第13話晶子と圭子予定を変更して帰国、晶子出産後奇跡的に病気が治るも子供のジュニア俊一郎は圭子が育て、彼が8歳になったのを機に、実父シニア俊一郎と感動の対面

パリでは、晶子と圭子姉妹は、密かに、ミラノ行きの母と、成田に帰る神坂俊一郎と宮川由岐枝の飛行機を見送っていました。


彼らが飛び立った後、晶子は、圭子に聞きました。

「圭子、本当にこれで良かったの。」

圭子は、きっぱりと言い切りました。

「これでいいのよ。彼には彼の道があったんよ。私は一人で生きていく。彼もそう預言してくれたし。」

すると晶子はくすくす笑いました。

「何がおかしいのよ。」

「今の答えって、もろ神坂俊一郎に未練がありましたって、白状したみたいやったからおかしくて。」

圭子、むきになって言い返しました。

「そんなことないわ。プロポーズ断ったの、私の方なんやから。」

晶子、質問の意味自体が違っていたことから説明することにしました。

「あのねえ、私がこれで良かったのって聞いたのは、園子ママと別れてよかったのっていう意味よ。」

「えっ、そうやったの。」

晶子は笑っていましたが、圭子、自分が如何に母のことを思っていなかったか気付いて愕然としました。

「うーん、私ってほんまに親不孝やわ。母さんのこと、全く考えてなかったんやから。」

晶子、呆れて付け加えました。

「もう。圭子、絶対変よ。神坂さんにも言われたじゃないの。お母さんにはひどい仕打ちじゃないかって。」

「確かに変やわ。どこかで母さんよりも彼のこと気にしてたんやから。以前彼に、自分勝手に考えるんやったら、一人で生きてけって言われたこともあったし。」

俊一郎のプロポーズを断り、青木先輩とも別れた後、生活が荒れておいしくもないタバコを吸ったりしていた時に、俊一郎にそう説教されたことを思い出しました。

「ううん、圭子。あなたは、もう一人じゃないもの。私が死ぬまでは私と一緒よ。それからね…。」

晶子はそこで言葉を切ったので、圭子は変に思って聞きました。

「それから、どうしたの。」

晶子は顔を赤らめながら、舌を出しました。

「圭子を、もっと混乱させたげる。」

「何の事よ。」

「実はね、私、昨日の夜、神坂さんとセックスしてきたの。」

この告白は、圭子には衝撃でした。

「晶子、今、何て言うたの。」

「私、昨夜神坂さんとセックスしてきたって言った。」

圭子は、晶子が朝帰りしたことには気づいていましたが、実の母と一緒だったから何かあったのだろうぐらいにしか思っていなかったのです。

「そ、そんなあほな。宮川由岐枝さんいるのに、なんで彼が、あんたなんかとセックスするんよ。」

あんたなんか、と言われて、晶子は苦笑しました。

「本当よ。由岐枝さんに頼みこんで、借りたの。」

圭子、純真で潔癖そうな由岐枝が、恋人を貸してと頼まれてそう簡単にOKするとは思えませんでした。

「えーっ、どうやって頼んだんよ。彼女も堅そうやし、彼も、到底浮気するようには思えへんけど。」

「私、残り少ない命だし、神坂さんに抱いてもらえなかったら、彼を殺すって脅迫したの。そしたら、渋々OKしてくれたの。」

では、どうやって俊一郎を納得させたのか、そちらも不思議でした。

「あの石頭は、どうやって口説いたのよ。」

「泣き落としよ。残り少ない命だから、思い出をくださいって。」

圭子、自分が迫ってもキスさえしなかった俊一郎が、晶子を抱いたことには、衝撃とともに軽い嫉妬を覚えていました。

「あはは、圭子妬いてるのね。」

心の中を見透かされた圭子は、不機嫌に言い返しました。

「妬いてなんかないわよ。彼ふったの私やもん。でも、ほんまに彼、よくセックスしてくれたわね。」

「由岐枝さんに、11時に神坂さんの部屋に忍んで行ってノックしなさいって教えられたから、そうしたら開けてくれたの。私だと知って驚いてたけど、正直に、私は残り少ない命だから、最後に一度だけでいいから男の人に抱いて欲しいって頼んで、彼の前で裸になったの。」

圭子、晶子がそんなことをする度胸があるとは信じられませんでした。

「あんた、ようもそんな度胸あったわね。ま、如何な神坂俊一郎でも、晶子の清純で魅力的な裸見たら、ついやってもうたってことなんや。」

「ううん、それでも彼冷静に、自分には由岐枝さんがいるから駄目だって断ったんだけど、最後は泣き落としで落としたの。」

流石の俊一郎も、女の涙には弱かったのか。それなら自分も一度ぐらい泣き落としでセックスしといたらよかったかなと、圭子はちょっぴり後悔しました。

しかし、もう一つのことにも気付きました。

「晶子、できちゃったらどうすんの。確か危ない日やないの。」

二人は、生理周期も全く同じでしたから、圭子は、一昨日あたりが自分も姉の晶子も排卵日であることを知っていました。

「私、一度だけはセックスしてみたかったのと同時に、子供も欲しかったの。だから、彼だまして、絶対安全だからって、中に出してもらったの。できたら、もちろん産むわよ。熊谷家の跡取りやもん。」

「あんた、その体で無理したらもたへんのとちゃう。」

晶子は、現在余命半年と言われていますから、妊娠は、自殺行為であり、圭子は、そちらの方が心配になりました。

「ううん、妊娠できたら、何とか産むまでは、赤ちゃんの顔見るまでは、生き抜いてみせるわ。」

昨夜まで処女だった晶子が、母親の顔をしているので、圭子は大きな衝撃を受けました。

「凄い覚悟やね。」

「シャンティーで神坂さん、気の流れを作ってみろって教えてくれたじゃない。あれからやってみたら、不思議に気分よくなってきたの。それに、彼すごく上手だったわよ。」

一瞬なんのことかわからなかった圭子でしたが、セックスのことだと気づくと晶子を軽く叩きました。

「もう、なんてこと言うんよ。でも、晶子バージンやなかったの。」

「ええ、私、正真正銘処女だったわよ。」

「痛くなかったの。」

圭子は、どうしても、そっちの方に興味が行ってしまいました。

「処女だから、優しくしてって頼んだから、彼、ゆっくり、優しくしてくれたし、十分前戯もしてくれたわ。初めて入った最初だけ引っかかる感じはしたけど、痛みはなかったかなあ。最後は、体がとろけそうになっちゃった。」

