第14話神坂一家と熊谷一家全員集合・由岐枝による前世の解説・俊一郎父子の会話と教育
もう夕方だったので、晶子姉妹に対する説明は後回しにして、女性3人でわいわいやりながら食事の用意をして、7人で揃って食事をすることになりました。
面白かったのは、ジュニアは俊一郎と由岐枝の間に座り、由乃は母の由岐枝と晶子の間に、京一郎は晶子と圭子の間に座ったことでした。
京一郎は、変なことを言ったものの圭子が気に入ったようで、圭子もそんな彼に何となく母性本能をくすぐられるようなものを感じたので、晶子にからかわれていました。
食事を終え、子供たちを風呂に入れて寝かせると、大人だけで積もる話に花が咲きました。
俊一郎は、面白いことを言いました。
「何だか子供たちを見ていると、動物の原点に帰ったような気がしたよ。」
「どう言うこと。」
由岐枝が聞くと、彼少し寂しそうに答えた。
「種馬になった気分がしたんだ。」
大笑いになった後、圭子もからかいました。
「そうやね。父親はともすると無視されがちだし、ジュニアみたいに自分が知らないところに子供がいたりすると。」
「しかし、ジュニアには驚いたな。まさかショーカだったとは。一番の親友だったのに、私がこの手で殺してしまったショーカだったとは。」
晶子は説明を求めました。
「ねえ、私や圭子にもわけがわかるように説明してよ。」
俊一郎は、自分よりも記憶がはっきりしている由岐枝に説明させました。
「はるか昔、今ではアトランティスと呼ばれている国があった頃、私はレムリアという名の国の巫女だったの。私の名前はトゥーラ。白いライオンも一緒だった。ライオンの名もトゥーラ。私は自然現象を司る巫女だった。そしてシニア俊一郎は、国王であり、人々を司る大神官でもあったミド、私トゥーラの夫でもあった。彼にも白いライオンミドが付いていたわ。ジュニアは、軍と法を司る神官ショーカで、3人は親友だった。ショーカの妻は、ミドの妹モンだったのよ。でも、アトランティス大陸が大噴火で沈む大きな天変地異が起こったの。当時はアトランティスではなく、アストランと呼んでいたと思うけど。レムリアでは、大きな天変地異が起こると、自然の巫女は、生贄にされるしきたりだったの。でも、国王夫妻も大異変で亡くなって跡を継いで国王となったミドは、そんなことをしても意味は無いと掟を廃し、私が死ぬことを許さなかった。ショーカは、悩んだ末に私を殺しに来た。レムリア一の剣の使い手だったショーカは、ミドが私を守ろうとすることを知っていた。でも、彼のほうが自分よりも弱いと思っていたし、十数名の武装した部下を連れていたから、抵抗しないだろうと安心していたの。そんな彼らの前に立ちはだかったのは、素手のミドたった一人だった。ショーカの部下たちは、ミドに切りかかったけど、ミドは剣を紙一重で避けながら掌で胸を軽く突くだけで全員倒してしまったの。部下にミドの相手をさせている隙に、ショーカは私を殺そうとした。私は、ショーカに殺される積もりで首を突き出した。ところが、ショーカの部下たちを一瞬にして全員倒したミドは、私の首に向かって振り下ろされた彼の剣を、素手で砕いてしまったのよ。その時ミドは、ミドで無くなっていた。私を守る魔神に変わっていたの。私は『お願い、ショーカを殺さないで。』と叫んだけど遅かった。彼が左手を振ると、離れていたのにショーカの首が飛んだ。私は泣きながらショーカの首と体を生贄の湖に沈めたわ。ショーカの部下たちは心臓が止まっていたけど、私が手を当てると生き返ったの。その後もミドは、私を殺そうとした者は、情け容赦なく殺したわ。でも、彼は人々の心に感応する大神官なの。自分で殺した相手の恐怖、苦しみを全て自分でも味わうのよ。それがどんなに苦しいことだったか。彼の黒い髪は、大異変後の半年で真っ白に変わったのよ。私は、そんな彼を救ってあげたくて、最後は自ら生贄の湖に身を投げたの。白いライオントゥーラも、私と一緒に死んでくれたわ。私は、愛するミドのために死を選んだの。彼にはその心が伝わった。アストランが沈んだように、私を失う運命は変えられなかった。その後の彼は、素晴らしい国王になった。そんな歴史だったわ。」
晶子と圭子は、感動しながら聞いていました。
「凄いお話ね。だからジュニアはあんな悲鳴を上げたのね。そして、あなたも俊一郎さんも涙を流してジュニアに謝ったのね。でも、由岐枝さんにそんな能力があったなんて、全然わからなかったわ。」
由岐枝は、フランスでのことを話すことにしました。
「私のこの能力、フランスで目覚めたの。パリ行きの機内で、俊一郎さんから前世の話を聞いたのがきっかけだったかもしれないけど。私、レムリアで湖に身を投げたせいか、池とか湖とか大量の水の側に近寄ると何故かとても悲しい気分になったの。だから、シャンティーでも、お城の周りの堀の水が怖くて、一人だけ中に入らず別行動したのよ。でも、翌日二度目に行った時に、俊一郎さんに優しく導かれたの。そうすると、なんだか晴れ晴れとした気分になって、シャンティー城の堀もきれいだなって思えるようになったの。そしてその次の日、コンコルド広場の端でベンチに座って俊一郎さんと話をしている内にもっと思い出したの。身を投げた時のことも、進んで彼のために身を投げたことも。ところが、その時強盗に襲われたのよ。」
二人は知らなかったので、思わず聞き返しました。
「えっ、大丈夫だったの。」
俊一郎は、黙ったまま妻の由岐枝に続けるように促しました。
「ええ。俊一郎さん、ジュニアを殺した時の彼に変身したのよ。」
「えーっ、何それ。」
驚く二人に、由岐枝はその時の状況を説明しました。
「強盗はね、私を狙ったの。でも俊一郎さん、本能的に私をかばって強盗が私に振り下ろした棍棒を左腕で受け止めたのよ。そして、魔神のミドに変身して、強盗の顔に手刀を突き出したの。強盗が怖がってこけなかったら、両目つぶしてたわ。強盗がかけてたサングラスを粉々に砕いたんだから。顔ごと粉砕したかもしれなかった。それで、最後に掌で胸を突こうとしたの。その時、私思わず叫んでいたの。『ミドやめて、もう人を殺さないで。』と。この人、その時私が止めなかったら、その強盗を本当に殺したと思うわ。」
一瞬しーんとなった後、晶子は恐る恐る尋ねました。
「由岐枝さん、だからその夜のわたしの脅迫に応じたのね。俊一郎さんを貸してくれなきゃ殺すって言う。」
晶子は、その夜に俊一郎に抱かれたのですが、由岐枝に、俊一郎に抱いてもらえなければ彼を殺すと脅して許しを得ていたのです。
