第8話 交錯する光と影、海に眠る真実


僕は走り出した。ルナが残した「海の見える場所」という言葉だけが、僕の心を突き動かしていた。屋敷の裏手にある森を抜け、舗装された道をひたすら走る。道中、僕の頭の中で表示されるクエストウィンドウは、ルナの魔力の痕跡を感知し、時折、微かな光の粒子として僕の進むべき方向を示してくれた。しかし、その光は不安定で、まるで彼女の心が揺れ動いているかのようだった。僕の心臓がドクリと跳ねる。ルナは今、何を想っているんだろうか。再び孤独に囚われ、絶望しているのだろうか。

街を抜けると、潮の匂いが鼻をかすめた。海だ。僕は疲れも忘れ、さらに速度を上げた。視界が開け、水平線が見えた時、僕は息をのんだ。そこは、小さな岬の先端にある、寂れた灯台だった。打ち寄せる波の音だけが響く静かな場所。灯台の頂上から放たれる光が、闇を切り裂くように海を照らしていた。しかし、そこにルナの姿はなかった。


「ルナ…」


僕は灯台の周りを何度も探したが、彼女の痕跡はどこにもなかった。僕の頭の中のウィンドウに警告が表示される。

【警告:ルナ・エルメシアの魔力が不安定です】

ルナは、この場所にいた。いや、まだいるのかもしれない。僕が気づいていないだけで、彼女はすぐそばにいる。僕は再び灯台の周りを探し始めた。すると、灯台の裏手にある岩場に、血のような赤いバラの花びらが散っているのを見つけた。それは、彼女の魔力暴走が引き起こした痕跡だ。僕はその花びらを辿り、崖の下へと続く細い階段を見つけた。

階段を降りると、そこには小さな洞窟があった。洞窟の中はひんやりとしていて、波の音が響いている。洞窟の奥へと進むと、僕の視界に信じられない光景が飛び込んできた。

そこには、ルナが立っていた。しかし、僕の知るルナではなかった。彼女の周りには、無数の光の粒子が舞い、その粒子はまるで彼女を閉じ込める檻のように輝いていた。そして、彼女の瞳は、僕が初めて出会った時のような、感情のない、虚ろな光を宿していた。

「ルナ!」

僕が彼女の名前を叫ぶと、彼女はゆっくりと僕の方を向いた。そして、僕に気づくと、安心したような、しかし悲しげな微笑みを浮かべた。


「アキラ様…貴方は、私を探してくださったのですね…」


彼女の声は、か細く、今にも消えそうだった。僕はすぐにルナのもとへ駆け寄り、彼女に触れようとした。しかし、僕の手は、彼女の周りを包む光の檻に阻まれてしまう。


「ルナ…この光は、一体…」


僕がそう尋ねると、ルナは悲しげに微笑んだ。


「これは…私の呪いが生み出した、結界ですわ。私から溢れ出す魔力を、これ以上誰かを傷つけないように…閉じ込めているのですわ」


彼女の言葉に、僕は胸が締め付けられるような思いがした。彼女は、僕との関係を壊してしまうかもしれないという恐怖と、再び誰かを傷つけてしまうかもしれないという恐怖に苦しんでいたのだ。彼女が屋敷を飛び出したのは、僕を巻き込まないように、そして、これ以上孤独を深めないようにするためだったのだ。

その時、洞窟の入り口から、誰かが入ってくる気配がした。僕が振り返ると、そこに立っていたのは、あの「謎の護衛」だった。彼は僕たちを見るなり、警戒するように剣の柄に手をかけた。


「ルナ様…やはり、貴方はここに…」


彼は僕を睨みつけ、ルナに問いかけた。


「なぜ、このような場所で…彼は、一体…」


その男は、僕がルナを抱きかかえて走った時と同じ、敵意に満ちた目をしていた。しかし、彼の瞳の奥には、ルナを心配する、どこか悲しげな光も宿っていた。僕の頭の中のウィンドウが、彼を「謎の護衛:ルナの呪いを解くために同行する者」として認識していたが、彼の態度は、協力者というよりも敵対者のようだった。


「彼は…私の、大切な人ですわ」


ルナの言葉に、男は驚き、目を見開いた。


「ルナ様…彼は、貴方の心を惑わす者です…貴方の呪いは、彼の存在によって、より不安定になっています…」


彼の言葉に、僕は反論しようとしたが、ルナの言葉が僕を遮った。


「違います…私は、彼のおかげで、孤独では…なくなりました…」


ルナの言葉は、男の心を動かしたようだった。彼は剣から手を離し、僕に深々と頭を下げた。


「失礼いたしました…私は、ルナ様の護衛…貴方を、ルナ様の呪いを解く、唯一の希望だと認識しています…」


彼の言葉に、僕は驚きを隠せなかった。彼は、僕をルナの呪いを解くための希望だと認識している。しかし、なぜ?僕がこの世界に転移してきたことと、ルナの呪いに、一体どんな関係があるというのか。

そして、男は僕に、信じられない真実を告げた。


「ルナ様の呪いは、彼女が幼い頃から抱えていた、心の孤独が生み出したものです…そして…貴方が、この世界に転移してきた時…ルナ様の呪いは、一時的に…消えたのです…」


彼の言葉に、僕はゾッとした。僕がこの世界に転移してきたことと、ルナの呪いに、本当に何らかの関係があったのだ。


「ルナ様の呪いは、彼女が最も愛する存在…あるいは、最も憎む存在によって…増幅されることが

あります…」


男の言葉に、僕の頭の中で一つの答えが導き出される。ルナのヤンデレは、僕が彼女を愛しているということを、彼女が確信したが故に、さらに増幅されたものなのかもしれない。そして、その愛が、彼女の呪いをさらに強くし、魔力を暴走させているのかもしれない。


「ルナ様の呪いを解くためには、彼女が抱える心の孤独と向き合い、彼女の心の底にある闇を、光に変える必要があります…そして、その光は…貴方様しか、ルナ様に与えることができないのです…」


彼の言葉に、僕はルナへの感情が、純粋な同情や憐憫だけでなく、別の何かなのだと改めて確信した。それは、彼女を孤独から救いたいという、純粋な使命感なのか、それとも、僕自身の心の中に芽生え始めている、ルナへの愛情なのか。

そして、男は僕に一つの選択を迫った。


「ルナ様の呪いを解くためには、彼女が最も愛する…貴方様が、彼女の心の闇に、自ら触れる必要があります…それは、貴方様ご自身の心を、傷つけるかもしれません…」


僕の頭の中で、新たなクエストウィンドウが浮かび上がった。

【クエスト:ルナの心の闇に触れよ】

僕は、このクエストを達成するために、ルナの心の闇と向き合うことを決意した。そして、その先に、僕の求めるものが本当にあるのかどうかを、自分の目で確かめることにした。

僕が守るべきは、彼女の心か。それとも、僕の孤独からくる恐怖か。

僕の心の中で、二つの感情がぶつかり合う。しかし、僕はもう、迷わなかった。ルナの孤独を癒すことが、僕の役割だと、改めて心に誓った。そして、その先に、僕が本当に望む未来が待っていると信じていた。






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新作です。読んでくれると嬉しいです! 


「異世界で誰にも記憶されない美少女に懐かれた結果、俺の生活が甘々すぎる」

https://kakuyomu.jp/works/16818792440238297032

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