圭子も、流石にこれには妬けました。

先輩の青木とのセックスは、最初は痛いだけでしたし、慣れてからはどちらかが一方的に快楽をむさぼるような感覚で、エクスタシーはありましたが、晶子の言うようなとろけるようなよさを感じたことはありませんでした。

「ようござんしたわね。あんた、ほんまに幸せもんよ。初めてで快感味わえるなんて、きっと、滅多にないことよ。」

言いながら、圭子は無理言ってでも、泣き落としにかけてでも、一度ぐらい俊一郎に抱かれておくべきだったと再度後悔したとともに、絶対彼女も処女だった由岐枝は、彼との初セックスはどうだったのかなあと興味を覚えました。

「そうなの。だから、赤ちゃんできた後私が死んだら、後はお願いね。養育費十分差し上げるから。」

晶子は、両親の遺産で、一生食べるのに困らないだけの財産は持っていました。

「子供だけ残して行かないでよ。」

圭子は、もしそうなったら、本当に寂しい気がしました。

「それは、私の寿命やもん。ずっと生きていたいけど、もともとそのためにこんな大芝居打ったんだし、まあ、何とかなるわよ。親はなくとも子は育つって言うでしょ。」

元々晶子は、自分が死んだら双子の妹の圭子が自分にすり代わって財産を相続する計画を立て、そのためにわざわざパリまで来て、しかも母や圭子の元恋人の神坂俊一郎、結果的には彼の恋人になったものの部外者の旅行会社添乗員の宮川由岐枝まで巻き込んで、圭子が失踪する芝居を打ったのでした。

神坂俊一郎には、見破られましたが、彼は、美しい姉妹愛と、見て見ぬふりをしてくれたのです。

圭子は、思いつきました。

「じゃあ、とにかく日本に帰ったほうがええんやない。」

「そうね。じゃあ、とりあえず計画変更しよか。」

圭子と晶子は、当初晶子が死ぬまでパリ近郊に居て、そこで入れ替わる積もりだったのです。

しかし、もし子供ができたら、フランスでは何かと大変だし、俊一郎も母も、圭子を何が何でも捜し出そうとはしていない風でしたし、俊一郎と由岐枝は、職場は川崎と成田ですから、日本に帰っても会う心配はほとんどありませんし、何かと安心な日本に帰ることにしました。


二人は、晶子のツアーが終わる便で帰国すると、落ち着き先を探しました。

圭子は大阪、晶子は名古屋で育っていましたから、どこに落ちつくかいろいろ考えたのですが、盲点だろうとのことで、富山に落ちつくことにしました。

晶子は、短大でしたから既に卒業していましたが、圭子も西都大学を卒業しておいた方が、メリットはあると考え、大学といろいろ交渉して、最低限の出席と卒業に要する単位取得を条件に、富山とちょこちょこ往復して、2年遅れで卒業証書をもらうことに成功したのです。

西都大学の友人たちに詮索されて、俊一郎に知られることも考えられましたから、大学の友人知人たちには、神坂俊一郎とは大変な訳ありの関係になったので、彼には絶対自分が西都大学に戻っていることを教えないように頼んで、そちらもごまかしたのです。

この点、西都大学の友人たちは、俊一郎の友人たち同様、君子の交わりで、個人の事情は一切詮索しないでいてくれたのです。


その間、晶子の、何が何でも子供が欲しいという執念か、本人の希望通り妊娠し、胃の癌もその間は不思議に進行せず、10か月後の翌年四月に、無事男の子を出産しました。

彼女が迷わず俊一郎と名付けたのには圭子は苦笑しましたが、子供の父である俊一郎には二度とは会わない覚悟を持って産んだ子供だけに、晶子が彼の名前をそのまま付けた意味は、痛いほどよくわかりました。


晶子は、出産時には出血が多く、一時命が危ぶまれる状況に陥りましたが、その後奇跡的に持ち直して、胃のガンも小康状態で、とりあえず命の危険からは遠ざかっていました。

しかし、元々妹の圭子と違って病弱だったこともあり、無理ができませんでしたから、圭子が代わって俊一郎ジュニアの世話をすることになりました。


ジュニアは、1歳になるかならないかのうちに、父の俊一郎をほうふつとさせる表情を見せだしたので、流石に親子だと、圭子は感心しつつ、皮肉なことに俊一郎のことはほとんど知らない晶子に、どんなところが似ているのか教えて、喜ばせていました。

そして、ことある毎にジュニア俊一郎に、こう呼びかけていたのです。

「あなたのお父さんは、何でもできる素晴らしい人なのよ。あなたもそうなるわ。」

晶子は、パリに立つ前の余命半年の宣告が嘘のように生き続けてはいましたが、ジュニア俊一郎が1歳になったのを機に、万一に備えて、完全に圭子と入れ替わることにしました。

つまり、対外的には、圭子が熊谷晶子となって、ジュニアの母役を請け負ったのです。

不思議なもので、母代わりとしてジュニア俊一郎と接する内に、圭子は、母としてこの子を育てることに大きな喜びを感じるようになっていたのです。

晶子の容態は落ち着いていましたから、本当は息子ともっと遊んであげたかったのですが、少し無理をすると寝込んでしまうため、ジュニアの世話は圭子に任せ、自分は、とにかくわが子の行く末をできる限り長く見守ることができるように静養することにしたのでした。

ところが不思議なもので、俊一郎に言われて自己流で始めた気功法の効果か、水や食べ物に気を配ったりしたためか、彼女の胃の癌細胞は徐々に縮小していき、ジュニア俊一郎が小学校に入学した時には、跡形もなく消えてしまったのです。


こうなると、二人の母の存在は、ややこしくなります。

今や完全に圭子になりきっていた晶子も、逆の圭子も、それぞれ自分の人生について考えざるを得なくなってきたのです。

俊一郎は、父親に似たのか2歳になる前からしゃべりまくり、3歳からかなり上手な晶子がピアノを教えたところあっと言う間に上達し、幼稚園年長の頃には、既に中級の曲を弾けるぐらいにまでなっていました。