「そうよ。晶子さんは知らずに言ったんだろうけど、抱いてもらえなかったら俊一郎さんを殺すと言ったわよね。そして、代わりに自分が殺されるだろうとも。私、直前にこの事件を見ていたから、本当にその通りになると危ぶんだの。だから、許したのよ。この人無意識の行動が一番恐ろしいから。」
俊一郎は、あの時そんなやり取りがあったことを初めて知りました。
「なんだ、あの夜そんなやりとりがあったんだ。」
「そうだったのよ。」
晶子は、そんなことがあったとは知らずに由岐枝を脅したのですが、今考えると冷や汗ものだったので謝りました。
「由岐枝さんには無茶言ってごめんなさい。それに、本当にできちゃって。」
でも、ジュニアには罪は無いし、晶子の気持ちもよくわかりましたから、由岐枝は彼女を非難する気はありませんでした。
「ううん、私も晶子さんの気持ちよくわかるもん、それはいいのよ。」
その時、ようやく俊一郎が口を開きました。
「しかし、それで生まれたのがショーカのジュニアだとは、これもとても偶然とは思えないな。」
圭子も、正直に話しました。
「私、晶子が夜這いしに行ったの全然知らへんかったわ。行ったっきり帰ってきいひんかったから心配はしてたけど。それに、まさかこの堅物が晶子を抱いたなんて、今でも信じられへん。」
由岐枝は、その時思っていたことを、正直に話すことにしました。
「あの時、私、晶子さんが圭子さんだと思っていたじゃない。」
「そうだったわね。ツアー出発の時から入れ替わっていたものね。」
「正直に話すと、あなたが圭子さんだと思ってたから、すんなり許したのよ。」
由岐枝が何故そう思ったのか、晶子は尋ねました。
「あれ、じゃあ私が晶子だって知っていたらどうしたの。」
由岐枝は、自分の複雑な気持ちを正直に話しました。
「私、あなたのお母さんから、圭子さんの御乱行のこと聞いていたし、俊一郎さんには散々迷惑かけていたようだったから、まっ、その見返りに一度ぐらい彼が抱いてもいいかって思っちゃったの。晶子さんだと知っていたら、複雑だわ。あなた、私と同じで処女だったんでしょう。」
晶子は、うなずきました。
「だったら、素直に許せなかっただろうし、猛烈に嫉妬したと思うわ。それでなくても、あの夜、あなたを抱いた後の俊一郎さんに、異常に求めてしまったんですもの。」
晶子は、驚きました。
「えーっ、私と4回もした後、まだできたの。」
俊一郎は、笑い出しましたが、圭子は、呆れました。
「何やのそれ。あんた、そんなに精力絶倫やったの。」
俊一郎、苦笑しながらうなずきました。
「うん。自分でも知らなかったけど、精力絶倫なのかもね。でも、二人とも魅力的だったからだな、きっと。」
圭子は、自分だけ抱いてもらえなかったことが今になって悔しくなりました。
「私、青木さんの後はご乱行やってへんのよ。でも、そんなに強いなら、一度ぐらい誘惑しといたらよかったわ。」
それで由岐枝は、シャンティーのことを思い出しました。
「あっ、そうだ。シャンティーで、私に御乱行を働いたの誰。」
圭子が、正直に答えました。
「えへっ、私や。」
「もう、今晩お仕置きよ。」
しかし、圭子の方が一枚上手でした。
「きゃっ、やってやって。気持ちよさそうやん。」
切り替えされて、由岐枝の方が真っ赤になりました。
「あーら、まだ感じやすそうやね。」
晶子にも言われて、由岐枝は夫に寄り添ったので、俊一郎が気遣って頼みました。
「お腹の子に障ると良くないから、余り刺激しないでくれ。確かに凄く感度いいから。」
「もう、俊一郎さんまで。」
皆笑いましたが、圭子は半分本気で言いました。
「私、俊一郎さんが、そんなにセックス上手やって知ってたら、一度ぐらいやりたかったわ。」
俊一郎は、由岐枝がびくっとしたのがわかったので、うまく言い返しました。
「たまたま二人との相性がよかったんだろう。二人しか知らないんだから、上手か下手かなんてわからないし。」
由岐枝と晶子も、顔を見合わせました。
「そうね。私たちも俊一郎さんしか知らないし。」
「それよりも、晶子さんも親子の対面も済んだだろうし、二人ともまだ若いんだし、いい相手探したらどうだい。」
圭子も、そのことは考えていました。
「そやね。何と言っても、私まだ子供生んでへんし、まだまだ若いし、考えようかな。」
由岐枝は、晶子も考えるべきだと思いました。
「晶子さん、あなたもよ。いざとなったらジュニアは引き取るから。」
言ってしまった後、よかったのかしらと思って夫の顔を見上げると、彼もうなずいた。
「それはかまわない。由岐枝は、少し大変だが。」
由岐枝、夫は余り表情は変えないものの、やってもいいけど、本当にやったら結構大変だと思っていることはわかりました。
しかし、晶子は、きっぱり断りました。
「私、6年間圭子に母親任せてみて、やっぱり自分の子供が大切だと思ったの。だからジュニアを、たとえ由岐枝さんでも、他の人には預けたくないし、ジュニアを含めて全てを受け入れてくれる人が出てこない限り、結婚もしないわ。」
「出てきたらどうすんねん。」
圭子は、晶子は子持ちながら自分より清楚な感じの美人だし、その気になればいくらでも口はあるから、意地悪く聞いてみました。
すると、晶子はそれ以上突っ込まれると思っていなかったらしく、困惑しました。
「うーん、とってもいい人だったら考えるわ。」
「いい人って、どんな人。」
なおも圭子が突っ込むので、晶子面倒くさくなってこう答えました。
「俊一郎さんよりいい人。」
すると、今度は由岐枝が突っ込みました。
「やっぱり比較しちゃうでしょ。初めての人と。」
晶子は、正直に思ったままを答えました。
「うん。その上よかったから余計ね。なかなか俊一郎さん以上は考えられないわ。」
答えた後で、晶子も彼しか知らないので顔を赤らめました。
「確かにそうやね。無意識の内に比較してるわ。」
圭子まで言うので、由岐枝は、彼女が俊一郎を振ってまで選んだ初めての人のことを知りたくなった。
「圭子さんのはじめての人って、どんな人だったの。」
「そうやね、同じエリートでも、俊一郎さんとは好対照やったわ。」
圭子は苦笑していましたが、圭子の相手の先輩のことを良く知っている俊一郎も付け加えた。
「結構いい男だったし、とてもいい人でもあったんだけどね。」
「そう。俊一郎さんよりも背が高くて、顔も悪くは無くていい人やったんやけど、この人とは、えらい違いやったの。」
「どんな風に。」
由岐枝と晶子は、彼女の相手に興味を覚えました。
