第9話 貴方が見た私の孤独
洞窟の冷たく湿った空気の中、僕の意識は、ルナの魔力の檻に触れた瞬間から、まるで時の流れに逆らうように、急速に巻き戻されていった。視界が真っ白に染まり、次に視界が開けた時、僕は見慣れない、豪華な屋敷の庭に立っていた。僕の体は、この世界に実体を持たない霊体のような存在で、誰も僕に気づく様子はない。風が僕の体をすり抜けていく感覚だけが、僕が異質な存在であることを物語っていた。
その瞬間、僕の頭の中に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【クエスト:ルナの過去へ】
【達成条件:ルナの過去の記憶を体験する】
【報酬:ルナの呪いの詳細】
この場所がルナの記憶の中であることを、システムは淡々と告げていた。ルナの心を理解し、彼女の抱える深い孤独の謎を解き明かすために、僕は彼女の過去の記憶を、まるで自分のことのように追体験しなければならない。僕は、庭の奥へと足を進めた。
すると、庭の片隅、見事に咲き誇るバラのそばで、一人の少女がひっそりと花に話しかけているのが見えた。その少女は、僕が知っているルナよりもずっと幼く、幼い頃の彼女だとすぐに分かった。彼女の華奢な背中が、どこか寂しげに見えた。
《記憶の中のルナ視点》
私は、今日も一人ぼっち。広大な屋敷の庭園で、私だけが孤独に取り残されている。私のお気に入りの場所は、この庭園の隅にある、誰も足を踏み入れない小さな一角。ここだけが、私にとっての安息の地だった。誰にも邪魔されることなく、誰にも恐れることなく、私は自由に魔力で遊ぶことができた。
「ねぇ、バラさん。今日は、空の星の光を、特別に見せてあげるね」
私は、手のひらから溢れ出す魔力を、空へと放った。すると、それは小さな光の粒となって、夜空の星のようにキラキラと瞬き始めた。それは、とても美しく、私だけの小さな宇宙だった。でも、この光を、私と一緒に見てくれる人は、誰もいなかった。
私の周りには、いつも誰もいない。父様と母様は、私が魔力を使うたびに、まるで何か恐ろしいものを見るかのように、悲しい顔をした。使用人たちは、私がそばを通るだけで、こそこそと耳打ちし、私から遠ざかっていく。まるで、私が疫病神であるかのように。なぜ? どうして? 私は、ただ、この魔力を使って、みんなを喜ばせたいだけなのに。私のこの力は、そんなに恐ろしいものなの?
「どうして…みんな、私と遊んでくれないの…?」
心の奥底から湧き上がる、抑えきれない悲しみが、魔力となって私の指先から溢れ出した。その魔力は、目の前のバラに降り注ぎ、瞬く間にバラは、血のように禍々しい赤色に染まり、不気味な形に変形してしまった。私は、そのおぞましい光景を見て、自分の力が生み出したものだという事実が、あまりにも怖くて、怖くて、声も出せずに泣き叫んだ。
その時、一人の少女が、私のそばに、迷いなく駆け寄ってくれた。私にとって、この世界でたった一人、唯一の理解者である、私の愛する妹、リリアだった。
「お姉ちゃんの魔法、とっても綺麗だよ! まるで、夜空の星みたい!」
リリアは、私の震える手を取り、太陽のような笑顔でそう言ってくれた。彼女だけは、私の魔力を美しいと言ってくれた。彼女だけが、私の心の傷を、そっと温かく包んでくれた。私たちは、二人でいる時だけ、心から笑うことができた。この孤独な屋敷の中で、リリアの存在だけが、私の唯一の光だった。
ある日、父様が私を厳格な面持ちで呼んだ。
「ルナ、お前はもう、二度と魔力を使うな。お前のその力は、この屋敷を、そして皆を、不幸にする呪われた力なのだから」
父様の言葉は、私の心を深く抉った。私はただ、父様や母様に、愛してほしいだけなのに。どうして、私の力は、私を不幸にするの? 私の存在そのものが、不幸なの?