二人の母は、自分たちの真実を話すべきかどうか悩んでいる内に成長していく彼を見ていると、何とかなるだろうと楽観的に考えていましたが、ジュニア俊一郎が小学校の2年生になったある日、彼は、圭子に聞きました。

「お母さん。僕の本当のお母さんは、圭子お姉さんなの。」

圭子お姉さんイコール晶子ですから、ジュニアは、自分が晶子の子供であることを見破っていることになります。

どきっとした圭子は、聞き返しました。

「なぜ、そんなこと言うの。」

すると、本人は余り気にしていないかのように不思議な話を始めました。

「僕、生まれたときからの記憶があるんだけど、晶子お母さんじゃなく、圭子お姉ちゃんのお腹から生まれた気がするの。それに、お乳をくれたのも、晶子お母さんじゃなく圭子お姉ちゃんだったし。」

確かにそのとおりでしたから、圭子は焦りました。

「えーっ、本当に、そんなに小さい頃のことを覚えてるの。」

聞いた後、そう言えば神坂俊一郎も、生まれた時からの記憶があると話してくれたことを思い出しました。

「うん。それからね、幼稚園の頃まで、時々、お母さん達が眠った後で、着物を着たおばさんが会いに来てたの。」

圭子は、俊一郎の言葉にぞくっとしたので晶子を呼びました。

「どんな顔してたの、そのおばさん。」

晶子が聞くと、俊一郎は、首を傾げながら答えました。

「うーん、なかなか美人だった。ちょっと圭子お姉ちゃんに似てる感じもしたけど、晶子お母さんとも圭子お姉ちゃんとも感じは違ったかな。それで、そう、左の頬の耳の前にほくろがあった。」

無邪気に話す俊一郎でしたがが、晶子はそれを聞いて蒼くなりました。

「圭子、じゃなくて晶子。それ朋子ママだわ。」

朋子は、晶子の継母で、9年前に交通事故で、父とともに亡くなっていたのです。

「それで、そのおばさん何か言ったの。」

圭子が聞くと、俊一郎は目を輝かせて嬉しそうに話しました。

「ううん、何もしゃべらなかったけど、僕の頭を撫でてくれて、お母さんを大切にしてね、と頼むの。それでね、晶子お母さんのところに行くのかな、と思っていたら圭子お姉ちゃんのところに行って、お腹のあたりをさするの。だから、変だなと思って僕も真似してさすってみたんだけど、お腹に何かあるみたいな感じがしたから、悪いものならなくなったらいいな、と思いながら毎晩さすってたの。でも、圭子お姉ちゃんのお腹の悪いものが無くなったような気がしたら、そのおばさんも来なくなったの。」

晶子は、癌が治ったのは、義母の朋子とジュニア俊一郎のお蔭かも知れないと思いました。

「それで、何で圭子お姉さんが、お母さんだと思ったの。」

「僕、圭子お姉ちゃんから生まれたと思うし、お乳をくれたのも圭子お姉ちゃんだったし、そのおばさんね、ぼくの頭をなでながら、『お母さんは病気だから、大切にしなきゃだめよ。』と心で伝えて来たの。でも、お母さん元気だし、圭子お姉ちゃんの方が具合が悪そうだったし、そのおばさん、圭子お姉ちゃんのお腹さすったし、だから、僕の本当のお母さんは、圭子お姉ちゃんなのかな、とずっと思ってたの。」

言いながらも不安なのか、俊一郎は圭子の膝の上に乗りました。

「俊一郎、他にも何か見えることはあるの。」

圭子が優しく聞くと、恐ろしい答えが返ってきました。

「うん。でも、怖いよ。血だらけの女の人が交差点に立っていたり、昔の着物着た人が学校にいたりするの。でも、みんなにはそれが見えないの。」

晶子は、思わず言ってしまいました。

「晶子、神坂さんって霊感があるって言ってたじゃない。だから、俊一郎にも見えるのかしら。」

言った後、しまったと思いましたが、俊一郎はすかさず聞き返しました。

「その神坂さんって人が、僕のお父さんなの。お父さんってどんな人だったの。」

晶子はうまく答えられませんから、圭子が替わりに答えました。

「とってもいい人だったわ。お勉強もスポーツもできて…。俊一郎もお父さんみたいになるといいわ。」

圭子は適当にごまかそうとしましたが、晶子は言いました。

「もう、俊一郎には本当のこと教えた方がいいんじゃないかしら。私、朋子ママのお蔭か、それとも俊一郎のお蔭なのか、ガン消失してまだまだ生きていられそうだし、私も、あなたも、できるなら園子ママに会って親孝行もしたいし、隠れている意味無くなっちゃったんだもん。」

でも、圭子は、神坂俊一郎のことを考えました。

「でも、出て行ったら、俊一郎さん、いや、神坂さんが大変なことになるわよ。」

晶子も考え込んでしまいました。

すると、俊一郎が無邪気に聞きました。

「あれ、僕のお父さん、天国にいるんじゃなかったの。それに、俊一郎さんって僕のことだよね。」

圭子は、ジュニア俊一郎には、彼の父親は遠いお空の上に居ると、今までごまかし続けていましたから、彼は死んだものだと思っていたのです。

しかし、もう潮時だと、ジュニアに全て話す決心をしました。

「俊一郎、じゃあ、本当のこと教えてあげるから、しっかり聞きなさい。」

彼は、素直にうなずきました。

「あなたの本当のお母さんは、あなたが思っているとおり、圭子お姉ちゃんなの。それからね、本当の名前は、圭子お姉ちゃんが熊谷晶子で、晶子お母さんが斉藤圭子なの。」

俊一郎は、意外に冷静でした。

「うん。そんな気がしてたよ。じゃあ入れ替わってたんだ。でも、何故そんなことしたの。」

「はい、晶子パス。」

圭子は、面倒になって晶子にパスしました。

「あっ、ずるい。」

思わず言ったものの、わが子に見つめられたので、つい圭子の膝から抱き上げて俊一郎を抱きしめていました。

「ごめんなさいね、今までだましていて。」

「じゃあ、圭子お姉ちゃんが、本当の晶子お母さんなんだね。」

「そうなの。お母さん、俊一郎を産んだ時はね、とっても重い病気で死にそうだったの。それで、双子の妹の圭子お姉ちゃんに、お母さんになってもらおうって思って入れ替わったの。でもね、あなたがさすってくれたおかげか、俊一郎が見たっていう朋子ママの幽霊に助けてもらえたのかわからないけど、病気が奇蹟的に治ったの。だから、本当のこと話すわ。だましていて、ごめんなさいね。」