「俊一郎さんって、自分じゃああせいこうせいって言わへんでしょ、由岐枝さん。」
「そうね、婉曲に、私がそうするように持っていくわね。」
圭子も、知っているから少し皮肉りました。
「それが、小憎らしいんやけど。」
俊一郎は苦笑し、3人は笑いました。
「私の相手の青木さんはね、自分でここに行きたいとか、こうしたいとか、ずばりと言ってくれたんよ。」
「じゃあ、それなりに幸せだったんじゃないの。」
由岐枝に言われて、圭子はうなずきました。
「そうね。それも一つの幸せだったんだけど、やることやってしまってから、おかしくなったの。あっ、そうや。由岐枝さんに聞きたかったの。この人とやっちゃって、その後どうだった。」
由岐枝は、思い出すと恥ずかしくなって赤くなった。
「そうね、本当に初めてだったらどうなっていたかわからなかったんだけど、圭子さんのお陰でセックスの快感知らされた後だったからか、とても良かったの。それで、パリじゃ毎日求めてしまったわ。」
晶子は、意外でした。
「おやおや、それは意外ね。感度が良さそうなのはわかったけど、いかにも純情可憐な乙女だったあなたが。」
圭子は、それよりも、彼女がどうやって俊一郎に迫ったかの方が気になった。
「由岐枝さん、どんな風にこの人に迫ったの。私、それが一番知りたいわ。」
由岐枝は、真っ赤になりながらも自分から話すことにした。
「シャンティーで、圭子さんたちに散々いじめられたじゃないの。」
晶子も、由岐枝には魅力を感じていた。
「圭子がやりまくったんやけど、私も、あなたには欲望感じたわ。感じやすいし、素晴らしいプロポーションだし、漏らす声も絶品だったし、男が女をレイプしたくなる心理がわかったわ。」
「もう、しょうも無いこと言って。それで、失神するまで弄ばれてしまったじゃないの。」
「そうだったわね。やった私もいったわよ。」
「見ていた私も、行きそうになったわ。」
晶子も、由岐枝の痴態には本当に感じたのです。
「もう、晶子さんまで。」
「いや、それだけ、由岐枝さん魅力的だったわよ。処女であそこまでいけるなんて。」
「もう。感じさせないで。それで、お母様と合流してパリに帰ったじゃないの。」
ツアー―の二人と園子の3人と4人で来ていましたから、一緒にパリに帰るしかありません。
「当然よね。」
「私は、ほんとにショックだったのよ。あんなことされたの初めてだったし。でも、あなた達のお母さんと、ツアーの二人が同行していたから、あの後ばれないように必死に隠して何とかパリまで帰って来たんだけど、俊一郎さんふたりだけになった途端プッツンしちゃったの。」
「プッツンしてどうなったの。」
圭子が笑っているので、晶子が聞きました。
「パリに戻って、お母さんと二人でホテルの彼の部屋に、パリで調査した首尾を聞きに行ったの。でも、お母さん、私に何かあったことは気づいていたらしく、素直に彼に甘えなさいって言って、私達を二人だけにしたの。その途端プッツンして、彼をベッドに押し倒して胸で大泣きに泣いたの。で、その内また思い出されて気持ち良くなって来て、彼から同じ快感を得ないと我慢できなくなって、自分から裸になって頼んだの。抱いてって。」
二人が唾を飲み込んだのがわかったので、俊一郎は笑いました。
「それで、流石の神坂俊一郎もあっけなく陥落したのね。」
圭子がからかうと、俊一郎は真面目に答えました。
「あの状況では、やるのが最善と思ったからしただけだよ。」
「嘘でしょ。由岐枝さんの裸見たら、逃げられへんかったんでしょうが。」
圭子が聞くと、俊一郎も認めました。
「それも事実だ。しかし、見事なお膳立てだったよ。圭子さんには感謝せねば。」
圭子も、正直に白状することにしました。
「私たち、最初シャンティーの近くに落ち着こうかと考えて二人で下見に行ったんよ。でも、由岐枝さんがやってきたし、俊一郎さんだけ別行動で鬼もおらんし、ちょっと脅してやろうかな、と思ったんやけど、母が一緒だったから、手出せへんやない。ところが、なぜか一人だけになって私たちの方にのこのこやってくるんやもん。飛んで火にいる夏の虫ってこのことよ。最初は脅すだけの積もりやったんやけど、由岐枝さんの体見たらついむらむらと来て、触ってみたら見事に反応するし、思いきりやっちゃった。感じてくれて嬉しかったわ。私までいっちゃったもん。」
今度は、真っ赤になっている由岐枝を抱きながら、俊一郎が唾を飲み込む番だった。
「でも私、もしあの時俊一郎さんに抱いてもらえなかったら、本当に変になってたかもしれないし、この人を恨んだかもしれないわ。もし拒否されてたら、発作的にセーヌ川に飛び込んで死んでたかも知れないわ。」
「えーっ、そんなことまで考えたの。」
晶子は心配しましたが、圭子はすかさず付け加えました。
「そう。私はそれを狙ったのよ。」
しかし、晶子はでまかせを言っていることが丸わかりだったので、晶子はからかいました。
「嘘おっしゃい。単にノリだけでやっちゃったくせに。」
「あら、わかった。」
3人が笑うと、晶子はさらにばらしました。
「私、はらはらしたわよ。脅すだけのはずがエスカレートするんですもの。人が来たらどうしようかって、気が気じゃなかったわよ。」
「えーっ、そのままあそこで服脱がされてやられたの、私。」
由岐枝もそうではないかと思ってはいましたが、あの場でテーブルにはりつけにされて、ほとんど裸にされて、そんな状況でいたずらされたかと思うと、またおぞましい快感が甦ってきて当惑し、俊一郎に強くしがみつきました。
「そう。木のテーブルの上にシートを敷いて、由岐枝さんの両手両足をテーブルの脚に縛って弄んだわけ。」
また俊一郎が生唾を飲んだようなので、圭子は笑いました。
「もう、俊一郎さん何か言ってよ。」
妻に促されて、彼は正直に言いました。
「うん。私もやりたかった。」
「もう、何てこと言うのよ。」
二人のやりとりに、晶子と圭子は大笑いしました。
「でも、パリでは毎晩求めたって言うけど、帰ってきてから寂しくなかったの。」
晶子は、彼に抱かれた後、思い出すだけで寂しくて、自分で慰めたり、圭子と抱き合って寝たりして紛らしていたので、由岐枝がどうだったのか興味がありました。
すると、由岐枝が眉間に皺を寄せて、難しい顔をしました。
「そう。とても寂しかったわ。胸が張り裂けそうってあんな感じなのかしら。俊一郎さん、成田の私のアパートに1日だけ居てくれたんだけど、そのまま同棲するわけにはいかなかったから、別れて一人だけになったら、もうたまらなかった。」