「私は…私は、ただ、父様や母様に、愛してほしいだけなのに…っ!」
私の心の叫びは、父様の冷たい心には届かなかった。父様は、私の手を強く掴み、私の魔力を完全に封じ込めるための、特別な部屋に私を閉じ込めた。その部屋は、窓も何もなく、ただひたすらに暗く、孤独だった。
私は、その真っ暗な部屋の中で、身も心も凍りつくような孤独と恐怖に震えていた。その時、ドアの向こうから、聞き慣れた愛しい声が聞こえた。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ! 私が、お姉ちゃんを助けに行くから!」
リリアの声は、私の凍てついた心を、まるで太陽のように温めてくれた。私は、リリアに会いたい。リリアに、抱きしめてほしい。その一心で、私は、封じられたはずの魔力を、必死に絞り出した。どうにかして、この部屋から出なければ。私は、魔力を込めて、ドアを壊そうとした。しかし、私の魔力は、私を助けてくれなかった。
その時だった。部屋の外から、リリアの悲鳴が聞こえた。その悲痛な叫びに、私はいてもたってもいられなくなり、再び魔力を絞り出した。今度は、成功した。ドアは、轟音とともに弾け飛んだ。
目の前に広がっていたのは、信じがたい、悪夢のような光景だった。リリアが、私の制御できない魔力の暴走に、まるで飲み込まれるように、庭園の真ん中で倒れていた。彼女の周囲には、禍々しく変形したバラの花が咲き乱れていた。
「リリア…! リリア…っ!」
私は、リリアの名前を何度も叫んだ。しかし、リリアの体は、私が触れるたびに、冷たくなっていく。私の魔力が、リリアの愛しい命を奪ってしまった。私の…私が、たった一人の愛する妹を…!
その時、父様が、私を憎悪に満ちた瞳で睨みつけながら言った。
「お前が…お前が、リリアを殺したんだ…!」
私は、父様の言葉に、絶望した。この世界でたった一人、誰にも理解されずに生きてきた。そして、私を唯一愛してくれた、たった一人の愛する妹を、この手で奪ってしまった。私は、父様にも、誰にも、そして自分自身にも、二度と許されないのだと、悟った。それから、私は、誰にも心を許さなくなった。誰も、私のこの孤独を癒してくれない。誰も、私の心の奥底にある傷を理解してくれない。私は、この世界で、たった一人ぼっちなのだと、改めて知った。
(アキラ視点)
僕は、ルナの過去の記憶を追体験し、彼女が抱える孤独の深さを、心の底から理解することができた。彼女が背負ってきた心の傷は、僕が想像していたよりも遥かに深く、そして悲しいものだった。この記憶の中で、彼女がどれだけの絶望を経験してきたのかを、僕は痛いほど感じ取った。
そして、僕は、ルナの記憶の断片から抜け出し、再び現実の世界へと戻ってきた。洞窟の薄暗い光の中で、僕はルナと向き合っていた。彼女の瞳は、僕をはっきりと映し出し、その瞳からは、とめどなく涙が溢れ出していた。
「アキラ様…私、怖かった…っ」
僕が彼女の名前をそっと呼ぶと、ルナは迷うことなく僕に駆け寄り、僕の胸に顔を埋めた。彼女は、言葉がなくとも、僕が彼女の孤独を深く理解してくれたことを、本能的に感じ取ったのかもしれない。僕は、彼女の華奢な背中にそっと手を回し、まるで壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。
「もう大丈夫だ。君はもう、一人じゃない。僕が、そばにいる」
その瞬間、僕の頭の中のウィンドウに、新たな情報が表示される。
【ルナ・エルメシア】
【状態:安定】
【居場所:アキラのそば】
そして、クエストウィンドウは、次のステップを示していた。
【クエスト:ルナの心の闇を光に変えよ】
【達成条件:ルナに本当の愛を教える】
【報酬:…(現在ロック中)】
僕は、ルナの心の孤独を癒すことが、僕に課せられた使命であり、僕の役割なのだと、改めて心に誓った。そして、その先にこそ、僕が本当に望む未来が待っていると、僕は信じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。