告白すると、俊一郎も涙ぐんでいました。

「ううん、ぼく二人のお母さんがいるって思ってたから。それに…。」

「それになあに。」

「うん、言わない。」

俊一郎は、首を振りました。

「言いなさいよ。」

圭子は、気になったので問い詰めました。

「圭子お母さん、おこらない。」

「おこらないわよ。」

穏やかに言うと、俊一郎も安心したのかしゃべりだした。

「実はね、僕、圭子お母さんより晶子お母さんの方が好みだったの。だから本当のお母さんだったから嬉しいなって思ったの。」

圭子は、ちょっとがっかりしましたが、晶子は笑っていました。

「でも、僕にはお母さんが二人いるけど、お父さんはいないの。」

この質問には、圭子と晶子は顔を見合わせました。

「もういいわ。いっそのこと、みーんな話しちゃおう。」

晶子が言うので、圭子もしょうがないかって感じで同意しました。

「そうやね。この子、父親並みに霊感もありそうやから、ほっといても、本人捜し当てそうやし。」

「えっ、お父さんも生きてるの。」

「ええ、そうよ。はい、圭子タッチ。」

「えっ、私やの。」

「そうよ。あなたの方が、神坂さんのことは、よく知ってるでしょ。」

「うーん、でも、私やることやってないし。」

「それは別よ。圭子頼むわよ。」

俊一郎は、二人を見比べてにこにこしていました。

「じゃあ、しょうがないわね。俊一郎のお父さんはね、神坂さんって言う人なんだけど、圭子お母さんの大学の先輩で、とっても勉強もスポーツもできて、ピアノも上手に弾ける人なのよ。」

「ふーん、神坂さんって言うの。でも名前は。」

「えっ、あの、その、俊一郎なのよ。」

しどろもどろに答えると、俊一郎は喜びました。

「わーい、じゃあ僕が俊一郎ジュニア、お父さんは俊一郎シニアだ。」

「あら、この子洒落たこと知ってるのね。」

晶子は、感心しました。

「じゃあ、僕、お父さんみたいになればいいね。」

「そうよ。お父さん圭子お母さんの先輩で、西都大を卒業したのよ。」

「ふーん、じゃ僕も西都大に入る。」

余りにあっさりと言うので晶子は笑いましたが、圭子は聞いたことがあったので俊一郎に言いました。

「そうよ。お父さんもあなたぐらいの時に、同じこと言ったんだって。」

「へえ、そうだったの。私、神坂さんのこと余り知らないから。」

ジュニアは、母の晶子が、父のことを知らないことを不思議がりました。

「なぜ、僕の本当のお母さんの晶子お母さんがお父さんのことを余り知らなくて、圭子お母さんの方が知ってるの。」

子供の質問はなかなか鋭いので、晶子はたじたじとなりましたが、圭子は笑いだしました。

「それはね、圭子お母さんは、俊一郎お父さんと西都大学で3年間も一緒だったから、お父さんのことをよく知ってるのよ。」

「じゃあ、晶子お母さんは。」

また言葉に詰まる晶子に、圭子は笑っていました。

「そうね、お母さんは、俊一郎お父さんのこととても好きになったんだけど、俊一郎お父さんにはもっと好きな人がいたの。だから結婚できなかったし、とっても短いお付き合いだったのよ。」

俊一郎は難しい顔をしていましたが、ぼそっととんでもないことを言いました。

「ふーん、じゃあ晶子お母さん、不倫だったの。」

圭子は大爆笑しましたが、晶子は、とても笑えませんでした。

「そうね。でも不倫じゃなかったのよ。お父さん、その時はまだ誰とも結婚してなかったから。」

「じゃあ、僕はどうして生まれたの。」

圭子が笑い続けているので、晶子は、怒りました。

「もう、あんたも何とか言ってちょうだい。」

「あーあ、もう最高のギャグやわ。」

「私に取っては、心臓をえぐられるようなギャグよ。」

晶子は、息子に向き直って答えました。

「お母さんはね、俊一郎のお父さん、神坂さんの子供がどうしても欲しかったの。だから、無理に頼んで、あなたが生まれたのよ。」

「ふーん、じゃあ、セックスしたんだ。」

今度は、圭子だけでなく晶子も、ショックの余り笑い出しました。

「あっはっはっ。俊一郎どこでそんなこと覚えたの。」

すると、彼は事もなげに答えました。

「本棚にある『家庭の医学大辞典』。全部読んだら、赤ちゃんがどうしてできるのか、詳しく書いてあったの。」

唖然とした二人を尻目に、俊一郎はすごく大切なことを聞きました。

「お父さん、僕のこと知ってるの。」

今度は、本当に胸をえぐられるような質問でした。

「ううん、お母さん何も知らせずに逃げて来ちゃったから、俊一郎が生まれたことを、お父さんには教えてないの。」

すると、俊一郎は元気を無くして考え込みました。

「じゃあ、僕のこと嫌いかなあ。」

今度は、圭子が、俊一郎を抱きしめながら答えました。

「ううん、俊一郎のお父さんは、絶対そんな人やないわ。あなたがいることを知ったら、きっと大好きって言ってくれるわ。」

俊一郎は、不安でした。

「そうなの。本当にそうなの。」

晶子も、言いました。

「そうよ。お母さんが愛した人ですもん、俊一郎のこと、嫌うはずないわ。」

「うーん、じゃあ何時か会わせてね。」

「うん。絶対約束する。きっと俊一郎の弟か妹がいるだろうけど、絶対会えるようにしたげる。」

「わーい、じゃあ指切りげんまんね。」

「はいはい。」

二人の母と両手の小指で指切りすると、俊一郎は無邪気にはしゃぎました。


ジュニア俊一郎に真相を告げてほっとしたものの、二人とも複雑な気分でした。

圭子は市役所で働いており、晶子は近所の郊外型書店でアルバイトしていましたから、市役所は、お役所ですから、戸籍どおり斉藤圭子になっていましたが、書店の方は熊谷晶子ではなく斉藤圭子名義になっていましたから、通称名だけではありましたが、修正することにしました。

