第14話 推しのいる世界は最高なので①

 ウーティエ王国聖魔術特化技術士魔法学校。長い名前により羊皮紙が悪戯に消費されてしまうことでアカデミーと呼ばれるそこは、王都の中心から西へと逸れ、森に囲まれた山岳地帯の上に位置している。


 よって、すぐ王都に出ることは叶わず、一部の教師を除いて皆そこで生活しなくてはならない……らしい。


 三学年に分かれていて、胸元の勲章についているリボンの数で学年を判断し、勲章の柄で魔術科、騎士科、魔工業科を、星の数でCからSのクラスを判断している。三つ星でSクラス、星無しがCクラスだ。


 私とリリーは黒のローブを羽織って、魔法使いが描かれリボンが一つ、三つ星の勲章をつけているから、魔術科Sクラスの一年生ということが分かる仕組みだ。


「可愛いですねぇリリーこの制服〜、どうしよう〜エヴァルトが私を見たら恋が始まるかもしれないですよ〜」

「もう朝からずっと見てる。ずっと同じ流れ。繰り返し」

「え、ずっと見てる? そんなにお姉ちゃん大好きで大丈夫ですか? 姉離れできます?」

「きいいいいいいいい!」


 屋敷を出てアカデミーの迎えの馬車に乗りながら、リリーと一緒に窓の外を覗く。今日、両親はリリーの見送りに出てきていて、なぜかお母さんは私の頭をさっと触っていった。お父さんはまぁ、相変わらずだ。でも、あんな大癇癪持ちとこれから二人で暮らすお母さんが心配だ。


「お母さん、父と一緒に居て大丈夫ですかねぇ? 父、わりとどうしようもない人ですよ?」

「大丈夫よ。ママは働きに出るから」

「え!? なにそれ!? 知らないんですが!?」


 私の言葉にリリーは真面目な顔で「言ってなかったからよ」と答えてくる。


「なんで!? 教えてくれなかったんですか!?」

「別に、私達はアカデミーに通うのだから、いいと思って」

「えぇ……家族なのにぃ……」

「わ、私もよく知らないのよ。とりあえず王家仕えになるらしいから、あの家はお父様しか住まないわ。心配は不要よ」

「ふぇぇ……ヒロインふえぇ……」

「その顔やめて! ほら、もうついたわよ」


 リリーはトランクケースを持ってさっと立ち上がる。学園に入学式の前に、寮に行って荷物をしまわなければいけない。


 しかし、私にはひとつ、大きな問題があった。


「リリー」

「なによ」

「吐くよ」

「やめなさいよ」

「違うよリリー、やめれる、やめれないじゃないよ。これは、私から離れてほしい警告でおろろろろろろろろ」


 途中でダメかなと思ったけど、やっぱり駄目だった。馬車にこんなに長く乗るなんて初めて……いやそもそも馬車に乗ること自体初めてだった。ここ最近の移動は全部転移魔法だし。リリーはせっせと私の口元を水魔法で洗って、汚した地面も洗い、さらに背中をさすってくれる。


「こんなことならさっと転移魔法を使えば良かったわね」

「まぁ何事にもチャレンジが大切ですからね!」

「学園のそばで吐くことをチャレンジだと言ってるなら、私は家族の縁を切るわ」

「違いますよ。ちゃんと初の馬車について言っています」


 そう言うと、リリーはぎろっと複雑そうな顔で睨んできた。投げキッスをするとより威嚇される。


 そうして仲良く馬車から出ると、それはそれは大きな建物がそびえ立っていた。尖った屋根のある塔に、円柱、六角形、丸、三角形に円錐の建物が複雑に重なり合って、要塞のようになっている。


「すごい斬新なデザインですね! リリー!」

「花猫ワニといい勝負じゃないかしら」

「やったー! 私建築士になるのもいいかもしれませんね! 将来リリーの家を建ててあげますね!」

「やめて! ったく……ほら、貴女ただでさえ有名人なのだから、さっさと行くわよ」

「美人姉妹……聖女の姉と天才妹ですねぇ」

「大馬鹿とその妹よ」


 リリーは懐から地図を出しつつ、私の肘を掴んで引っ張ってきた。私は慌てて彼女の後についていく。寮は女子がクイーン寮、男子がキング寮だ。


「あれ、クイーン寮はこちらでは?」


 でも、リリーは何故か地図に描かれているクイーン寮ではなく、もっといえばキング寮でもない変な方向へ進みだした。


「リリー? お手洗い行きたいんですか?」

「違うわよ……というか貴女知らないの? 私達はジャック寮に住むのよ」

「へ?」

「やっぱり昨日王家から来た手紙ちゃんと読んでいなかったんでしょう! 貴女に関わってる生徒は、警備の都合でジャック寮にひとまとめにされてしまうの。騎士団長の息子の近くにいたほうがいいって……」

「なるほどぉ……」


 リリーの後をついていくと、林を抜けた先に大きな屋敷が現れた。二人で中へ入っていくと、大きなシャンデリアと共に二つの階段が壁沿いに並ぶ大きなホールに出る。「私達は二階のダイヤの十三の部屋よ」と彼女は進んでいき、私も後に続いていく。


「私はクイーン寮のはずだったけれど、貴女のおもりで一緒の部屋になったのよ」

「やったぁ! リリーと一緒なら怖いものなしですね! 一緒のベッドで寝れるの嬉しいです! 沢山お世話してくださいね!」

「絶対ベッドに潜り込んでこないでよ。ここは毛布も沢山あるんだから……」


 彼女はダイヤの絵と共に十三と数字が刻まれた扉を開く。しかしそれと同時に、向かいの部屋の扉が開いた。


「あああああああああああああああああエヴァルト!!」

「何できみが、ここに……?」


 漆黒の髪から戸惑いの瞳を覗かせるのは、私の最愛エヴァルトだ。彼は私を見て呆然としている。


「エヴァルトさん! 好きです。一緒に住みましょう」

「男女が寝室を一緒にするのは、規則違反だから……」


 エヴァルトは私から目を逸らしながら扉を閉めた。「今日もかっこいいです! これからよろしくお願いしますね!」と声をかけると「よろしく」と、かしこまった声が返ってくる。今度お隣さんへの挨拶として、何かケーキを作ったりしよう。あーんしよう。そう決めた私はくるりと振り返ると、リリーが部屋にも入らず立ち尽くしていた。

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