A#10「ヒーロー」

「ああ、いいよ。恥ずかしい話だけど、僕もあのときは、陽平を座敷わらしだと思っていたからね。母が火だるまになって陽平を押し倒したときは、母に助けられたと思った。

 だけど、それから、どうやって逃げればいいのかわからなかった。何せ、キッチンやリビングを見たのも初めてだったから、火傷を負った足を引きずって廊下に出たはいいけど、適当にドアを開けたら、そこは便所だ、お風呂場だ。頭を抱えて、パニックになってくる。

 火傷がジンジンとうずいて歩くのも限界。階段下に避難して、うずくまるしかなかった。

 炎は次第にリビングへと燃え広がり、僕は剥き出しの腕に熱さを感じて怯えた。

 だけど、その時、玄関のドアをぶち破って、隣のおばさんが入ってきたんだ。大きなクワを両手に掲げて、かっこよかった。僕をみつけると、クワを投げ捨てて駆け寄ってきた。父が亡くなってから久しぶりに触れる人のぬくもりに僕は安心して、おばさんの腕のなかで気絶してしまった。

 屋根裏で三日以上飲まず食わずだったから、僕の体は衰弱していたらしい。おばさんがつきっきりで看病してくれなければ、危うく死んでいたかもしれない」

 陽一はまるで他人事のように淡々と話し、弟の陽平を驚かせた。


 あ、そうか。お母さんが世話をしなかったから……。


「だとしても、キミに責任はないよ。こうして無事に助かったわけだし」

 陽一はやさしくそう言うと、話を続けた。

「だけど、入院先の記録がなく焼け跡からもみつからなかった僕の行方は、いろいろな憶測を呼んで、世間を騒がせた。

 もしも事実が公になったら、僕は好奇の目にさらされ、死んだ親も軽蔑されるだろう。そう心配したおばさんは、警察やマスコミから逃れるため、僕の手を引いて、よその町へ引っ越した。そして、僕を我が子同然に育ててくれたんだ」

 遠い目で語りながら、陽一は切ない思いが込み上げ、眉をひそめた。

「残念ながら大病を患って、……半年前に病院で亡くなってしまったけど。少しでも長く生きてほしくて、できる限り手を尽くしたんだ。本当は、花にあふれた自宅の庭を眺めながら死を迎えたかっただろうに、僕が強情でね。無理をさせてしまったかもしれない」

 言葉を詰まらせ、じわりと目を潤ませた。

「死ぬ前に話してくれたよ。僕を保護したもうひとつの理由は、子どもがほしかったからだって。自分は子どもを産めない体だったから、僕を救い出したとき、絶対に手放してはいけないような気がしたんだって。

 世のなかには、不思議な巡り合わせもあるもんだ。できるなら、もっと親孝行してやりたかった。僕に何がしてやれたかな……。そんなふうに考えてるから、最後の最後まで贈り物ひとつもできずに」


 お兄ちゃん、また泣きそうだよ。ほんとに泣き虫なんだね。


「ハハハ……ちょっと、おばさんのことを感慨深く思ったせいかな。ハンカチ、ハンカチと」


 お兄ちゃん、ごめんなさい!


「えっ、なんで?」

 勢いよく頭を下げた弟の陽平を見て、陽一は戸惑った。

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