そして圭子は、早速翌日、神坂俊一郎の実家に電話をかけてみました。

「すみません、神坂さんのお宅でしょうか。」

彼の母の高子が出ましたが、高子は、圭子とは三度ほど面識があったのと、息子の俊一郎がガールフレンドを連れてきたのは、彼女と由岐枝の二人だけでしたから、彼女の声を覚えていました。

「はい。神坂ですが、その声は、えーと、斉藤さんじゃ無かったかしら。」

「ええ。私斉藤圭子です。俊一郎さんには以前大変お世話になりました。」

高子は、息子の俊一郎と圭子の関係を、よくは知らなかったのですが、もしかしたら連絡がくるかも知れないから、住所と連絡先を聞いておいてくれと頼まれていたのです。

「俊一郎には、もし連絡があったら消息を聞いてくれって頼まれてたわ。」

彼らしいなと思いながら住所と電話番号を伝え、代わりに彼の住所も聞きました。

「俊一郎さん、結婚されたんですよね。」

恐る恐る聞くと、高子は、意外そうに言いました。

「ええ。6年になるわね。結婚したらちっとも家に寄りつかなくって、あれ、斉藤さんには連絡しなかったの。」

「いいえ、私の方が雲隠れしてたもんですから。」

「あら、そうやったの。でも、私、俊一郎はあなたと結婚するのかと思うてたのよ。」

圭子は答えに窮しましたから、高子は慌てて付け加えた。

「あっ、ごめんなさい。変なこと言っちゃって。」

「いいえ。実は私、俊一郎さんにはプロポーズされたんですけど、お断りしたんです。」

「えーっ、そうだったの。あの子何にも言わないから。ごめんなさい、変なこと言って。」

私が母には青木さんとやっちゃったことまで教えたのとはえらい違いだな、と思った圭子でしたが、普通ならそんなものかも知れないと思いなおしました。

「でも、俊一郎さんには大変お世話になりました。ところで、奥さんは由岐枝さんですよね。」

高子は、俊一郎が突然結婚したいと彼女を連れてきましたから、圭子は全く知らないものと思っていました。

「あら、圭子さん、由岐枝さんのことは知ってたの。」

「ええ。私なんかより、ずっといい人だと思いましたよ。」

誉めると、高子も、由岐枝には感心していたようでした。

「そうね。よくぞあんないい子見つけてきたもんだと思ったわ。それも突然滋賀の方から連れてきたんですもん。なれそめは旅行だとか言ってたけど、その辺ははっきり教えてくれないし。あら、ごめんなさい。ところで、お母さんはお元気。」

聞かれた圭子は困りました。

「えっ、ええ。元気だと思います。」

高子は、笑いながらたしなめました。

「その様子じゃ、連絡もしてないんでしょ。駄目よ、用が無くても時々電話ぐらいしないと。」

「ええ、そうですね。連絡してみます。あ、すみませんでした。」

「いいえ、たまには俊一郎と会ったらええわ。奥さんと子供二人にかかりっきりやけど。私に連絡してこないところを見ると、円満やわ。」

思わず、圭子も笑ってしまいました。

「ええ、機会があればお会いしたいと思います。」

「由岐枝さん、主婦やってるから、直ぐにでも電話してみたらええわ。彼女の言知ってるんなら、尚更。」

「そうですね。そうさせていただきます。じゃあ、失礼しました。」

「いいえ、また会いましょう。」

電話を切ってから圭子は、俊一郎が6年前に由岐枝と結婚し、子供が2人いることに安心している自分に気付きました。

そして、気を取り直して今は栃木県に住んでいる神坂俊一郎の自宅に電話してみました。

「はい、神坂です。」

張りのある聞き覚えのある声が聞こえると、懐かしくなりました。

「私、斎藤圭子です。御無沙汰していました。」

由岐枝は、驚いて大きな声を上げました。

「えーっ、圭子さん。日本に帰ってたの。元気だったの。今どこに居るの。」

由岐枝が立て続けに聞くので、圭子はついおかしくなって笑ってしまいました。

「元気ですよ。晶子も。それでね、今までだまし続けていたんだけど、私は斎藤圭子だけどあなたが知ってる圭子じゃないの。あなたが知ってる圭子は、熊谷晶子だったの。」

「えーっ、じゃなかった。そのことは、俊一郎さんから、パリの帰りに全て聞いたわ。」

由岐枝は、一瞬混乱しましたが、二人が入れ替わっていたことを夫の俊一郎から聞かされていたことを思い出しました。

「余り生きられないって、夫が私に教えてくれたのは、晶子さんの方で、彼に…。」

パリでの一夜を思い出した由岐枝は、言葉を詰まらせました。

「そう。晶子が大変な病気だったのは事実よ。それで、晶子は、俊一郎さんに無理なお願いしたの。ところがその後奇蹟的に回復して、今は元気よ。」

あの夜晶子は、由岐枝に、どうせ私は残り少ない命だから、俊一郎に一度だけでいいから抱いてもらいたいと迫っていましたから、彼女が元気と聞いて安心しました。

「へえーっ、でも元気になって良かったわ。今、どこにいるの。」

圭子は、由岐枝が素直に喜んでくれたので嬉しかったと同時に安心し、彼女のことが好きになっていました。

「二人で富山にいるの。でも、晶子も奇跡的に病気が治って元気になったから、隠れるのやめようかな、と思って連絡したのよ。」

「よく電話番号わかったわね。」

「ええ。大阪の俊一郎さんのお母さんに聞いたの。」

「あっ、そうか。彼、そう言えば貴方のこと、お母さんに頼んでたわ。」

彼のそんな心遣いは、とてもありがたいものでした。

「ところで圭子さん、お母さんには会ったの。」

圭子は、ぎくっとしました。

実は、いつの間にか引っ越ししたらしく、自分の母なのに連絡先がわからなかったのです。

「えーっ、あのう、実はまだなの。」

由岐枝は、圭子の答えに大きな声で笑っていました。

「それで、娘の私が聞くのはとーっても変なお願いだけど、母の連絡先知っていたら、教えてくださるかしら。」

由岐枝は、更に笑ってから彼女の母園子の連絡先を教えました。

園子は、いつの間にか京都に移っていたのです。

「ありがとう。ところで、お子様生まれたそうね。」

「ええ。本当はもう少し働きたかったんだけど、結婚して1年でできちゃって、今や二児の母なの。それから…。」

ぴんと来た圭子はからかった。

「あっ、3人目お腹にいるんでしょ。わーっ、仲いいんだ。このすけべ。」

由岐枝は、更に笑いました。

「そうなのよ。一番上が男で二番目が女なんだけど、一番上の悪いこと悪いこと。」

「わっ、昔の俊一郎さんかしら。」

「ううん、彼が言うには『僕はこんなに悪くなかった。』ですって。」

圭子は、ジュニアのことで一番傷つくのは由岐枝だと思いましたから、それとなく彼女に伝えることにしました。

「実はね、私にも子供がいるの。」

「えっ、じゃあお母さんに内緒で結婚しちゃったの。」

由岐枝の言い方が余りに無邪気だったので、圭子はためらいました。

「ううん、違うの。子供だけ。」

「あーっ、進んでるのね。未婚の母なんて。」

「そう。実は晶子の子供なんだけど…。」

一瞬の間で、由岐枝がぴんと来ました。

「えっ、じゃあもしかしたらあの一夜でできちゃったの。俊一郎さんの子供なんでしょう。」

見抜かれた圭子は何と言っていいかわからず、とにかく謝りました。

「ごめんなさい。由岐枝さんには、とっても悪いことしたみたいで。」

つい謝ってしまった後で、何故自分が謝らないといけないのか疑問に思った圭子でした。

由岐枝は、愛する俊一郎の子供が別にいることがとても不思議な感じはしましたが、彼がこそこそ浮気したわけでもなく、自分が許したことでもありましたから、事実を喜んで受け入れることにしました。

「そうだったの。大変だったでしょう。じゃあ、病気の晶子さんに代わって、貴方が母親やってたんだ。」

意外にさばさばした感じだったので、圭子は、聞き返しました。

「許して下さるの。」

由岐枝は、何と答えていいかわかりませんでしたが、病気の晶子がどうしても欲しくて産んだ子であることは想像がつきましたし、母としての気持ちは痛いほどわかりましたから、憎む気にはなれませんでした。

「許すも許さないもないでしょう。その子だって、うちの子と同じ俊一郎さんの子供ですもん。子供に罪はないでしょう。」

「そうね。でも、実はね、普通の子じゃないの。」

怖いこと言われて、一瞬障害児かなにかと勘違いした由岐枝でした。

「えっ、どこか悪いの。」

何だか誤解していることがわかったので、圭子は、ジュニアの天才的な頭脳と霊的能力のことを説明しました。

由岐枝は、ほっとしました。

「ところで、その子の名前は。」

聞かれた圭子は、半ばふざけて答えた。

「俊一郎ジュニアよ。お宅のお子様は。」

一瞬映画『フォレスト・ガンプ』の中で、自分の子供とは知らずにいた父親のフォレスト・ガンプが子供の名前を尋ねた時、恋人だった女性が『フォレストよ。』と答えた場面を思い出した由岐枝でしたが、まじめに答えました。

「京一郎と由乃。」

「あっ、ごめんなさい。本当は、熊谷俊一郎よ。」

「父親の名前を付けたのね。」

由岐枝にも、その理由はよくわかりました。

「そう。最初は二度と会わない積もりだったから、名前だけでもって思って晶子が名付けたの。」

「でも、父親いないと可哀相よね。」

由岐枝は、本当にそう思いました。

「そうなの。だから、俊一郎さんに七夕様になってもらえないかなって思って電話したの。あっ、心配しないでね。晶子は、財産は十分持っているから、無理に認知はしてもらわなくてもいいのよ。」

一瞬財産問題が頭をよぎった由岐枝でしたからほっとしましたが、俊一郎は、絶対認知はすると答えると確信していました。

「いいえ、夫は絶対認知します。ジュニアを父無し子にはしませんわ。じゃあ、皆で七夕様しましょうよ。集まって。」

願ってもない申し出に、圭子は、嬉しくて涙が出ました。

「ありがとう、そこまで言ってくれて。」

「あれ、圭子さん泣いてるの。」

由岐枝に言われて、圭子は素直に答えました。

「ええ。私、俊一郎さんに説教されてから大分素直になったし、晶子の代わりに母親やって子供持った感じになってから、大分考え方変わったの。」

「ふーん、じゃあ、みんなで会ったら楽しいでしょうね。」

「きっとそうね。そう、俊一郎ジュニアの凄いところ教えたげる。」

「なになに。」

由岐枝がこの電話の原因になったやりとりを話すと、『不倫』と『セックスしたの』のところで由岐枝は大笑いしました。

「あらあら、末恐ろしい子供ね。」

「そうなの。そちらのジュニアは如何。」

「こっちは体格よくて力は強いけど、そんなに天才的ではないわ。でも楽しみだわ、会えるの。」

「私は、ジュニアが、あなたと晶子を比べて何と言うかが楽しみだわ。」

由岐枝は、ジュニアが圭子よりも晶子の方が好みだと言った話しを思い出してまた大笑いしました。


さて、神坂俊一郎はと言うと、まだ若かったのですが豊富な知識と年齢不相応な落ちつきを生かして、栃木県にあった某業界の研修所で、人事研修のインストラクター兼カウンセラーを務めていました。

そして、その夜帰宅して由岐枝の顔を見るなり聞きました。

「おや、母上と喧嘩でもしたか。」

感づいたのは流石だな、と思った由岐枝でしたが、内容はあたらなかったので、クイズを出しました。

「ブー、でした。ある人から電話があったんです。さて、それは誰でしょう。」

「と聞くからには、由岐枝と私が知っている相手で、かつ珍しい相手となると、斉藤さんかい。」

やはり鋭いな、と我が夫ながら感心したが、お母さんのことを言っているようなので×でした。

「惜しい、とっても惜しいけどブー。」

「えーっ、じゃあ圭子さんか。」

「ピンポーン、大正解。」

「げっ、何で姿現したんじゃあいつ。折角闇に葬ったのに。」

夫が変な言い方をしたので、由岐枝は笑いました。

「ううん、晶子さんが元気になったから姿を現そうって思ったんですって。」

「へえ、それは良かった。でも、圭子可哀相だな。財産もらえなくなったんだ。」

また変なことを言うので、由岐枝は苦笑しました。

「ううん、お母さんに会えるようになるし、幸せそうでしたよ。」

「あっ、そうか。その方が幸せだ。」

夫はお金で苦労したからか、意外に金銭のことにはドライだったのです。

それがこの7年で良くわかっていましたし、だからこそ現在年齢不相応に裕福な生活を送っていられる神坂家だったのですが、彼の考えには笑える時がありました。

「でもね、一番大きなニュースは別なのよ。」

夫が、一瞬凍りついたようになったので、由岐枝はまた笑いました。

「何だ、何か変な予感がする。」

流石の彼もこれはわかるまいと思ったので、聞いてみました。

「俊一郎さん、私に隠し事してませんよね。」

「君には隠してないけどなあ。」

「じゃあ、まさか隠し子なんていませんよね。」

今度は、自信を持って答えました。

「私は、由岐枝以外としたことはない。」

「嘘。」

「あれっ、あっそうか。一度だけやった。君も知ってのとおり、圭子じゃなく本当は晶子さんと一度だけ。」

「そうね。一度はやったのよね。」

「えっ、まさか。」

由岐枝は、昔俊一郎がやった真似をした。

「恐らくピンポーン。」

「えっ、できちゃったのか。じゃあ、京一郎より一つ上だな。」

却って俊一郎が取り乱したので由岐枝はおかしかったのですが、彼はむしろ財産や認知の問題を考えていたのです。

「あっ、認知や財産問題はご心配なくって言ってたわよ。」

「そうか。その為にややっこしいことやったんだもんな。家よりは金持ちだ。でも、父無し子にするわけには行かないから、認知はする。」

露骨にほっとした顔をした夫に、由岐枝はまた笑ってしまいました。

「ところで、その子の名前なんていうと思う。」

「男オア女。」

「男の子。大分変わってるらしいわよ。」

「ふーん。」

俊一郎は、自分が晶子なら考えることはこれだけかと思って答えた。

「私と同じ名前か。」

「ピンポーン。」

ちょっとつまらなかったが、由岐枝は、流石我が夫と感心しました。

「晶子さんは、私には二度と会わない決心をしていたから、自分の息子には手掛かりを残しておきたかったんだろうな。」

由岐枝は、夫が晶子の心の中まで読んでいることに感心しましたが、普段の夫はむしろぼーっとしていて鈍感なくらいの感じなのだから面白いのです。

「あなた、何かあると鋭くなるのね。」

からかうように言うと、何時もと同じ返事が返ってきた。

「いつもああだと、由岐枝の心が休まらないだろう。で、ジュニアは、私に会いたがっているんだろう。」

「そうなの。だから、圭子さん七夕様になってくれないかって。」

「それで。」

「えっ、それでって。」

妻は、何を聞かれたのかわからないでいるようだったので、俊一郎は苦笑しました。

「由岐枝は、なんと返事をしたかってこと。」

「あっ、そうか。相談しなかったけど、皆で会いましょうって返事しちゃった。良かったかしら。」

恐る恐る聞くと、俊一郎はうなずいた。

「当然だ。じゃあ、夏休みになったら全員で会いにいこう。車で行くから適当に圭子さんたちと連絡を取っておいてくれ。」

「はーい。昔を思い出すわ。」

由岐枝は、旅行会社の社員でしたから、日程作成や宿泊の手配は、お手のものでした。

「そうだったね。由岐枝には悪いことをしたかな。好きな仕事を取り上げて。」

彼女は、結婚して1年で子供ができたので退社していたのです。

「いいえ、私はあなたと会えて、結ばれたことだけで十分だったわ。子供も可愛いし、私は、こうして家にいる方が落ち着くから。」

実際、子供が生まれる前はパートでもしようかと思ったこともありましたが、由岐枝はその美しさと俊一郎に愛されていることによる幸福感からか、同年輩の女性とは雰囲気が違っており、男性受けはしましたが、女性の妬みを猛烈に買うことがわかりましたから、専業主婦になったのです。

そして、俊一郎も、そのことを喜んでいました。

「京一郎は、君に似ているから恐らく長身でハンサムでもてるようになるだろうな。由乃は、可愛いし、お腹の子は一番賢くなりそうだ。」

彼がこんな親ばかになるとは思っていなかった由岐枝は、笑ってしまいました。

「まあまあ、まだ生まれてもいないのにそんなこと言って。でも、京一郎のあの物凄い好奇心といたずら、何とかならないかしら。」

長男の京一郎は、確かに俊一郎の言うように人並みはずれて背が高く、顔も女の子みたいに端正だったのですが、好奇心の塊で、とんでもない悪さをして両親を困らせていたのです。

「面白いじゃないか。」

「と言いつつぶん殴るのはどなたですか。私、一つだけだまされたと思ってるの。」

「何が。」

「子供には恐ろしく厳しくて、直ぐ手を出すことよ。」

確かに俊一郎は、誰に話しても、とても信じられないと言うのですが、自分の子供には恐ろしく厳しかったのです。

「まあ、大魔神にならないだけいいだろ。」

言われた由岐枝は、パリで彼が強盗を殺しかけた時の一瞬を思い出すと、身震いをしました。

「まあそうやけど、私に対してのように、もう少し優しくしてあげてね。」

「そうだな。でも、君も人のことは言えない。」

由岐枝も子供や母のことでは彼に辛くあたることがあり、俊一郎も時々だまされたと思うことがあったのです。

「お互い様よ。」

二人は顔を見合わせると笑い出しました。


7月中旬になって、学校が休みになると、神坂一家は新潟回りで富山に向かいました。

小さいけど一軒屋に住んでいるから、旅館に泊まる必要は無いと言うので、住所を頼りに訪ねると、黒部の辺りで連絡したからか、家の前で圭子が待っていました。

4人でわっと押しかけると、不思議なもので、同じ人を愛したことがある同士のせいか、由岐枝と圭子、晶子は直ぐに打ち解けて、二人で少し大きくなってきた彼女のお腹を触っては、『男かしら、女かしら。』と騒ぎ出しました。

京一郎と由乃は戸惑っていましたが、俊一郎ジュニアとは直ぐ仲良くなりました。

晶子は、京一郎を見て感心しました。

「この子背も高いし、体格いいけど、由岐枝さんに似て、女の子みたいに端正な可愛い顔してるのね。」

「でも悪いのよ。好奇心のおもむくまま、傍若無人に振舞うんだもん。優しいから救われるけど、これで気が強かったら大変よ。力も恐ろしく強いし。」

圭子は、ジュニアがやけにおとなしいので心配になりました。

「俊一郎、どうしたの。」

彼は、父を怖がっているようでした。

晶子も不思議に思いました。

「どうしたの、あんなに楽しみにしていたお父さんよ。」

俊一郎もそのことに気付いて、彼を呼びました。

「こっちにおいで。」

ジュニアは、恐る恐る近づいて実の父に聞いた。

「あなたが、本当のお父さんなの。」

俊一郎は、初めて見る自分の息子を優しく見つめた。

「そうだよ。だっこするからおいで。」

ジュニアは、彼の胸に飛び込んで泣き出しました。

「お父さん、会いたかったよ。」

涙ぐむ二人の母と圭子をよそに、不安になったのか京一郎と由乃も俊一郎に抱きつきました。

「あらあら、おもてになるのね。」

圭子にからかわれて苦笑しながらも、彼はジュニアをじっと見つめて誰にとも無く言った。

「この子は、私と同じだ。」

晶子は、自慢気に付け加えました。

「そう。あなたと同じ天才よ。勉強と音楽にかけては、二人の母がたじたじになるぐらいなのよ。」

すると、彼は昔の自分を思い出してジュニアに言いました。

「きっとジュニアは西都大か東都大に行けるな。」

すると、ジュニアは父の顔をじっと見つめた。

「ねえ、シニア。西都大って、いい大学なの。」

シニアには苦笑いした彼でしたが、彼自身もし許されるならもう一度行って勉強したいと思うぐらいいい大学でした。

「そうだね。ジュニアが勉強が好きなら、日本一いい大学だよ。」

「ふーん、じゃあ、僕西都大に行く。」

「あっはっはっ、私と同じ事を言う。気に入ったぞ。」

父に抱きしめられて、ジュニアもようやく落ち着きました。

「わーい、お父さんだ。僕にもいたんだ。」

すると、京一郎がジュニアを押しのけました。

「僕のお父さんだ。」

1年年下ながら、背はむしろ京一郎の方が大きかったので、ジュニアはつきとばされそうになりました。

俊一郎は、京一郎の手を取って諭すように優しく話しかけた。

「京一郎、今まで会えなかったんだけど、この子もお父さんの子供で、名前もお父さんと同じ俊一郎で、お前にも由乃にもお兄ちゃんになるんだよ。」

京一郎は、不思議がりました。

「どうして、今まで会わなかったの。」

すると、晶子が京一郎を抱いて説明しました。

「それはね、ジュニア俊一郎は、晶子おばさんとお父さんの子供なんだけど、お父さんには内緒にして隠していたからなのよ。」

すると、京一郎は、晶子の顔を見て思ったままを言った。

「晶子おばさん、可愛い。」

それを聞いて晶子は、ジュニアに聞きたかったことを代わりに京一郎に聞いてみました。

「じゃあ、由岐枝お母さんは。」

「お母さんは、美人。」

大人達はなるほどと思いながらうなずいていましたが、俊一郎はもう一つ聞いてみました。

「じゃあ、あそこにいる圭子お姉さんは。」

すると少し難しそうな顔をしてから面白いことを言った。

「お姉さんも晶子おばさんに似ていて可愛いけど、ちょっと狸に似てる。」

更に大笑いになった後、晶子は、ジュニアに気になっていたことを聞きました。

「ジュニアは、由岐枝お母さんのことどう思う。」

すると、彼は残酷にもこう答えた。

「僕、晶子お母さんよりも、由岐枝お母さんの方が好みだ。美人だもん。」

ショックの晶子を、由岐枝が慰めました。

「あらあら、晶子お母さんの方が可愛いのに。それに、あなたのお母さんでしょう。そんなこと言ったらお母さん泣いちゃうわよ。」

すると、ジュニアは驚くべきことを言い出したのです。

「僕、ずっと昔に由岐枝お母さんと会ったことあるよ。」

由岐枝も彼を見つめて、記憶の糸を手繰って見ました。

「ジュニアは、ショーカなのね。」

驚いて何も言えない晶子と圭子を尻目に、彼は続けました。

「うん。僕はショーカ。トゥーラのこと好きだった。でも、僕はトゥーラを殺さないといけなかったんだ。ミドお父さん怒った。物凄く怖い。ぎゃー。」

異常な悲鳴に、晶子は慌てて息子を抱きしめました。

ジュニアはしばらく放心状態でしたが、由岐枝が、涙を流しながら彼に謝りました。

「ごめんなさい、ショーカ。ミドお父さんは、どうしても私を守りたかったのよ。」

俊一郎も、ジュニアの側で話しかけました。

「悪かった。私はトゥーラを傷つける者は許せなかったのだ。ショーカが憎かったんじゃない。ショーカは、私のたった一人の親友だったんだ。一番の友達だったんだ。」

彼も涙を流したので、晶子と圭子は驚きました。

すると、ジュニアもにっこり笑った。

「そうだよね。アストランが沈まなかったら、あのもの凄い災害が起きなかったら、トゥーラともミドともいいお友達のままで居られたんだよね。あんなことにはならなかったんだよね。」

「そうだよ。全ては神が与えた試練だったんだよ。トゥーラも、その後私を苦しめないために、湖に身を投げて死んでしまったんだ。私は、レムリアのためにその後も生きた。」

俊一郎に続いて、由岐枝も優しく話した。

「そうなのよ。私は、ミドを愛していたわ。だから、彼のために喜んで死んだのよ。」

ジュニアは落ち着いて、由岐枝の手を握りました。

「そうだったの。じゃあ、僕安心してお父さんの子供になれるね。」

「そう。お前は、ショーカじゃない。今はジュニアだ。俊一郎だ。私の息子なのだ。」

「うん。」

ジュニアは俊一郎に抱きついた。

「やっぱりお父さんだ。大好き。」

「私もだよ。」

俊一郎は、呆然と見ている京一郎と由乃にも気付いて3人を抱き上げて抱きしめました。

晶子と圭子も呆然と見ていましたが、ジュニアが落ち着いたようなのでほっとしました。

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