A#11「仲直り」
ボク、お兄ちゃんのこと座敷わらしだと思って、知らんぷりしてた。
「い、いいよ、そんなのはおたがいさまだ」
でも、ボクよりもつらい目にあってきたみたい。いい人ぶらなくてもいいよ。
「……ハハ。まあ、白状しちゃうとね。真実を知らされた日から、キミのことを憎んでいた」
陽一は視線を上げ、過去の自分を振り返った。
「どうして弟は、僕を助けてくれなかったんだろう。まさか、僕を屋根裏に閉じ込めて、お母さんと嘲笑ってたのか? なんて、悪い方向にばかり考えて。本当は、僕のせいで……起きてしまったのに、キミが死んだことを当然の報いだとすら思った」
……知らなかったんだ。
「いや。僕のほうこそ、ごめん」
陽一は、申し訳ない気持ちで頭を下げた。
幽霊屋敷の噂を聞いて以来、破壊して、葬り去るのが自分の使命みたいに思うようになっていた。
しかし、事情を知った今では、もう憎しみの欠片もない。
「憎まれるべきなのは、僕のほうだ。子供心に無知だったとはいえ、ふたりの命を奪ってしまった。そして、母に濡れ衣を着せて逃げた、ずるい兄だよ。今さらだけど、謝らせてくれ。本当に──」
膝につくほど深々と頭を下げて、陽一は謝る。
いらないよ。
「え、でも」
謝るくらいなら、その……お父さんとお母さんのことも許してあげてよ。
せめて、お父さんだけでもさ、嘘をついてまで、ボクたちを守ろうとしてくれたんだから、そうじゃないとかわいそうだよ。
お兄ちゃんだって、お父さんの悲しむ顔は見たくないだろ。
「そりゃ、見たくないよ。できるなら、陽平のようにすなおでありたいと思う。……だけど、父のことを考えると、どうしても、あんなその場しのぎの嘘なんてつかずに、他の方法を考えることはできなかったのかって、責めたくなるんだ。
だって、無理があるだろ? ちゃんとあとのことまで考えていたのか。僕を閉じ込めてどうするつもりだったんだって、やり場のない怒りが込み上げてくる。陽平もそう思うだろ?」
……。
「もし、父が他の方法をとってくれていたら、僕らは誤解せずに、兄弟仲良く、今でも……生きていたかもしれない。そんなふうに考えてみろよ、ほら、やりきれないじゃないか……」
やめろよっ、ボクを泣かせようとするな!
ずっとひとりで我慢してきたんだぞ。
天邪鬼に負けないように、お父さんとお母さんだけを信じて、ずっと我慢してきたんだぞ。
……うっ、うっ、ふたりとも信じられなくなったら、ボク、なんのために頑張ってきたのか……わかんなくなっちゃう。
今にも泣き出しそうなくしゃくしゃな顔で、弟の陽平は弱音を吐いた。
「あーそうだった。ごめんな」
失言に気づいた陽一は慌てて謝りながらズボンが汚れるのもかまわず、弟の前に膝をついた。
小さな肩を抱こうとしたが、手がすり抜けてしまう。
……いいんだよ、お兄ちゃんの言う通りだ。
お母さんがいけないんだ。人に助けてもらうのが嫌だからって、お兄ちゃんを放っておくから。
ボクがいるんだから……もっと頼ってくれたらよかったのに……。お母さんのバカ、お母さんの
「ちがっ、それは違うよ、陽平。キミは、母に頼られていたと思うよ。いや、そんな疑いの目で見ないでくれ。気休めで言ってるわけじゃない。
僕も陽平の話を聞きながら、自分の子供の頃のことを思い出したんだ。そしたら、なんとなく見えてきたことがあって。
ひょっとしたら母は、父を亡くしたあと、陽平にチャンスを与えて、僕を受け入れようとしてくれたんじゃないかって、そう思ったんだ。屋根裏の鍵を使って」
陽一はそう言いながら財布のなかの金色の鍵を見せた。
そういえば、ボク、落としたんだっけ。
「残念だけど、そっちの鍵は知らないよ。この鍵は、僕が子どもの頃、お母さんからゆずり受けた形見の品だから。ずっと手放せなかった……」
え、そうなんだ。じゃあ、お母さんの鍵はまだ残ってたんだね。
「……もう残ってないさ」
へ? それ、どういう意味?
「いや、えっと、しまったな……ハハ。これは単なる推測でしかないんだ。もちろん、母のことは信じたいけど、今さら、兄弟で確かめ合ったところで、あの日をやり直すことなんてできないし、余計に切なくなるだけだ……。やっぱり、謎は謎のままで、陽平が言ったように、まあ、いっかで過ぎるほうがいいのかもしれない」
そうやって、お兄ちゃんも秘密を作るんだね。
「秘密って、それほどのことじゃないだろ? ……ハハ、痛いところを衝いてくるね。いいよ、それじゃあ、僕と一緒に旅に出ようか。キミの夢を叶えてあげる」
何それ。ボクを誘拐するつもり?
あからさまに不信感を抱いた弟の陽平に、陽一はハッとして謝った。
「あ、ごめん、つい……。キミと一緒なら頑張って踏み出せそうな気がしたから」
大人はそうやってラクして進もうとするから、あとがこわいよ。
あのお父さんですら、選択を間違えたんだ。どうせ間違えるなら、これからのことは自分で選びたい。
じゃないと、ボクにはしっくりこないから。
弟の言い分はもっともだ。陽一は心から反省した。
「一体どうしたら、キミみたいに堂々と進めるんだろう。小学生の、しかも霊にアドバイスを求めるなんて、おかしな話だけど」
しょうがないなぁ。
弟の陽平は呆れ顔になって額を掻き、考えこむように腕を組んでから口を開いた。
じゃあ、お兄ちゃんには、小学生でも知ってる常識を教えるよ。
つまずいたら立ち止まる。
間違えたら立ち返る。
迷ったら人に尋ね、うまくいかなければ回り道する。
これだけ覚えておけば、いつか目的地に辿りつくよ。
頑張ってね、お兄ちゃん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます