだよ………………」







 俺たちは寝室へ向かい、そこでナオミを抱いた。

 そして俺に『鑑定』の力が解除されたんだ。

 オセえんだよ、今更…………。






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