実は由岐枝、それで俊一郎に会えない時は自分で慰める癖がついてしまった上に、圭子にされたことを思い出したのか、会社の後輩の女の子とも慰め合ったりしてしまったのですが、そのことは恥ずかしいから言いませんでした。
「俊一郎さんは。」
晶子は、男性の反応も知りたくて聞いてみました。
「そうだね。確かに寂しかったが、男性は割り切りが良くてね。そのことばかりは考えないものだな。夜になると、あっ、今どうしてるかな、とは思ったけど、思うと電話が来るから面白かった。」
「そう、心が通じていたのね、二人は。」
二人ののろけ話になってきたので、圭子は、自分の経験を話すことにしました。
「あたしん時は、直ぐ近くにいたもんやから、ついつい会って、会うとやっちゃうようになって、その時はええんやけど、終わった後自己嫌悪に陥るんよ。で、男の人って終わっちゃうと冷たいやん。体目当てでしかないのかと、腹立って喧嘩よ。」
しかし、由岐枝も晶子も、俊一郎は終わった後もしばらく優しく抱いてくれていましたから、その辺の感覚がわかりませんでした。
「え、そんなものなの。俊一郎さんは、終わった後も優しく抱いていてくれたわよね。由岐枝さんにもそうだったでしょ。」
「ええ。場合によってはそのまま一晩中抱いていてくれるわ。」
圭子は、白状して惨めになった気分だった。
「あーあ、それはようござんしたわね。でもね、終わったあとまで優しくしてくれるんは、余程大切に思ってくれてる人だけやと思うわ。男なんて、大抵やっちまえばおしまいなんやから。」
「へえ、そうなの。」
二人とも彼しか知らないので、よくわかりませんでした。
「確かに、男性はその傾向がある。私は、感謝を込めて、やった後のスキンシップも大切にしているが。」
俊一郎は、8歳の時に読んだ戦前のアメリカのセックスハウツー本に、後戯の大切さも書かれていましたから、それを参考にして、自分なりに実践しただけだったのです。
「幸せだったわね、二人とも。こんな変人に愛されて。」
皮肉を込めて圭子がからかうと、俊一郎に逆襲されました。
「しかし、圭子さん。二人だけの時ならともかく、公衆の面前でまで痴話喧嘩したのはいただけなかったよ。」
晶子は、その辺の事情は全く知りませんでしたから、驚きました。
「えっ、圭子、人前でも痴話喧嘩したの。」
由岐枝も、呆れていました。
「それは、やり過ぎよ。」
圭子は、開き直って言い返しました。
「そうよ。やり過ぎ、やりまくり。でも、俊一郎さんがいてくれたからまだ良かったかな。」
「どんな風に。」
晶子は、彼がどうしたのか興味があったから確かめました。
「見事に無視しただけだよ。我が西都大は、君子の交わりは水の如しをモットーとしているし、セックスゴシップにはかかわらないというか、どっちかって言えば、夫婦喧嘩は犬も食わないに近かったからね。」
圭子との関係が気になっていた由岐枝は、夫の言葉に吹き出しましたが、確かに彼は、世間一般の人と違って、他人のゴシップは全く無視するところがあったのです。
友人も、来れば歓迎はしますが、自分から出かけたり、招いたりはしないのです。
「そうやったんよ。でも、俊一郎さんが無視してくれて助かったわ。この人、私の後見人のように見られてたから、他の人たちも『相談に乗ろうか。』とか親切ごかしに人のプライバシーに踏み込んできいひんかったから。」
圭子の言葉で、初めて成田で会った時に、俊一郎が圭子との関係について、『一番の友人ではあるが、それ以上でも以下でもない。』と言ったことが思い出されました。
つまり、周囲も俊一郎が圭子の一番の友人と認めていたからこそ、彼女に余計な口出しをしなかったのです。
「それで喧嘩ばっかししている内に、私段々荒れてきて、セックスも快感だけ求めてるみたいになったんよ。すると、彼の方がプッツンしちゃった。」
由岐枝は、その後のことは俊一郎から聞いていましたが、晶子は余り詳しく聞いていなかったので知りたがった。
「で、どうなったの。」
「私に、無理心中をしかけて、失敗してちょん。」
「凄まじい別れかたね。」
晶子は呆れましたが、圭子はさばさばしていました。
「あっさり切れてよかったのよ。お互いに。」
しかし、名古屋女子短大卒の晶子は、その後が不思議でした。
「あら、圭子には俊一郎さんの他に友達いなかったの。いや、青木さんと別れた後も、俊一郎さんと友達で射られたの。」
「そうよ。男は、考えて見ればまともに付き合ったの神坂さんと、その青木さんだけだったし、女の友情あてにならへんもん。対等でいないと、どうなるかわからへんとこあるし。それなら神坂さんみたいに、一見冷たそうでも、いざと言う時頼りになる方がよっぽどええわ。」
本人は、ぼそっと付け加えました。
「まさか、パリにまで出張する羽目になるとは思ってもいなかったけどね。」
圭子も、逆襲しました。
「よかったやん。由岐枝さんと結ばれたんやから。」
「うん。そのことは感謝感謝だ。」
由岐枝は、夫の人付き合いが悪いことを話しました。
「でも、この人異常なほど人付き合い悪いわよ。」
しかし、圭子にとっては、当然のことのようでした。
「あら、西都大生ってそんな感じよ。割とどんな人とでも付き合う反面、お互いのプライバシーには絶対踏み込ませないとこあるから。」
晶子には、そんな友人関係は驚きでしたが、その考えには好意を持ちました。
「結局、その方が居心地いいんでしょうね。」
「まあ、妻の私としては、この人酒も飲まないし、タバコも小学生でやめたって言うし、交際費が限りなくゼロに近いのは嬉しいけど。そして、その分家庭を大切にしてくれることも。」
由岐枝も、見かけは如何にも社交的に見えるのですが、人と付き合うのは好きではなかったので、夫のこんなところは好ましい限りだったのです。
でも、何故か今日は余り元気が無いように思えて心配になりました。
「あれ、あなた今日余りしゃべらないのね。疲れたのかしら。」
すると、俊一郎は苦笑しながらその理由を話しました。
「いいや、女3人寄れば何とかだから、これで私までしゃべったら大変だと思ったからね。」
「あら、言ってくれるわね。ところで、ジュニアとの感動の初対面は如何でしたか。」
圭子は、これは聞かねばと思っていました。
「そう。自分の昔を見る思いがした。京一郎より頭は良さそうだし、勉強の方は期待してるよ。」
すると、由岐枝が夫のわき腹をつねった。
「いてて、何をする。」
「悪うござんしたね。家の子供達は、半分私の遺伝子で、私の頭ですからね。」
いじける妻に彼は言い訳しました。
「そう言う意味ではない。人には向き不向きがある。京一郎と由乃にはまた違った良さが有る。」
圭子も、それは感じていました。
「そうね、あの男の子、きっと凄いハンサムになるわ。女の子も美人になりそうだし、それでいて包容力もありそうだし。何が幸福かは、わからないわよ。」
すると、俊一郎は反対のことを言い出しました。
「実は、京一郎は、それを今から心配している。ところで、ジュニアは何月何日生まれだ。」
何故心配しているのかはわかりませんでしたが、晶子はジュニアの誕生日を答えました。
「4月16日よ。」
「そうか。じゃあ、今度占って見よう。詳しい誕生場所と時間も教えてくれ。」
「富山市で、朝の10時半頃だったわ。」
圭子は、彼がまた占うと聞いて不思議に思いました。
「あれ、俊一郎さん、また占いするようになったの。私で懲りたって言ってたくせに。」
すると、彼は軽く受け流しました。
「あれは、私のミスだ。もっと君の性格まで考えてから、結果を伝えるべきだった。」
「何それ。」
晶子は、彼の言わんとしていることがわかったので、笑いながら圭子に話しました。
「つまりね、あんた天邪鬼だから、俊一郎さんは、結果そのものずばりをまともに言ってしまったのが大きなミスで、よくよく考えて、オブラートに包むように言ったらよかったと思ってるのよ。」
「なるほど。」
由岐枝が、彼女に代わって相槌を打ったので、圭子は絡みました。
「由岐枝さんが感心してどうすんのよ、私のことで。」
「いや、双子はよくお互いのことわかってるのね、と感心したのよ。」
由岐枝も負けてはいませんでしたから、圭子は、俊一郎に聞いてみました。
「俊一郎さん、由岐枝さんにだまされたって思うことない。」
「ふむ。少しはある。」
「あら、何かしら。」
言いながら、由岐枝は夫の腕に噛み付いたので、晶子姉妹は大笑いしました。
「でもね、妻ではなく母となると、強くならないといけないんだよ。あれ、この言葉誰かに言ったな。」
言った本人が忘れているので、由岐枝が、代わりに答えました。
「パリで、お二人のお母様の斉藤園子さんにあなたが説教した時に、お話ししたのではございませんでしたか。」
「あっ、そうか。道理で名文句だと思った。」
俊一郎の言葉に二人は笑ったが、由岐枝は呆れました。
「時々、この自信過剰なところが気に障るのよね。」
すると、二人は余計に笑い出しました。
夜は、子供たちは晶子姉妹と一つの部屋に、俊一郎夫妻が別室で寝ることになったのですが、由岐枝は昔が思い出されて、二人きりになると、つい彼を求めたくなりました。
「ねえ、寝たの。」
声をかけると、彼も寝付かれない様でした。
「いいや、何となく寝付かれなくて。」
「抱いてくださらない。」
妻に単刀直入に言われて驚いた俊一郎でしたが、聞き返しました。
「体は大丈夫かい。それに、晶子さんたちに聞こえないかな。」
「ううん、大丈夫と思うし、私上になって声出さないように軽くするから、お願い。」
俊一郎も昔を思い出したので、応じました。
「じゃあ、おいで。」
二人はパジャマの下だけを脱ぎ、由岐枝はその気になって十分潤っていましたから、すばやく交わりました。
しかし、声を出さないようにしていると、却って感じてしまい、由岐枝は夫にキスして声を出さないようにしました。
そして、あっという間にエクスタシーに達して、久々の快感をむさぼると、疲れてそのまま眠ってしまいました。
由岐枝が眠ってしまったので、俊一郎はそっと起き出して、子供たちの様子を見に行くことにしました。
そっと見に行くと、晶子と圭子はまだこそこそ何か話していたので、ふすまのそとから声をかけました。
「誰だ、こんな夜遅くまで起きている悪い子は。」
すると、くすくす笑い声がして、ふすまが開きました。
子供達がぐっすり眠っているのを確認して俊一郎が帰ろうとすると、晶子がすねたように声をかけました。
「私眠れないの。側に来てくださる。」
俊一郎が枕元に来て添い寝しつつ彼女の頭をなでると、晶子は、彼に抱き付いてキスをしました。
必死の様子だったので、彼も仕方がないかなと応じましたが、離れるとそれ以上にならないように釘を刺しました。
「やっぱり悪い子だ。」
晶子は、真剣に頼みました。
「私、どうにかなりそうよ。忘れていたのにあなたの顔を見るとあのときのことを思い出して、体が疼いてしまって。どうしたらいいの、抱いてくださらない。」
俊一郎は、晶子を優しく抱いて背中をさすりながらささやきました。
「私は君の相手じゃないよ。間違えちゃいけない。」
晶子は、彼が挑発に乗ってくれないのでがっかりしました。
すると、今度は圭子が頼みました。
「私にもキスぐらいしてよ。」
「だーめ。」
「あっ、ずるい。晶子にはしたくせに。」
「あれはしたんじゃないの、されたの。」
「じゃあ、私もしちゃう。」
そう言うと、圭子は晶子に添い寝していた俊一郎に馬乗りになり、初めて彼にキスをしました。
俊一郎も、これぐらいはいいか、と応じたのですが、むさぼるようにキスした後、圭子はトロンとした目で意外だったことを正直に白状しました。
「キスってこんなによかったのね。」
晶子は、くすくす笑いながら圭子を彼から引き離すと、二人で抱き合いました。
「はいはい、人のもの取っちゃだめよ。私が慰めたげるから。」
「私は失礼するよ。子供たちをよろしくね。」
このままいると危ないので俊一郎が出て行こうとすると、晶子は少し悲しそうに言いました。
「そうね、残念だけど、そのほうが良さそうね。他を探すわ。」
「そうそう。女同士もいいんだろうけど、まだ若いし美人姉妹のまま年取る手はないよ。」
圭子にも声をかけると、彼女も悲しそうに微笑みました。
「そうなの。その手の誘いは一杯あるから、本気で考えてみようかしら。」
年頃の美人姉妹なのですから、その手の誘いを断るのには困っていたのです。
「あ、圭子逃げるの。」
「あんたもよ。大体、その手の話は、晶子の方が多いのよ。」
子持ちなのに、晶子の方が清楚な雰囲気のためか、縁談申し込み数は多かったのです。
しかし、彼女は強硬に断っていたので、圭子も最近は話が来ても晶子に知らせずに断っていたのでした。
「あらそうなの。じゃあ、私も考えようかしら。」
「何よ、その態度。今まで散々薦めても全部断ったくせに。」
姉妹喧嘩になりそうなので、俊一郎がなだめました。
「まあまあ、声がかかる内が花。花の内に楽しみなさい。では失礼。」
俊一郎は、由岐枝のところに戻って、彼女がぐっすり眠っていたのでほっとしました。
夜中にふと気付くと、ジュニアが彼の枕元に座っていたので、彼は声をかけて自分の布団に入れて添い寝しました。
すると、ジュニアは奇妙なことを言い出しました。
「お父さん、梨花さんを取り上げてごめんなさい。」
陰陽師安部正道の時のことを思い出した俊一郎は、ジュニアが、何と由岐枝の前世だった妻を寝とって自分を殺した不肖の弟子、播磨道摩であることを悟りました。
「何だ、お前は、道摩か。」
「そうなの。思い出しちゃった。」
「世の中狭いな。」
由岐枝との縁も凄いと思ったが、ジュニアとの深い縁も意外でした。
「そうなの。戦争の時も、お父さん僕を助けてくれた。だから、僕一人だけ帰って来れたんだよ。」
ジュニアは、戦時中にも西都帝国大学在学中に学徒動員された父に、フィリピンの戦場で助けられ、自分一人だけが日本に帰って来れたことを覚えていました。
余りエスカレートすると危ないので、俊一郎は息子を止めることにしました。
「もうやめようね、俊一郎。お前は、過去に囚われてはいけない。過去は、歴史として未来に生かすことだけを考えよう。熊谷俊一郎のお前は、西都大に行って、幸せな人生送ることだけを考えるんだ。」
「うん、わかった。」
「じゃあ、お父さんと寝よう。」
「わーい、嬉しいな。」
ジュニアは、喜んで父に抱かれて眠りました。
明け方息子がいないことに気付いた晶子は、焦ってトイレや他の部屋を探した後、俊一郎夫妻の寝室を覗きました。
父親に抱かれて眠っている息子を見つけてほっとしたものの、晶子は、息子に嫉妬している自分に気付き、戸惑いました。
すると、由岐枝が気付いて声をかけました。
「やっぱり親子ね。こうして見ると、よく似てるわね。でも、何時来たのかしら。」
「由岐枝さんも、気付かなかったの。」
「ええ。ぐっすり眠っていたから。」
しかし、彼に抱かれたことを思い出し、由岐枝は顔を赤らめた。
「私も一緒に居ていいかしら。」
晶子は、由岐枝に甘えてみたくなりました。
「いいわよ。お腹が少しじゃまになるけどどうぞ。」
晶子は、由岐枝と寄り添って寝ると、不思議に心が安らぎ、落ち着いたのです。
「私も、由岐枝さんと何か因縁があるのかしら。」
「どうして。」
「何だか、とても落ち着くの。」
「そうかも知れないわね。俊一郎さんのミドはね、私を失ってから2人の妃を迎えたのよ。その一人だったのかもしれないわね。」
「そうだったの。俊一郎さん、昔ももてたのね。」
「そうね。」
そのまま二人は、抱き合って眠ってしまいました。
圭子は、朝目覚めて仰天しました。
晶子もジュニアもいない代わりに、神坂家の子供二人が彼女の布団に潜り込んでおり、京一郎に至っては、彼女の胸に吸いついていたのです。
しかし、子供の顔を見ている内に、圭子は奇妙な快感が生まれてくるのを感じました。
俊一郎には、優しさが足らないから一人で生きていけ、とくそみそに言われたこともあったのですが、ジュニアを育てることにも快感を覚えましたし、自分にも母性本能はあることを実感していました。
そして、縁談を本気で考えて見る決心をしました。
朝食の時、圭子は京一郎に胸に吸いつかれた話をすると、大人達は大笑いになりました。
由岐枝は、息子を抱き寄せると優しく聞いてみた。
「圭子お姉さんのおっぱい、おいしかったの。」
すると、彼はにこにこしながら言いました。
「お母さんと間違えちゃった。でも、圭子お姉さんお腹小さかったから、引っ付きやすかった。」
大笑いの後、晶子が聞きました。
「お母さんと圭子お姉さん、どっちがおっぱい大きかった。」
「お母さん。」
また爆笑になりましたが、圭子は胸を張って宣言しました。
「今に見てなさい。私、いい女になって、結婚して、子供産んでやる。」
すると、京一郎が、無邪気に聞きました。
「いい女にならないと、結婚できないの。」
笑う俊一郎とぎょっとする圭子に代わって、晶子が答えました。
「ううん、そんなことはないんだけど、いい女にならないと、君のお父さんみたいにいい人とは結婚できないのよ。」
京一郎は、なおも聞きました。
「いい女ってなあに。」
俊一郎はまだ笑っていたので、晶子がまた答えました。
「そうね、君のお母さんみたいに、美人で、スタイルも良くて、気立ても良くて可愛い人のことよ。」
すると、京一郎もうなずきました。
「ふーん。じゃあ、僕も、いい女がいい。」
また爆笑の後、圭子が聞きました。
「圭子お姉ちゃんも、いい女でしょう。」
「うん。僕は、圭子お姉ちゃんみたいに小さくて可愛い人の方がいい。」
「あら、お上手ね。」
晶子がからかうと、由岐枝は、真顔で答えました。
「そうなのよ。この子、年上の女の母性をくすぐるの天才的にうまいのよ。おばあちゃんの所に行くって言うとね、お庭のお花を切ったり、自分でお花を買ってプレゼントしたりするの。」
「末恐ろしいガキね。」
圭子が言うと、逆に由岐枝がからかいました。
「圭子さん、気を付けないとこの子に貢ぐことになるかもよ。」
圭子そんなものかな、と思って京一郎の顔を見ると、彼はにこっと微笑みました。
すると、確かに心というか、子宮というかにずきっとするものがありましたから、彼女納得しました。
「確かにそうね。この子ににこっとされて、『僕これ欲しいんだけど』何て言われたら、ほいほい貢いでしまいそうね。もしかしたら、俊一郎さんこの子のこと何か予言したの。」
俊一郎は浮かない顔でしたから、由岐枝が代わりに教えました。
「凄いのよ。女を次々に変えるんですって。」
「ひえい、プレーボーイね。」
圭子が驚くと、由岐枝は更に続けました。
「その上、相手には恨まれないのが特技なんですって。」
「じゃあ、ジゴロやないの。」
「でも、結局は美人の奥さんの尻に敷かれるって。」
「ふーん、じゃあ、お母さんみたいな奥さんもらうのかな。」
晶子がからかうと、由岐枝は抗議しました。
「言っておくけど、この人おとなしそうにしてるけど、結局私のほうが操り人形かお釈迦様の手の上の孫悟空なのよ。」
「賢いと言ってくれ。」
彼がぼそっと答えると、由岐枝は彼の肩に噛み付きました。
京一郎は、面白そうに聞きました。
「ねえ、お母さん。お父さんに噛み付くとおいしいの。」
すると、ジュニアが大人達を唖然とする答えを出しました。
「ううん、違うんだよ。君のお母さんの場合、噛み付くことが愛情表現の一つなんだよ。」
大人達が黙っている内に、京一郎は聞き返しました。
