A#12「再出発」(終)

 誰かのすすり泣くような声に誘われて、後藤はリビングの戸口からおそるおそる顔を覗かせた。

「もうそろそろ終わったか? 入るぞ──って、陽一?」


 夕日に淡く染められたリビングの焼け跡に、陽一の姿が見当たらなかった。


「おい、陽一!」


「は、はい。なんですか?」

 しゃがみこんでいた陽一が、ズボンの汚れを手で払い、立ち上がる。


「おまえ、除霊にどんだけ時間かかってんだよ」


 言われてはじめて、陽一は焼け落ちた天井から斜めに切り取られた空を仰ぎ見る。

 藍色になりかけた空にほんのり赤らんだ雲がまばらに垂れて、スプーンでひと混ぜしたように絡まり合っている。

 頬を撫でる風が冷たく感じられた。


「すみません。遅くなってしまい、」


「なんだ、おまえ泣いてるのか?」

 後藤が目を凝らしながら無遠慮に詰め寄ってくる。


「ちょっ、近い……。子どもの霊は、あの世へ旅立って逝きました。暗くなる前に帰りましょう」

 はぐらかして戸口へ足早に向かう。


 歓喜の声を上げた後藤がそのあとを追って、陽一の肩を威勢よく叩く。

「おまえ、やればできるじゃねぇか!」

 

 陽一は、苦笑した。

「不本意ですけどね。あいつ、天国を旅するんだってはりきってましたよ。向こうで友だちつくって、遊ぶんだろうな、きっと」

 弟の霊を天国に見送ったくらいで、陽一はしょげて肩を落とす。

 ひとりぼっちで、どこに向かえばいいのだろう。

 

「はあ?」


 陽一は、ハッとする。

「いえ、なんでもありません。また感傷に浸ってしまいました」

 父のように大きくなった自分の手のひらをみつめ、強くなるんだと言い聞かせながら拳を作る。

 そうだ。どうしても周りと足並み揃えて生きられないのなら、社会というしがらみを断ち切って、自由になってもいい。

「背中を押してくれたあいつのためにも、僕は、この仕事が片づいたら、念願の旅に出ます!」


「な、なんだって?」

 後藤は困惑した。


 陽一はまるで未来へ駆け出すかのように、軽やかな足取りで玄関に向かう。その背中に、もう過去の重荷はなかった。


「ちょ、ちょっと待て、その宣言の意味はって、俺を無視して先に行くなよ、おい」



       エンディングA(完)

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