「愛情表現って。」
「その人のことを、とっても好きって言うしるしなんだよ。」
「じゃあ、女を次々変えるって、どう言うこと。」
「それはきっと、セックスしては他の人にどんどん乗りかえるってことじゃないかな。」
「俊一郎、そんなこと言うもんじゃないの。」
晶子は、思わず大きな声で叱ってしまったのですが、父の俊一郎の方が、逆に感心してジュニアに聞きました。
「ジュニア、そんなこと、どこで覚えたんだい。」
「家庭の医学大辞典とか、晶子お母さんが読んでいた医学書とか、圭子お母さんが読んでた週刊誌とかかな。」
呆気に取られている二人の母親と由岐枝を尻目に、俊一郎は誉めました。
「ふーん、お父さんより凄いな。お父さん、その辺は小学校4年まで知らなかったよ。ジュニアは偉い。」
ジュニアは、無邪気に喜びましたが、晶子は、小学4年生で全て理解している俊一郎が恐ろしいと思いました。
「わーい、お父さんに勝った。」
晶子は、はっと気付いて、俊一郎を問い詰めました。
「俊一郎さん、ジュニアを喜ばせてどうするのよ。知識は確かに凄いけど、こんなこと他人の前で言われたら、笑えないわよ。」
すると、逆に由岐枝はくすくす笑い出し、圭子もつられて笑い出しました。
心配する晶子に、俊一郎は苦笑しながらジュニアを納得させることにした。
「はいはい、では、ジュニアをうまく収めてみよう。ジュニア、セックスってわかるね。」
「うん。やり方と、やったら時期によっては赤ちゃんができることは。」
「そうか、凄いな。でも。まだそんなことを考えなくてもいいんだよ。お父さんだって、初めてセックスしたのは22歳の時だったから。」
「え、じゃあ晶子お母さんとだったの。」
圭子と由岐枝は笑いましたが、流石に晶子は笑えませんでした。
「いいや、由岐枝おばさんとだったんだ。でもね、そんな話は、他の人の前ではしない方がいいんだよ。」
「どうしてなの。」
「恥ずかしい話なんだよ。特に女の子にとってはね。だからお母さんが怒ったんだよ。」
「ふーん、そうなの。」
「ジュニアも、みんなが見てる前でうんこしたら恥ずかしいだろう。」
「うん。恥ずかしい。」
「セックスってとても大切なことだけど、うんこと同じ、いやもっと恥ずかしいものでもあるんだよ。だから、もし話がしたくなったら、お父さんに電話するようにしなさい。わかったね。」
「うん。そうするよ。」
「晶子お母さんに、電話をかけてもらうといいよ。」
「はーい。」
晶子は、確かにうまく収めたので感心しましたが、由岐枝は、彼女に俊一郎の別の面を話しました。
「俊一郎さんはね、京一郎にはとんでもなく厳しいのよ。他人を教えるのはとっても上手なのに、こと自分の子となるとだめなの。」
俊一郎は、抗議しました。
「ジュニアも私の子だ。」
「でもあなた、もし京一郎が同じこと言ったらぶん殴ってたと思うわ。ジュニアには確かに冷静に接していたけど。」
「えーっ、俊一郎さんてそんなに厳しいの。」
晶子は驚いたが、俊一郎も認めました。
「確かにそうかもしれない。」
圭子も、大学の時を思い出して付け加えました。
「そう言われて見れば、他でもきついことあったわ。俊一郎さんって、テニスもちんたらやってる時はいいんだけど、たまに試合で相手の態度が悪かったりすると、豹変するの。」
「そうだっけ。たまには真剣になるけど。」
「そうよ。あの時の俊一郎さんには、並の学生歯が立たないわよ。」
彼、下手するとテニス部のレギュラーよりもうまかったのですが、いい加減にやれる方がいいからと、同好会でやっていたのです。
しかし、たまにクラブの学生と対戦して同好会となめられると、相手を完膚なきまでに圧倒したのでした。
「へえ、そうなの。私とも何回かやったけど、そんな素振りは見せなかったわ。」
すると、俊一郎は、冗談で答えました。
「うん。由岐枝のスコート姿の魅力に目がくらんでしまった。」
これには、晶子姉妹が大笑いしました。
「もう、この人とんでもないこと言うんだから。」
圭子は、思いついて確かめました。
「それからこの人、とんでもなくタフでしょう。」
言われて見るとその通りで、会社の人たちとちんたらやっている分には3時間続けても平気でしたし、汗もかかないぐらいだったのです。
「そうね、私たちとやってる時は、息一つ乱れないの。それは驚いたわ。」
「集中力の差だよ。自分より下を相手にする時は、インパクトの瞬間に腕に力を入れるだけで打ち返しているから、ほとんど疲れない。本気になる時は、動きを速めるとともにその瞬間に全身の力を集中する。それだけの差かな。」
由岐枝は、つまらなさそうに夫を誉めました。
「はいはい。あなたは気が向けば何やってもうまいわ。」
すると、本人が欠点をばらしました。
「気が向かきゃ悲惨だ。」
由岐枝は、笑いながら実例をばらしました。
「そうなのよ。私とピンポンやって、ぼろ負けして怒ってたのよ。」
圭子、万能ともいえる才能を持っている俊一郎が、スポーツで由岐枝に負けたのは意外でした。
「へー、由岐枝さんに負けたんだ。」
「小さくてふらふらする玉は嫌いだ。」
むきになって言い返すので、圭子もからかいました。
「むきになって負けると面白いでしょ。」
「そうなの。その後機嫌の悪かったこと。」
由岐枝が笑うと、俊一郎は更にぶすっとしました。
「悪かったな。」
彼の態度に、晶子も思わず笑ってしまいました。
「ところで、京一郎君はスポーツどうなの。」
圭子は、背も高いし、なかなか見こみがありそうに感じた。
「運動は天才的だが、頭は普通だ。」
「悪かったわね、畑が悪くて。」
由岐枝がぶすっと言うので、晶子は、また慰めました。
「でも、その方が幸せかもよ。」
「ジュニアは天才だな。私より凄いかもしれない。」
俊一郎はジュニアを抱きながら言うと、晶子は否定しました。
「ううん、あなたと違うことが一つあるの。」
「なんだい。」
「運動全然だめなの。」
すると、俊一郎夫婦は顔を見合わせて笑い出しました。
「そこまでそっくりなんだ。私もジュニアぐらいの時は、運動全くだめだったんだ。」
「えーっ、本当なの。」
由岐枝が、彼の母から聞いた話をばらしました。
「そうだったんですって。お母様に聞いたところでは、小学校のときは悲惨で、中学ではサッカーで球乗りして骨折したから、その後何でもできるようになったことの方が奇跡だって。」
彼は、ジュニアの頭をなでながら優しく言いました。
「運動も勉強も、神経を使う点では全く同じなんだよ。だから、頭のいい人は運動もできる。好きだなって思ってやるといいよ。」
ジュニアは、素直に答えました。
「そうなの。じゃあ、スポーツもしてみるよ。」
不安そうな京一郎と由乃も引き寄せて、彼は話しました。
「京一郎も同じだ。お前は、誰よりも速く走れるのだから、頭の回転も速いはずなんだ。何でもできるほうが、素晴らしいだろう。」
二人がうなずくと、彼はにっこり笑いながら付け加えました。
「じゃあ、できるようになってやろうと思ってやってごらん。」
「はーい。」
子供たちは素直に返事をしたので、晶子は感心し、彼が父親に欲しくなりました。
「いいお父さんじゃないの。私、欲しいわ。」
「だめよ。私のもの。」
由岐枝は慌てて言い返した。
「私は、ものじゃないって。でも、考えて見ると由岐枝には3分の1として、残りの3分の2で、今度産まれる子の分も含めて4で割ったぐらいはジュニアもかまってやらないといけないんだろうな。」
すると、ジュニアはさらっと答えた。
「ふーん、僕は6分の1なの。」
「おっ、凄い。」
俊一郎が感心すると、由岐枝は驚きました。
「えっ、今の正解なの。」
「うん。3分の2を4で割ると、12分の2つまりは6分の1だ。」
すると、晶子が抗議した。
「ブー、違うもん。」
「いや、答えはあってるよ。」
俊一郎が答えると、晶子はふくれっつらで答えた。
「私の分がない。」
「種だけなんちゃって。」
「あーっ、ぐれてやる。」
半分冗談でしたが、晶子も自分の取り分が少しは欲しかったのです。
由岐枝は、彼女が可哀想になって夫に頼みました。
「それじゃ可哀想よ。せめて子供たちと私の中間ぐらいの権利を上げなきゃ。」
俊一郎はジュニアに聞いてみた。
「どうすればいいと思う。」
ジュニアは即座に答えた。
「6分の1と3分の1の中間は、4分の1だけど、みんなたすと、お父さんが4分の5になるね。」
「それを1にするためには、逆に5分の4をかけるんだよ。」
俊一郎が教えると、ジュニアはすらすらと解いた。
「じゃあ、由岐枝おばさんが15分の4、晶子お母さんが5分の1、僕達が15分の2ずつだね。」
「その通り、ジュニアは天才だな。」
俊一郎は即座にほめたが、他の大人3人は混乱して計算に手間取っていました。
「えーっ、私全然わからない。」
「私も混乱したわ。」
「私だって。」
「本当にあってるの。」
由岐枝が聞くので、俊一郎は説明した。
「由岐枝が15分の4で子供4人が15分の2ずつ、それに晶子さんが由岐枝と子供たちの中間の15分の3、つまりは5分の1を足せば、ちゃんと1になる。即座に暗算でできるのが凄い。私以上だ。」
晶子も感心しました。
「ひえーっ、我が息子ながら凄い。」
すると、間の抜けたように京一郎が言った。
「僕、全然わからないよ。」
「大丈夫よ。お母さんにもわからなかったんだもん。」
由岐枝が慰めると、俊一郎が優しく説明した。
「今のはね、お父さんを4人の子供と由岐枝お母さんと、晶子おばさんとで分けっこしたらそれぞれどれぐらいお父さんを取れるか、考えて見たんだよ。」
すると、京一郎は大声でわめきました。
「だめ、そんなことしちゃ。」
「何故。」
由岐枝が優しく聞くと、京一郎は涙声で答えた。
「お父さん切ったら死んじゃうもん。」
女3人は笑ってしまいましたが、俊一郎は息子を優しく抱きました。
「そうだね。確かにその通りだ。お前は優しくていい子だ。」
ジュニアはと見ると、ぽかんとしているので、俊一郎は晶子に言った。
「ジュニアは、ジョークの才能は無いようだね。」
晶子も、認めました。
「そうね、真面目な本読みすぎたかしら。」
「じゃあ、今度はジョークの勉強もしとくよ。」
ジュニアは、父に答えました。
「それは感心だ。では、一つやって見よう。」
「どんなの。」
「電線に雀が3羽止まっていた。鉄砲で1羽を撃った。残りは何羽かな。」
すると、横から由乃が答えました。
「可哀想。」
また皆大笑いになりましたが、ジュニアは真面目に考えていました。
「当然2羽だよね。」
「算数ではそうなるね。でも、ジョークは面白ければいいのであって、普通じゃだめなんだよ。」
「そうなの、じゃあ何羽なの。」
「一番よく言われるのが0羽。」
「何故なの。」
「驚いて皆逃げちゃったから。」
「なるほど。」
「3羽っていうのもある。」
「それは何故。」
「当たらなかったから。」
「そうなの。」
「1羽もある。」
「それは。」
「たまたま1羽だけ耳が遠くて逃げなかった。」
今度は全員笑いました。
「要は、屁理屈のつけ方で、いくらでも考えられるんだよ。鳥もちにひっついて逃げられなかったとかね。逆に増えるのも考えられる。」
「それは何故なの。」
今度は由岐枝が聞いたので、俊一郎はジュニアに聞いてみた。
「ジュニアどう思う。」
「うーん、見物に来たとか。」
「そうだね、5羽に増えたぐらいなら野次馬な雀が来た、でいいね。じゃあ、百羽になったらどう答える。」
「うーん、わからない。」
すると、圭子が言った。
「そりゃ、決まっているわよ。」
「圭子お母さんならどう答えるの。」
「仲間を殺されたから、復讐にやってきたのよ。」
「本当。」
ぽかんとしているジュニアに、本当も何もないので、俊一郎が優しく説明しました。
「相手の答えと違うものを答えにして、その理由を面白く考えるからジョークになるんだよ。いろんなことを考えると面白いだろう。」
「うん。確かに面白いや。」
ジュニアがよろこんだので俊一郎も嬉しくなったが、晶子は不安になりました。
「俊一郎さん、とんでもないこと教えてくれたかも知れないわ。」
「どうして。」
圭子は面白いからいいやと思っていたので聞き返しました。
「今までずっとどっちかって言うと、一人で自習してくれてたじゃない。でも今度は私達の方に来るんじゃないかしら。」
「あ、そうか。そりゃ大変だ。」
圭子も気付くと、俊一郎は笑っていました。
「精々親子の会話を楽しんでくれ。」
「私たまったもんじゃないわよ。次から次へとしょうもないこと聞かされたら。」
横で圭子と由岐枝が笑い転げているので、俊一郎は矛先を圭子に向けました。
「ジュニア、ジョークは圭子お母さんに習うといいよ。一番得意だから。」
「あんたねえ。」
「この中じゃ、一番得意そうだし。」
「そうかしら。由岐枝さんは。」
「私全然だめよ。」
「そうなの、俊一郎さん。」
「うん。真面目一本だから、駄目だな。」
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